(というかミステリーですらないかもしれない)
「はぁ………」
椅子に座って足を組み、燕青は大きな溜息をついた。
目の前にはバツの悪そうな翡翠の姿。
「なんでこんな生活力ないんだ、マスター?
これでよく一人暮らし始めようとしたよな?」
「おっしゃる通りでございます……」
朝が弱いのに始まり、食事はゼリー状の栄養食。
昼間は作業場に引きこもり、なけなしの食事すら取らない始末。
掃除をしようものならさらに物が増えていき、洗濯をしようものなら洗剤の量を間違えるなど……挙げればキリがない。
「特に食事がダメだ!
サーヴァントならまだしもアンタ人間だろう?
これっぽっちで足りる訳がねぇ」
お母さんがいたらこんな感じなんだろうかと、翡翠は悠長なことを考える。
「せめて火を使えるようにはしようぜ?
現世にはレトルトっていう便利な物があるんだろ?」
「っ!そう……だね」
翡翠は一瞬ビクッと身体を震えさせたあと、慌てて返事をした。 レトルトを作るって割には真剣な表情の翡翠に、燕青は軽い疑問を覚える。
「そもそも、お茶は入れてくれたじゃねぇか。
あれはどうやって入れたんだ?」
「あれは電気ケトルがあったし……」
「……ホント世の中便利になったよな」
それから台所に行き、翡翠は恐る恐る火を付けた。
「ヒィッ………」
翡翠が小さな悲鳴をあげる。
「アンタもしかして……火が苦手かい?」
それを見逃さない燕青ではない。
翡翠はこくりと頷く。
(そりゃそうか、家族を失ってるんだもんな)
考えてみれば当たり前である。
魔術師の家は裕福であることが多く、つまるところ翡翠はお嬢様でもあったということだ。
生活力が無いのも仕方がないというもの。
それに加えて火が全てを奪っていったのだ。
「はぁ……仕方ねぇ、俺がなんとかしてやるよ」
「なんとかするって……?」
「俺が面倒見てやるってことだよ」
・
・
・
「おぉ〜」
約2時間後、翡翠の前には中華風の食事が並べられていた。
一流の料理、とまではいかないが、しっかりバランスの取れた良い料理だ。
買い出しから調理まで、全て燕青の賜物である。
「凄いね、燕青さん!料理もできるんだ!」
「と言っても聞きかじりだけどな。そんな豪勢なものじゃねぇけどよ」
「充分豪勢だよ!えっ、従者ってなんでもできるの?」
「なんでもはできねぇよ……ああもう!いいからさっさと食べろって!」
大袈裟と言わんばかりに喜ぶ翡翠に、なんだか気恥ずかしくなって燕青は顔を背ける。
そんな燕青にお構い無しに翡翠は料理を口に運んだ。
「~~~~~っ!!」
途端、花が咲いたように綻ぶ顔。
「……あんた、美味しそうに食べるねェ」
思わず感想を零す燕青。
「だってこれ美味しいよ!燕青さんも食べない?」
「いや、自分で作ったやつを自分で食うのかぁ?
