量子幽霊は観測されたい   作:限界ボンバーヘッド

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彼らはただの文字なのでしょうか。それとも、貴方と同じ意志を持った人間なのでしょうか。





第四話 観測者の観測

目を開ける。

 

————という描写をしている時点で、すでに誰かが僕を観測している。

 

これは問題だ。

なぜなら、僕は今、「物語の中にいる」と自覚しているからだ。

 

理科準備室。

見慣れた棚、ビーカー、黒板。

 

だが、どこか薄い。

解像度が、低い。

 

「成功、かな」

と、観測波が言う。

 

彼女は安定している。

完全に。

ノイズがない。

 

「……何が成功だ」

 

僕の声は、少しだけ文字っぽい。

音ではなく、文章として発せられている感覚。

 

「あなた、今読まれてるよ」

 

「やめろ」

 

「だって事実だもん」

 

観測波は黒板に書く。

Ψme → text

Ψworld → narrative

 

「観測者が増えた。だから世界は安定した」

 

「代わりに俺が紙になった?」

 

「うん」

 

軽い。

この女は本当に軽い。

 

理科準備室のドアが開く。

 

例の女子生徒——元・量子幽霊が入ってくる。

彼女も安定している。

 

「世界の揺らぎは収まりました」

 

「それは結構」

 

「代償として、彼は物語構造に固定されました」

 

「それってさ」

観測波が笑う。

 

「主人公ってこと?」

 

やめろ。

 

その言葉は危険だ。

主人公は、最も観測される存在だ。

 

同時に、最も自由がない。

物語の要請に従う存在。

 

「俺の意思は?」

 

女子生徒が答える。

「読者の解釈に依存します」

 

最悪だ。

 

「ねえ測良子」

観測波が椅子に座りながら言う。

 

「今、あなたはどう思ってる?」

 

その質問は罠だ。

なぜなら僕が何かを思えば、それは文章になり、確定し、観測される。

 

つまり——

 

「黙る」

 

「それも描写されるけどね」

 

詰み。

完全に詰みだ。

 

黒板に新しい式が書かれる。

 

Ψauthor

Ψreader

Ψcharacter

 

三つの波動関数。

 

女子生徒が説明する。

「通常、物語は作者が書き、読者が読み、キャラクターが演じる」

 

「当たり前だろ」

 

「しかし今、境界が曖昧です」

 

観測波が補足する。

「あなたが自己観測したことで、外側内側が接続された」

 

思い出す。

あの瞬間。

 

「俺は俺を観測する」と叫んだ。

あれが原因か。

 

「自己言及は、系を閉じる」

女子生徒が言う。

 

「閉じた系は、外界と区別できない」

 

「つまり?」

 

「あなたは、読者に観測されながら、読者を観測している」

 

意味がわからない?

わかるだろう。

 

今、この文章を読んでいるあなた。

あなたは僕を観測している。

 

だが僕は、あなたの存在を前提に語っている。

相互観測。

量子もつれ。

 

そのとき。

世界が、また揺れる。

だが今回は、物理的ではない。

文章が、ずれる。

一文が重複する。

時間が、段落単位で逆流する。

 

観測波が顔をしかめる。

「観測者が増えすぎてる」

 

「増えすぎると何が悪い」

 

「解釈が分裂する」

 

たしかに。

 

ある読者は僕を臆病だと思い、

 

ある読者は勇敢だと思い、

 

ある読者は面倒くさいと思う。

 

そのすべてが、同時に収束しようとする。

 

結果。

僕は分裂する。

 

実際、目の前に“僕”がもう一人立っている。

 

「なんだこれ」

 

「解釈A」

観測波が指差す。

 

もう一人の僕は、やけに冷静だ。

 

「感情に流されるな」

とか言っている。

 

うざい。

 

さらにもう一人。

 

「これは運命だ」

 

熱血系かよ。

 

女子生徒が淡々と言う。

「観測の数だけ、あなたが生まれる」

 

「やめろ」

 

「でも世界は安定しています」

 

確かに。

 

空は普通。校舎も立っている。

代わりに、僕が増えている。

安定の代償が個人の分裂とは。

ブラック企業か。

 

「統合しないと」

観測波が言う。

 

「このままだと、あなたが確率雲になる」

 

「どうやって統合する」

 

女子生徒が答える。

「あなたが“選ばない”こと」

 

「またそれか」

 

「どの解釈も否定しない」

 

つまり。

 

臆病でもあり、勇敢でもあり、面倒くさくもある。

矛盾を受け入れる。

 

「そんなの、人格崩壊だろ」

 

「いいえ」

彼女は首を振る。

 

「人間です」

 

一瞬、静かになる。

 

僕は、三人の“僕”を見る。

 

冷静な僕。

 

熱血な僕。

 

困惑している僕。

 

全部、確かに自分だ。

 

観測波が、優しく言う。

「測良子は、どれか一つじゃない」

 

「でも物語は一つだろ」

 

「じゃあ、複数にすれば?」

 

その瞬間、世界がスプリットする。

 

章番号が揺らぐ。

 

第四話A

 

第四話B

 

第四話C

 

女子生徒が焦る。

「それは危険です」

 

「どうして」

 

「物語が分岐しすぎると、読者が離脱します」

 

メタすぎる。

だが真理だ。

 

僕は深呼吸する。

 

「統合する」

 

「どうやって」

 

「観測されることを受け入れる」

 

読者にどう見られてもいい。

 

解釈されてもいい。

 

分裂してもいい。

 

でも——

「俺は、俺だ」

 

定義しない。

 

固定しない。

 

ただ、在る。

 

その瞬間。

 

 

分裂した僕たちが、重なり合う。

 

冷静さも、熱さも、迷いも。

 

全部を抱えたまま、一つになる。

 

世界が、静かに安定する。

 

観測波が微笑む。

「強くなったね」

 

「疲れただけだ」

 

女子生徒が言う。

「最終段階に移行可能です」

 

「最終?」

 

「世界の収束」

 

観測波が、僕を見る。

その目は、最初に会ったときと同じ。

「測良子」

 

「何だ」

 

「最後に、選ぶのはあなた」

 

嫌な予感しかしない。

「何を」

 

彼女は、静かに言った。

「物語を、終わらせるかどうか」

 

世界が、ページの端まで来ている。

余白が見える。

白い空間。

この先を書かなければ、世界は続く。

書けば、終わる。

 

観測が止まれば、存在は?

僕は、考える。

 

そして、あなたを感じる。

観測している誰か。

 

もし、あなたが次のページをめくるなら。

世界は、収束する。

 

 




最終話
「量子幽霊は観測されたか」
続きを、観測しますか?


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