皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ― 作:久遠 透
トレセン学園は学び舎でもある。
中学・高校の授業が行われ、普通の学校と変わらない。
ただし、トゥインクル・レース関連の科目があるのが特徴だ。
少女たちが集まれば、賑やかになるのも同じ。
友情も、衝突も、利害も――
ウマ娘たちの世界にも渦巻いている。
「ねえ、君。シンボリルドルフ、だよね」
朝、教室に入った瞬間、声をかけられた。
最前列の自席に座ろうとしたところだ。
「私、ホッカイペガサス。よろしくね」
葦毛だが鹿毛の色が残る短い髪が揺れる。
隣のウマ娘を肘で促す。
「あ、あの……イズモランドです……」
栗毛のボブに流星が入った、控えめな娘だ。
「うん、シンボリルドルフだ。よろしく頼む」
エメラルドの髪飾りが光る。
「うわぁ……新入生総代で、生徒会長に選ばれたんだよね!」
ペガサスが興奮気味に言う。
「私たち、東条トレーナーのチームに入ることにしたの」
白い歯を見せて笑う。
「そうなんです。だから、ご挨拶を……」
イズモがモジモジと手を組む。
二人ともスタミナ型の長距離タイプに見える。
東条がルドルフの距離適性を補うために選んだのだろう。
だが、ルドルフは表情を変えずに言った。
「申し訳ないが、どのチームに入るかは決めていないんだ」
二人が同時に「えっ!」と声を上げる。
「東条トレーナーとはコンタクトしていないし」
「えええっ!?」
ペガサスとイズモは唖然とした。
「だって……東条さんはスピードシンボリ先輩のサブトレーナーだったんだよ?」
「ご縁のある方でしょうに……」
二人は困惑を隠せない。
「スピードさんに憧れて……私たち、チーム東条に入ったの」
「国内も海外も走った、あのタフなウマ娘の……!」
二人は「なぜ?」と目で問い詰める。
「東条トレーナー、いい人じゃないか!」
「ウマ娘に真摯で、熱心な方ですよ!」
そこまで言われ、ルドルフは苦い笑みを浮かべた。
「でも……まだ考え中だよ」
「シンボリフレンド先輩――君のお姉さんのトレーナーだったのに?」
その言葉に、ルドルフの表情が曇る。
怒りとも悲しみともつかない影が落ち、
イズモはペガサスの後ろに隠れた。
教室の空気がざわつき始めた、その時。
ガラリ。
「ルドルフ、話がある」
『スピードシンボリさん!?』
ペガサスとイズモが悲鳴のような声を上げる。
「東条トレーナーと話があってな。学園に来たというわけだ」
スピードは二人に軽く会釈し、
ルドルフへ鋭い視線を向けた。
「ついて来い」
ルドルフは仕方なく立ち上がり、後を追う。
廊下に出ると、スピードは前置きなく切り出した。
「マルゼンスキーが心配していたぞ」
選抜レースを無視し、トレーナーの話も聞かない。
「もう四月も半ばだ。夏には新バ戦が始まる」
スピードの声が低くなる。
「今、チームを決めなければデビューできない。
そんなことは分かっているはずだ」
ルドルフは唇を噛み、黙って聞く。
「フレンドの件……気持ちは分かる」
優しさが混じる。
だが――
「だが、お前は聡明だ。
何を為すべきか、姉が何を望むのか……分かっているはずだ」
スピードの声が鋭くなる。
「別に東条でなくてもいい。チームを決めろ」
重い言葉が落ちる。
「いいか。一週間以内だ。
決められなければ、トレセン学園にいる意味はない。
やめてもいいんだぞ」
ルドルフは逃げられなかった。
「……分かりました。選抜レースに出走します」
スピードは黙って背を向けた。
ルドルフも逆方向へ歩き出す。
二人は袂を分かつように、別々の道を進んだ。
――波乱の予感を孕んだ、第一章の幕開けだった。