それはないだろう」
「えー……でも一緒に食べたらもっと美味しいだろうに……」
寂しそうに翡翠は食べ続ける。
あまりに寂しそうにするものだから、燕青はまたもいたたまれなくなる。
「あーもう!わかった、わかった。今度から俺も一緒に食うから。それでいいだろ?」
ぱぁと明るくなる翡翠。
(何故こんなにこの少女に甘いんだ?俺は)
結局、自分の奉仕体質はこの少女を見過ごすことは出来ないらしい。
自分の面倒な性質に、燕青はまた大きな溜息をついた。
◇◆◇
それからの日々は穏やかなものだった。
探偵事務所に舞い込んでくる依頼はペット探しにペット探し、素性調査、ペット探し。
それ以外の時間は情報を集めたり、魔術の研究を行ったり……しかし、どちらも上手くはいっていないようだった。
「マスター、そろそろ休憩したらどうだ?」
「あともう少し、もう少ししたらするから……」
「それ、言ってからもう1時間だぜ?」
呆れたように燕青は言う。
「ほら!休憩だ休憩!そんなに根詰めてるといざって時に動けないぞー」
「あっ、こら燕青!急にやめてってば!」
燕青はひょいっと翡翠を抱き抱えると、応接室兼リビングの方へ連れていく。
その時、
「あのー……翡翠探偵事務所というのはここで合っているのでしょうか?」
カランと音を立て玄関ドアが開いたのだった。
◇◆◇
「コホン……先程は大変失礼致しました。
翡翠探偵事務所へようこそ。
どのようなご要件でしょうか?」
「は、はぁ」
襟を正し、翡翠は迎えたお客様を応接室へ通す。
その間に燕青がお茶を差し出す。
「まずは私、御堂と申します。こちら名刺です」
「これはこれはご丁寧に」
名刺には御堂陽斗という名前が印字されていた。
風貌からしてもわかる、いかにも高給取りな雰囲気だった。
挨拶もそこそこに、二人は本題へと移る。
「実はですね……我が家の大事な家宝の宝石が盗まれまして……
それをあなた方に探していただきたいのです」
「盗まれたとは穏やかじゃないですね」
「厳密には分からないのです。
監視カメラも厳重な金庫にも保管していたはずなのですが、少し目を離した隙に忽然と消えておりまして」
御堂さんははぁと溜息をつく。
「それならまずは警察じゃねぇの。なんでうちに」
「新真さん、敬語」
「ははっ、構いません。当然の意見ですからな」
金持ち特有の余裕からか、御堂さんは軽い笑いを漏らす。
「実はあまり警察沙汰にしたくないのです。
我が家は少々有名な家でして。
大事にしたくないのです」
「なるほど、事情は分かりました。
しかし、もし盗んだ犯人がいた場合、やはり最後には警察に頼ることになると思います。
それはご了承いただいても?」
「それは……なんとかならないでしょうか?」
「我々はあくまでも『探偵』です。
犯人を探すことは出来ても、捕まえることは出来ないのです。
ご了承頂けないのであれば、この依頼はお受けすることができません」
「……分かりました。しかしもし犯人がいたら、の話ですよね?」
「ええ、もちろんです。その際、いかなる個人情報をお守りすることをお約束しましょう」
「よろしくお願いします」
後日、自宅を伺うことを約束し、この日は帰ってもらうことにした。
「様になってたぜー、マスター。
やっと探偵らしくなったな」
「茶々入れないの、燕青さん。
まだ仕事は始まったばかりよ」
「にしても、怪しいな」
「何が?」
「御堂ってオッサンだよ。どうしてそこまで警察沙汰にしたくないのかねぇ」
出したお茶を片付けながら燕青がぼやく。
「さあね。人それぞれに事情はあるし……
もしかしたらサーヴァントの関与を疑っているのかもしれない」
「どうしてそこでサーヴァントが関わってくるんだよ」
「実はね、警察はサーヴァントを使役出来ないのよ」
「……え?」
翡翠は子供に教えるように伝える。
「サーヴァントを使役するには厳しい試験を乗り越える必要があるの。
でもみんながみんな試験を突破できる訳ではないでしょう?
だから基本、警察はサーヴァントを使役しないのよ。
サーヴァントを持てないって言う方が正しいかしら。
それを突破した人で形成されている部隊もあるみたいだけど、細々とした事件に対応するにはわたしみたいな探偵の力を借りる警察もいるぐらいなの」
「ほーん。つまり探偵は『サーヴァント専門の請負人』って意味もあるのか」
「全ての探偵がそうじゃないけどね」
警察も大変よねと、翡翠は肩をすくめる。
「まて、ということは……あんたもしかしなくとも優秀なのか?」
「いや、まだまだ未熟者よ。
復讐のため、必死に勉強しただけ」
なんでもない事のようにサラリと言う翡翠。
改めてとんでもないマスターに当たったと、燕青は身震いしたのだった。
◇◆◇
「ようこそお越しくださいました。どうぞこちらへ」
数日後、翡翠と燕青は御堂さんの自宅に訪れていた。
宝石を家宝にしてるだけあって、立派な邸宅である。
「へぇ、こんな都会に庭付きの一等地とは、なかなか良い生活してますなぁ」
「いやいや、全て一族の資産のお陰ですよ。
私はしがない会社員でして」
「ありゃ、でも高給取りなんでしょう?立派なものじゃないですか」
「新真さん、失礼よ」
「構いません。オイシイ思いをしてるのは重々承知の上ですから」
ハッハッハと軽快に笑う御堂さん。
翡翠はこっそり燕青を小突いた。
「こちらが家宝を収めていた部屋です」
部屋というには白く無機質な、巨大な金庫と呼んだ方がふさわしい部屋だった。
部屋の隅には4台の監視カメラが設置され、部屋の主を厳重に保護している。
そして、その部屋の主たる宝石があった場所は───空っぽの台座が鎮座するのみだった。
「いつ頃無くなったので?」
「先週の中頃です。
監視カメラの人材の交代時間に無くなりまして……」
「なるほど……台座に触れても?」
「大丈夫です」
翡翠が台座にそっと触れる。
何の変哲もない、ただの台座だった。
「ガラスで囲ったりしないのかね?
