「よお、御堂。宝石盗まれたんだって?大丈夫か?」
「金本さん。いやはや恥ずかしい。もう噂が広まっていますか」
玄関のチャイムを鳴らしたのは御堂さんと特に仲の良いとされる金本さんだった。
「ところでそちらの綺麗なお嬢さんと色男は?」
「あぁ、こちらは今回の件を調査していただいている探偵さんですよ」
「ってことは、警察には言わないのか?」
「えぇ、あまり大事にしたくありませんので」
「おいおい、警察には言った方がいいぞ?」
朗らかに会話を弾ませる二人。
軽口を交わすぐらい、本当に仲が良いようだ。
「───アサシン」
「───おう」
その隣で、翡翠は燕青に合図を出した。
その直後、燕青は金本さんの後ろに向かって拳を突き出した。
「うおっ!?」
叫び声をあげる男の声。
それは御堂さんでも金本さんでもなく───会話を聞いていた第三者の声だった。
「なっ!?急に人が!?」
驚く御堂さん。
それもそのはず。
何も無かったところから、急に緑の服装をした男が飛び出してきたからだ。
「アサシン!わたしは御堂さんを安全なところに移動させるから、逃がさないで!!」
「承知ィ!」
燕青の姿がいつもの中華服から、最初に会った時の姿に変わる。
「……どうして隠れてるってわかったんっすかね」
「流石にあそこまで近けりゃあ、鈍い俺でも殺気ぐらいはわかる。
……あんた、俺見て警戒してただろ」
「そりゃあ同じサーヴァントですからね。
警戒しない方が無理でしょうよ」
緑の男が懐からクロスボウを取り出す。
それを見ても動じず、戦闘態勢をとる。
「ろ、ろろろロビンフッドォ!!なんでっ、なんでバレたぁ!?」
「ちょっ、自分から真名バラす感じですか!?」
「ロビンフッド……やっぱりね」
相手のミスによって真名を明かされた男───ロビンフッドの名を聞いて、翡翠は一人納得する。
「マスター、いつの間に。って、どういうことだ?」
「ロビンフッドには『顔が無い』のよ。
顔も無い、名前も無い。
だから姿を隠す能力を持っているんでしょうね」
「なるほどね、だから最初匂いすら無かったのか」
翡翠の説明に燕青もようやく納得する。
「アサシン、相手は弓よ。言うまでもないけど、気をつけて」
「誰に向かって言ってんだ。目の前にいるのは拳法の達人だぜ」
ニヤリと燕青が笑う。
その笑顔を見て、翡翠も釣られて笑みを浮かべる。
「さぁアサシン!アイツを捕まえるわよ!」
「了解!」
燕青が一気に距離を詰める。
「れ、令呪をもって命じる!ロビンフッド!なんとかしろぉ!!」
「はいよ……なんとかしろって言われましてもね」
矢を装填し、詰めてくる燕青に向かって撃つ。
もちろん当たる訳もなく、矢は燕青の後ろの地面へ突き刺さった。
「当たるかよ!」
「……いや、当たるんだよ」
その途端、突き刺さった矢がすごい勢いでロビンの元へ帰っていく。
それに一瞬反応が遅れた燕青は腕に矢先が当たってしまう。
矢にはワイヤーがついていたのだ。
(毒か……!)
ロビンフッドの矢がかすり、燕青は咄嗟に傷口を抑える。
「アサシン!大丈夫!?」
気づけば翡翠の近くまで下がっていたようだ。
「マスター!逃げ……!」
「精査(スキャン)!」
突如、翡翠の声が響き渡った。
「解析(アナライズ)、
……生成(フォーム)、
……回復(リカバリー)!」
翡翠の手が燕青の傷口に添えられたと思った途端、みるみるうちに体が楽になる。
「マスター、何を……」
「毒を浄化したわ。これでまだ戦えるでしょう?」
ニッと笑う翡翠。
「こりゃあ参ったな……あのお嬢さん、俺と相性最悪だ」
ロビンフッドがポツリと呟いた。
(ならマスターを……!!)
