皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ―   作:久遠 透

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★プロローグ 姉、シンボリフレンドのこと。 その4 アクシデント(前編)──フレンドの不運

正月が過ぎ、本格的な冬が訪れた。

寒さが厳しさを増し、天候の悪い日が続くなか、

シンボリルドルフは千葉の『本拠地』で、屋根付き運動場を使い地力強化に励んでいた。

「はっは、もう一本いくぞ、シリウス!」

今年から練習に参加した後輩へ、ルドルフが檄を飛ばす。

「まったく……アイツ、タフすぎんだろ……」

新加入のシリウスシンボリは、前を行く先輩を睨みつけ、

“負けてたまるか”と必死に食らいついていた。

「私も頑張らなきゃ!」

シンボリフレンドが二人の後を追う。

シリウスは畏怖で顔を歪め、ルドルフは気迫を脚へ注ぎ込む。

すぐにフレンドがシリウスを抜き、ルドルフに並びかけた。

「譲りませんよ」

「ふふ、いい根性してるわね」

姉妹の競り合いは、まるで終わりのない併走のようだった。

楽しげに走る二人を、シリウスは悔しそうに追う。

フレンドは横目で妹を確認する。

「ほら、手の振り方。雑になってない?」

「こうですか?」

「そう、OK」

即座に修正できるようになった妹に満足げに頷き、

フレンドは再び前へ集中する。

そして後ろへ視線を向ける。

「シリウス! 抜かれても簡単に諦めない!」

「チクショウ! 分かってるよ!」

歯を食いしばりながら、シリウスは必死に追った。

スピードシンボリの叱咤激励と、現役重賞ウマ娘の直接指導。

その全てが、ルドルフたちの血肉となっていく。

アップダウンのあるコースを、三人は何十本も駆け続けた。

ペースを緩めれば、すぐにスピードの声が飛ぶ。

冬の地乗り――耐えることを覚える季節だ。

「ルドルフ、脚力が増したな」

スピードの評価に、ルドルフは嬉しさを隠せない。

努力が実を結ぶ瞬間は、誰にとっても励みになる。

ルドルフとフレンドが同時にフィニッシュし、シリウスが少し遅れて到着。

スピードはストップウォッチを押し、満足げに頷いた。

「一旦、休憩を挟もう!」

三人は息を整える。

「フレンド姉さん、調子良さそうですね」

ルドルフがスポーツドリンクを渡すと、フレンドは短く礼を言い、一口飲んだ。

「まあね。ルドルフのトレセン学園入学が近いから」

妹に良いところを見せたい――その気持ちが、彼女を奮い立たせていた。

秋に出会った東条トレーナーとルドルフ。

その後、東条からのアプローチはなかった。

スピードシンボリが釘を刺したのだ。

だが裏事情を知らないルドルフは、不敵に笑う。

「私も楽しみです。姉さんと一緒にトレーニングして、トゥインクルレースで勝ちたいです」

「まあ、私も高等部だし……いつまで現役を張れるか」

小さな不安が胸をよぎる。

だが、妹に心配をかけまいと、すぐに表情を整えた。

「そう、私もね。『ルナ』と一緒に走るのが夢よ」

フレンドは人差し指でルドルフの鼻をちょんと触れた。

まるで希望の魔法をかけるように。

「その夢を叶えたら、トレセン学園を卒業かな。サブトレーナーを目指すの」

「姉さんなら適任ですよ。後進育成は向いています」

ルドルフは素直にそう言った。

実際、フレンドの指導は的確で、ルドルフもそのおかげで成長してきた。

フレンドは照れたように微笑むと、表情を引き締めた。

「私は明日、学園に戻るわ」

「レースに出るの?」

「ええ。調子がいいから、今すぐにでも走りたいくらい」

現役として残された時間は多くない。

一戦一戦が真剣勝負だ。

「先ある娘は、いいわねぇ……」

フレンドが寂しげに呟く。

シリウスも歩みを止めた。

「サブトレーナーを志すのはね……」

三人の視線が集まる。

「……私の夢。全てのウマ娘が幸せであって欲しいの」