随分不用心に見えるが」
「普段は赤外線で部屋を覆っておりまして。
金庫業者の勧めでサーヴァント対策の魔術も施していますから……」
「霊体化で部屋を出入りすることは出来ない、ということですね」
霊体化とは、サーヴァントが魔力で出来た体を極限まで薄めて存在することである。
体を極限まで薄めることで物質的干渉を最小限にとどめ、壁をすり抜けるといった芸当が可能なのだ。
「直近でこの部屋を訪れた人は?」
「ええっと……金庫業者の鶴橋さん、金庫の管理をしているウチのメイド長……
あぁそれと、会社の同僚何人かですね」
「会社の同僚?」
「はい。実は先週私の誕生日でして……それでうちに招いてささやかなパーティーをと」
「それは……おめでとうございます」
「いえいえ。それがこんなことになるなんて……」
参ったように御堂さんが笑う。
よく笑う御仁だ。
「会社の同僚の方の名前は?」
「酒井さん、井口さん、安藤さん、それから金本さんですね」
「計4名ですか」
「はい。とても仲の良い友人同士でして。特に金本さんには頭が上がらないんですよ」
「おや?何故です?」
「仕事でいつも世話になってまして。私がミスすると指摘して、一緒に謝ってくれるのですよ」
御堂さんの表情からは、とても信頼していることがうかがい知れた。
きっと気の良い友人同士なのだろう。
他の3人についても伺った。
酒井さんは宝石愛好家の仲間で、今回宝石を見たいと言い出したのも彼だそう。
井口さんは小柄な女性で、細やかなところに気がつく人だ。宝石を飾っているケースに少しホコリが被っていることに気づいていた。
安藤さんは頭が良く、なんとサーヴァントを使役する資格を持っているとのことだった。
「監視カメラの映像を見せて貰っても?」
「構いません。こちらへ」
警備室へ誘導される。
警備室には多数のモニターが表示されており、玄関から部屋の角までモニタリング出来るようになっていた。
「当時の映像はありますか?」
「はい。と言っても、本当に忽然と消えているのです。
まるで宝石が魔法にかかったかのように」
「魔法……ね」
翡翠がポツリと呟く。
「……ここ、人が1人入れるぐらいの隙間がありますね」
「え?」
見ると台座の周りに赤外線が無い場所がある。
「あぁ言われてみれば……しかしこの程度の隙間、行くまでに赤外線に引っかかるのでは?」
御堂さんの言う通りでもある。
何回か人の出入りがあった時以外、赤外線はずっと起動しっぱなしだ。
サーヴァントの霊体化の線も薄い。
なぜなら宝石を盗む際に姿を現す必要があるからだ。
燕青は首を傾げた。
「……なぁマスター。本当に失くしただけじゃねぇのか?もしくはメイド長あたりが掠めとったとか」
「そんな訳ないでしょ……これはサーヴァントが絡んだ事件よ」
「えっ、断言しちまうのか?」
「こんな芸当ができるの、サーヴァント以外に有り得ないもの」
「なら犯人は───」
その時、
『ピンポーーーーーン』
厳かな玄関のチャイムが鳴り響いたのだった。