ロビンフッドは狙いを燕青から翡翠に変える。
「────え──」
自分に飛んでくる矢を見て翡翠は目を丸くする。
その差、一秒。
目を閉じる暇もなく、矢は翡翠に突き刺さ───
「っ!!」
───ることはなく。
その矢は翡翠に刺さる直前で燕青に掴まれていた。
「…………おっと」
ロビンフッドは苦笑いをする。
(眠れる獅子を起こしちまったか)
ロビンフッドの目線の先には、ギロリと凄い気迫で睨む燕青の姿があった。
「アサシン、ありがとう!おかげで助かっ……」
「マスター、離れてな。矢が当たっても知らねぇぜ」
「う、うん。わかった」
いつもと違う燕青の雰囲気に気押されながらも、翡翠は言う通りにする。
「さーて、これで邪魔者は居なくなった。こっから男と男の勝負といこうか」
「邪魔者ね……」
ロビンフッドはチラリと翡翠を見る。
(邪魔者ってより、守るための行動にしか見えないですけどね)
ロビンフッドは独りごちる。
「来ないならこっちから行くぜ!」
再度燕青が距離を詰める。
「チッ!」
ロビンフッドは後ろに下がりながら矢の雨を降らせる。
「今度こそ当たるか!!」
燕青は持ち前の素早さで矢を全て避ける。
「へいへい、当たるわけがないですよねっと!」
矢の雨を降らせながら、ロビンフッドは魔力を込める。
「弔いの木よ、牙を研げ───『祈りの弓』(イー・バウ)!」
「デカイ……木!?」
ロビンフッドが一本の矢を地面に発射すると、突如庭に大きな木が実現する。
かと思えば、その葉は即座に枯れ、毒へと変じて燕青に襲いかかる。
しかし、
「精査!保護(カバー)!」
燕青の周りに薄い膜が貼られたかと思うと、それらは毒を弾いた。
「クソッ、毒に出来ねぇから半減か……!」
ロビンフッドは苦い顔をする。
「令呪をもって命じる──!」
「はああああああああっ!!」
燕青の右手が光り出す。
「『十面埋伏・無影の如く』───!!」
「かはっ……!」
燕青の宝具が炸裂する。
四方八方から無数の打撃。
最後に正面からの光り輝く拳の突き。
それは確実にロビンフッドを捉え、初のサーヴァント戦を勝利で飾ったのだった。
・
・
・
「あぁーやめだ、やめ。これ以上やっても旨みがない」
五体投地で芝生に寝転ぶロビンフッド。
「教えて、ロビンフッド。
どうしてあなたみたいな正義の義賊が、窃盗なんて真似したの?」
「窃盗ねぇ……アンタはピカレスクロマンって知ってる?」
「悪をもって悪を制する話、でしょう?」
「そう、それだ。オレはただそうしたかっただけだよ」
「……あなたがマスターから何聞いたかは知らないけど、御堂さんを狙うのはお門違いってものよ」
「なんだって?」
「だって御堂さん、悪いことなんて全くしてないもの」
実は、翡翠は依頼を受ける前に御堂さんについて調べていた。
孤児院に多額の寄付をしていること。
そのせいで遺産が無くなりかけていること。
それでも一生懸命働いていること。
「なんてこった。つまりオレがやってたことは……ただのコソ泥だったってことか」
「そうよ。だからあなたが命を張る必要は無いの」
翡翠はしゃがみ、ロビンフッドと目線を合わせる。
「ねぇ、ロビンフッド。これからあなた達を警察に連れていく。そこで証言してくれない?」
「ムリだな。
なんせアンタのサーヴァント、加減を知らなくてさ。
もうすく消滅しちまう」
「あら、それは残念。じゃあここからは私の仕事ね。
もっとあなたと話したかったんだけど」
「じゃあね、ロビンフッド」
「じゃあな、探偵のお嬢さん」
サラサラと砂が零れるが如く、正義をかたった義賊は姿を消したのだった。
「なっ、ロビンフッドがやられた……?」
呆然とする男が一人。
翡翠はその男に近づいていく。
「お、俺は知らない!宝石なんて何処にも!」
「……仕方ないわね。“この手”はあまり使いたくなかったんだけど……」