慈愛に満ちた表情に、二人は息を呑む。

「だから、スピさんの『シンボリ』のウマ娘たちへの支援を手伝うわ」

皐月賞もダービーも走った。

芝もダートも、短距離から中距離まで勝った。

泣きもしたし、笑いもした。

その全てに感謝している。

だからこそ、URAに、ウマ娘たちに恩返ししたい。

まずは自分の出身『シンボリ』から――。

「フレンド姉さん、素晴らしいよ。そんな夢、誰も持てるものじゃない」

ルドルフは姉の両手を取り、強く握った。

「そうだよ。勝ったのもウマ娘。二着以下もウマ娘。

レースは時の運もある。それだけで人生の全てが決まるわけじゃない」

「ルドルフ……」

姉妹の大望が一つになる。

ルドルフはその手を離さなかった。

頃合いを見て、スピードが現実へ引き戻す。

「フレンド、出走は半月後の初富士賞だな」

「気を抜くなよ。昨年夏の関屋記念以来の実戦だ。今回はダート中距離」

スピードの言葉に、フレンドの頬が引き締まる。

「そう、金蹄賞を勝った時みたいに……あれを再現する」

金蹄賞から京王杯スプリングハンデへと連勝し、重賞初制覇を果たしたあの勢い。

もう一度――。

「姉さん、頑張って」

「もちろん」

ルドルフの声に、フレンドは力強く頷いた。

「いずれにしても、時間は限られている。悔いのないようにな」

スピードの言葉に、フレンドは真剣な表情で応える。

ルドルフは、また姉と離れる寂しさを覚えた。

だが、ウマ娘として理解している。

それでも胸の奥に、孤独が沈んだ。

「さあ、休んだらもう一本行くぞ」

「はい!」

三人は寒空に抗うように、再び走り出した。

 

――そして、一月半ば。

ルドルフは入学に向けて順調に鍛錬を積んでいた。

その日、スピードの声が響く。

「シンボリフレンドが、初富士賞に出走するぞ!」

三人は休憩ルームへ駆け込む。

スピード、シリウス、ルドルフがテレビに釘付けになった。

「アイツも頑張っていた。調子も悪くないし、いい結果が出るといいんだが……」

ゲート前で屈伸するフレンドの表情には、悲壮感すら漂う。

再起を賭けた一戦。

重賞勝ちのウマ娘が、プライドを捨てて挑むプレオープン戦だ。

生徒会長としての責務、後進の指導。

自分のトレーニングよりも他人を優先する生活。

その結果、調子を落とし、惜敗が続いた。

――もう、無様な姿を妹に見せたくない。

その思いが、画面越しにも伝わってくる。

ルドルフは胸が熱くなり、息を呑んだ。

レースが始まる。

フレンドの走りは悪くない。

冬の空気を切り裂くように、集中していた。

「向こう正面で三番手か」

「折り合いもいいですね」

勝てなかった時のような気負いはない。

初重賞制覇の時と同じ流れだ。

「久しぶりに……勝てるかな」

ルドルフの呟きに、二人も頷く。

三コーナーへ差し掛かった、その瞬間。

「フレンド姉さん、ドンピシャのタイミング!」

加速しようとしたフレンドの右足が――

ガクリと崩れた。

「あっ!!」

三人は総立ちになった。

スピードを乗せたまま、バランスを失う。

右足が踏ん張れず、制御不能。

「だめだ、止まらない!!」

ルドルフの悲鳴も虚しく、

シンボリフレンドは頭から地面へ落ちていく。

テレビのスピーカー越しにも、

凄まじい衝撃音が響いた。

地面に叩きつけられ、

フレンドはゴロゴロと横転を繰り返す。

他のウマ娘たちは避けるのに精一杯。

隊列が通り過ぎ、倒れたフレンドだけが取り残された。

カメラは無情にも、レースを追い続ける。

フレンドの姿は画面から消えた。

「姉さんっ!!」

ルドルフは出口へ走ろうとするが、

シリウスに抱き止められた。

「離せ! 姉さんの所へ……中山レース場へ行くんだ!!」

画面では、先頭争いが映っている。

だが、ルドルフにはもう何も見えていなかった。

 

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