皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ―   作:久遠 透

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★プロローグ 姉、シンボリフレンドのこと。 その5 紡がれた夢──姉との別れ(後編)

咳き込みながら、フレンドは続ける。

「私が勝てなかった皐月賞とダービーを……獲って。

そして……スピードさんがハナ差で負けた菊花賞を勝って……

無敗の三冠ウマ娘に……なって……!」

生命を削るような願いだった。

「その……スピードさんでも果たせなかった夢……

日本の全てのウマ娘の夢……

海外GⅠ……凱旋門賞を……制覇して……!」

その瞬間、フレンドの身体が大きく震えた。

「そこまでです!」

医師がルドルフを引き離そうとする。

「フレンド姉さん!!」

叫びは、機器の警告音にかき消された。

注射器が準備され、メーターが激しく動く。

怒号が飛び交い、病室は戦場のようだった。

その時――

「ルナ! 走って!!」

凛とした声。

全員がフレンドを見た。

ルドルフは再びベッドへ駆け寄る。

医師たちが道を開けた。

フレンドは息も絶え絶えだった。

「……私は……もう……ダメ」

「弱気なこと言わないで……姉さんは強いウマ娘だろ……!」

フレンドは小さく首を振り、唇を震わせる。

「シンボリの……そして……全てのウマ娘の……幸せを……見たかった…… それが……私が……生徒会長になった……理由……」

瞼がゆっくりと閉じる。 呼吸は浅く、弱く、途切れそうだった。

「もう……時間がないの。明日には……アメリカへ……」

「アメリカ……?」

「長期療養のための……特別な施設。家族でも……会えない場所……」

前から予定されていたが、もう、一刻の猶予もないという。

ルドルフの胸が締め付けられる。 「そんな……!」 フレンドは微笑もうとしたが、力が入らない。

「ルナ……あなたは……前へ進んで…… 皐月賞と……ダービーを……獲って…… スピードさんが……果たせなかった……菊花賞も…… そして……海外GⅠを……」

言葉が途切れ、呼吸が乱れる。 医師が駆け寄り、機器の警告音が鳴り響く。

「フレンド姉さん!!」

ルドルフが叫ぶ中、 フレンドは静かに意識を手放した。 眠るように、穏やかな表情で。

「命は助かりました。ただ……長期の治療が必要です。 明朝、アメリカの専門施設へ搬送されます」

スピードが息を呑む。 ルドルフは膝をつき、震える声を漏らす。

「……会えないのか……?」

医師は静かに頷いた。

「少なくとも、しばらくは」

「そんな……嘘だろ……!」

ルドルフは崩れ落ち、姉の手を握る。 温もりはあるのに、返事はない。

「寮は相部屋で過ごすって……言ってたじゃないか…… 一緒にレースを走るって……言ってたじゃないか……!」

返事はない。 ただ、静かな呼吸音だけが続く。

「なんでこうなるんだ……!! 一人にしないで……フレンド姉さんーーーっ!!」

スピードは震えるルドルフの背を支えるしかなかった。

東条トレーナーが駆け込む。 だが、すべては終わっていた。

「……アメリカへ行くのか」

スピードが小さく頷く。

「今日が……最後の面会でした」

東条は言葉を失い、ただ立ち尽くす。

――そして残酷にも、 ルドルフは“姉のいない”トレセン学園へ入学する。 あれほど恋い焦がれた場所。 だが、そこに居場所があるのかは分からない。

ただ、運命は冷酷に、 シンボリルドルフを“皇帝”へと導こうとしていた。

 

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