翡翠は大きな溜め息をつき、犯人(と思わしき)男に近づいた。
「なっ、何をするつもりだ!?」
「うるさい。静かにしないと、本当にそういう目に合わせるわよ」
息がかかりそうな距離まで男に近づき、翡翠はゆっくりと瞳を閉じた。
そして、
「───っ!」
かっと目を見開いて男の瞳を覗き込む。
その瞳は先ほど彼女の名前通りの緑色は無く、それはそれは夕焼けに照らされる小麦畑のように、鮮やかな黄金色だった。
「は─────」
初めて見たその色に、燕青は思わず息を飲む。
「あ、あ、あ───」
男はその瞳に怯えたように身体を震わせた。
「──うん、だいたいわかったわ。犯人はコイツで間違いないようね」
しばらくして翡翠が体を離すと、怯えたきった男は腰を落とした。
彼女の瞳はまた元の緑色に戻っていた。
◇◆◇
男───金本を警察に送り届けた後、燕青は翡翠に問いかけた。
「……マスター、一つ聞いていいか?」
「なに?……と言っても、だいたい検討はつくけどね」
「その検討は当たってるぜ。
────さっきのはなんだ?」
燕青の問いに、翡翠は今日何回目かの大きな溜め息をついた。
「そうね、あなたにはちゃんと伝えておかないと。
じゃないと信頼関係も何も無いわね」
「別に言いたくなければ言わなくても構わないぜ。
『俺はサーヴァント、あんたはマスター』には変わりないからな」
「いや、言わせて。これから長くやっていくためもね」
ふうと息を吐き、翡翠は燕青を見て言った。
「私のこの瞳は────魔眼。
名を『追憶』の魔眼と言う」
「この瞳は相手の記憶を読み取り、その時の感情、情報を『追憶』する……
流石に戻れる時間は限度があるけどね。
でも、魔眼ということもあって様々な人間に狙われやすいの。
それが、今まで貴方にも黙っていた理由。
あまり不用意に話さないようにしてるんだ。
ごめんね」
「魔眼ってのはそんなに凄いのか?」
「うん。数少ない人しか持ってないからね。
魔眼を生み出そうとする魔術師もいるぐらいだよ」
「そんなにか」
「そんなに、よ」
翡翠は悲しそうに目を伏せる。
「もっと上には虹ランクとかいうモノもあるみたいだけど、それはすでに魔法の域に達するような代物らしいわ」
「魔法と魔術ってのは違うのか?」
「全然違うわ。
簡単に言えば魔術は原理が分かるけど、魔法は本当に分からない。
再現性があるかどうか、って言った方が正しいかしらね。
例えば同じ流派の武術を習っていても、その人だけの必殺技みたいなのは真似出来ないでしょう?
貴方の宝具とか。
そして、この世界に魔法使いは数人しかいないと言われている」
まるで講義をするように翡翠は唱えた。
「じゃあなんだ、マスターは魔眼っていう貴重な物を持ってて、さっきのはそれを使ったってことか」
「簡単に言えばそうね」
「感情もわかるんだろ?なんであの金本って奴は宝石なんか盗んだんだ?」
「───嫉妬よ」
翡翠は断言する。
「嫉妬?」
「彼、金持ちの御堂さんに嫉妬して、嫌がらせをしてたんですって。
でも、本人はそれに気づかないどころか感謝までしてきて……
それに怒り狂った彼は腹いせに宝石を盗んだの。
今日訪ねてきたのは様子を見に来たんでしょうね」
「様子を見に来なければバレなかったのにな」
「それも時間の問題でしょうね。
だって、情報を洗い出せば簡単にわかるものだし。
それに嫌がらせってね、気づいてもらえないと意味無いのよ」
キッパリと話す翡翠。
「ほーん。なーんか経験あるって言い方だなァ」
「魔術師ってそういうものでしょ。
嫌がらせ受けるぐらい、ね」
「そんなものかねぇ
にしたってあんた、魔術師だったんだな」
「なによ、その言い方!」
ぷりぷりと怒る翡翠。
魔術師とは思えない感情豊かな彼女に、燕青は思わず大空に向かって笑ったのだった。
次回は少々お時間いただきます。