皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ― 作:久遠 透
「ルドルフちゃん!」
名を呼ばれたウマ娘が振り向く。
青を基調としたセーラー服に、胸元の白い大きなリボン。
蹄鉄を模したブローチが光を受けてきらりと揺れた。
シンボリルドルフの横にはレンガの門柱。
『日本ウマ娘トレーニングセンター学園』の金看板が輝き、
その隣には「入学式」と達筆で書かれた白い立て看板が立つ。
遅咲きの桜が舞うなか、声の主へとルドルフは振り返った。
「マルゼンスキーさん」
紫の瞳に映るのは、制服を着慣れた先輩ウマ娘。
“スーパーカー”の異名を持つ名ウマ娘だ。
「入学、おめでとう!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
差し出された手をしっかり握る。
その熱に、マルゼンも満足げに微笑んだ。
入学前よりルドルフの身体は一回り大きくなり、
鹿毛の髪は艶を増していた。
「寮の部屋、シンボリフレンドと同じだそうよ」
「ええ……願ったりです」
マルゼンはその答えに、そっと目を細めた。
フレンドの不幸を知っているが、ルドルフ同様、胸にしまっている。
姉が海を渡った翌日、ルドルフは泣くのをやめた。
悲しみを冷静に包み隠すように――
まるで、大人びた我慢のように。
周囲は安心しつつも、内心ではハラハラしていた。
マルゼンスキーもその一人だ。
学園の門前には、新入生を迎える先輩や家族が多く集まっている。
それぞれのプライドと理性が働き、場の空気は張り詰めていた。
「ふふ、先輩としてみっちり仕込んであげるわよ」
マルゼンが冗談めかして言うと、
ルドルフは周囲をぐるりと見渡し、不敵な笑みを返した。
その時――
遠くから、尋常ではない足音が迫ってきた。
「ウマ娘……?」
府中駅方面から、タイトスカートの女性が爆走してくる。
グリーンのスーツをはち切れんばかりに腕を振り、
長い脚が地面を叩くたび、風が巻き起こる。
「速い!」
マルゼンが感嘆の声を上げた。
現役の『トゥインクル・レース』でも滅多に見られないペースだ。
周囲もざわつき始める。
「あれは……」
マルゼンが額に手をかざし、目を凝らす。
ルドルフは腕を組み、堂々と待ち構えた。
そして――
走ってきたウマ娘が急停止する。
「スピードシンボリさん」
「おお、マルゼンスキーか?」
千両役者のように、スピードシンボリはマルゼンの肩を叩いた。
周囲は騒然となる。
「本物!?」「有馬記念連覇の……!」
「GⅠ四勝、重賞十二勝の伝説……!」
「海外遠征もしたんだろ……!」
だが本人は意に介さず、息も乱れていない。
そして、横目でルドルフを見る。
「『ルナ』か?」
「ここでも私を『ルナ』と呼ぶのですね」
「親しい者だけが呼べる幼名だよ」
スピードは言い訳めいた声で笑い、
ルドルフの右耳にそっと触れた。
「エメラルドが、よく似合っている」
深緑に輝く五角形の宝石。
“シンボリ”のハウスカラーだ。
「我らの守り石さ」
マルゼンも頷く。
これは『御大』からの贈り物――
値段などつけようがない。
ルドルフは少し頬を赤らめ、下を向いた。
そして、意を決して顔を上げる。
「この、シンボリルドルフ」
強い決意を宿した瞳が、二人の先輩を捉える。
「不惜身命の覚悟で、このトレセン学園……
『トゥインクル・レース』を駆け抜けていきます!」
ルドルフは右手で髪を払った。
新たな第一歩を刻むように。
「行きましょう。入学式の時間ですよね」
「そうだな。新入生総代としての決意表明……
それが“ルナ”の最初の仕事だ」
「シンボリルドルフです」
真顔で訂正する。
その名は、かつて神聖ローマ帝国を統べた皇帝の名。
やがて彼女も“皇帝”と呼ばれる存在になる。
マルゼンとスピードが顔を見合わせ、微笑む。
「私もサブトレーナーとして、本拠地との連絡係として動くわ」
「『御大』は本気だ」
スピードが真顔で告げる。
その意味をルドルフが理解するのは、もう少し先のことだった。
「行きましょう」
ルドルフは並木道へ踏み出した。
その後ろに、二人の名ウマ娘が続く。
その姿を見つめる影があった。
真新しい制服を着た、栗毛の大柄なウマ娘。
「あれが……シンボリルドルフ」
鋭い視線が、ルドルフの背中を追う。
両脇にはマルゼンとスピード――まるで従者のように。
「なるほど。皇帝という異名も伊達じゃないわけね」
栗毛のウマ娘は、いつまでもその背中を見つめていた。
こうして、トレセン学園を舞台に
新たなウマ娘たちの物語が幕を開ける。