皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ―   作:久遠 透

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★第一章ジュニア編 その2 トレーナーは誰?(PART1)──三日後の返答

スピードシンボリに背中を押された影響だろう。

シンボリルドルフは『選抜レース』に出走した。

デビュー前のウマ娘が、トレーナーや関係者に能力を示す場。

通常は“スカウトされたい者”が走るレースであり、

すでに実力が知られている者は出走を控えることも多い。

だがルドルフは、あえて出た。

――自分はフリーだ、と全員に示すために。

そして当然のように勝利した。

鎧袖一触。万邦無比。

学園アナウンサーの言葉は、観客の胸に深く刻まれた。

「……凄い」

その一言しか出ない。

東条も観戦しており、圧倒的なパフォーマンスに再び心を奪われた。

だが、その強さは逆にトレーナーたちを萎縮させた。

――もしこのウマ娘を預かって結果を出せなかったら?

――自分の無能さを晒すだけでは?

プライドの高いトレーナーほど、躊躇した。

東条ですら、声をかけられなかった。

 

東条はまだ戸惑いの中にいた。

「あのウマ娘のトレーナーに……俺は相応しいのか?」

独白はどこか寂しげだった。

考えをまとめられず、学園内を彷徨っていたその時――

「東条トレーナー!」

制服姿のシンボリルドルフが立っていた。

彼女もまた、ここで会うとは思っていなかったようだ。

「ふふ、ご縁がありますね」

柔らかな声。

避けられてはいないが、どこか距離を置いた他人行儀な響きがあった。

「『選抜レース』は効果的でした。

トレーナーさんお二人から、オファーを頂きました」

「そうなのか……」

覚悟あるトレーナーがまだいる――

その事実に、東条の胸に焦りが灯る。

「夏デビューが目標ですので。

早めにトレーナーさんの元で練習したいです」

淡々とした口調。

だが、その瞳は鋭く、相手の覚悟を測っていた。

「三日後までに決めます」

東条は息を呑む。

そして、胸の奥にしまっていた本音をさらけ出した。

「君の走りを……もっと見たいと思ったからだ」

ルドルフは静かに聞いている。

「実は、私の元を訪れた者が二人いる。

一人は『必ず強くする』と宣言し、

もう一人は『必ず歩む』と断言した」

彼らの覚悟は確かだ。

だがルドルフは、淡々と受け止めるだけだった。

「トレーナー君。三日後、私は再び同じことを君たちに問いたい」

東条に頭を下げた。

「君の想いを、表明して欲しい。

試すような真似をして、申し訳ない」

顔を上げると、苦しげな笑みを浮かべる。

「私も、必死なんだ。

誰もが認める頂点となり、あらゆるウマ娘を導きたい。

傲慢かもしれないが……それが全てのウマ娘の幸福に繋がると信じている」

その言葉は痛々しいほど真剣だった。

ルドルフは静かに一礼し、「それでは、また」と去っていく。

東条はその背中が見えなくなるまで、拳を握りしめて見送った。

 

シンボリルドルフは、当てもなく歩いていた。

スピードシンボリから「チームに入れ」と叱咤されたことが頭を離れない。

「……まったく、頭では分かっているのだよ」

トレセン学園に入った以上、

トゥインクル・レースに出るにはトレーナーが必要だ。

だからこそ選抜レースに出た。

オファーも来ている。

あとは―― どこを選ぶか。

(フレンド姉さんだって、私が活躍することを望んでいる。

だけど……姉さんの夢を継ぐなら、百駿多幸を叶えるなら……

どこがいいんだ?)

大人びたルドルフにしては珍しく、迷っていた。

歩きついた先は、普段なら寄りもしない場所。

「……木の切り株、か」

朽ちた根元だけが残る木。

陰の気を帯びたその場所に、なぜか惹かれた。

「おい、どうした?」

声に振り向くと、テンガロンハットの男が白い歯を見せていた。

「まあ、切り株には近寄らない方がいい。

ここはレースに負けたウマ娘が、悔しさを吐き出す場所だ」

筋肉質の腕を組み、男は笑う。

「また会ったな、シンボリルドルフ」

“必ず強くする”と誘ってきたトレーナーだった。

破天荒な印象だが、どこか憎めない。

「俺でいいなら、話してごらんよ」

顎をしゃくって促す。

ルドルフは驚きつつも、なぜか拒めなかった。

「ふふ……何から話せばいいのか。そこすら分からないのですよ」

苦笑するルドルフに、男は肩をすくめた。

「分からなくてもいいんだよ」

意外な言葉だった。

切り株に来るウマ娘は、悔しさや悲しさを抱えている。

本当は喜びたいのに、できない事情がある。

心の葛藤を抱えた者が来る場所だ。

「では、どうすればいいのか? 悩んでいるんだろ?」

ルドルフは素直に頷いた。

男はルドルフの額に指を三度、軽く当てた。

「SLEEP、EAT、RUN」

「それは……?」

「早く寝る。一晩寝たら、メシを食って、走る!」

白い歯が輝く。

「ウマ娘だろう、アンタは。

それ以外に何がある?」

単純だが、迷路に迷い込んでいたルドルフには、

その言葉が胸に響いた。

「……なるほど。そういうことですね」

過ぎた日は戻らない。

悩んでも仕方ない。

立ち止まるなら、一度リセットして走り出せ――。

ルドルフの表情に、少し光が戻る。

「じゃあ、またな」

男は指を二本立て、軽く敬礼して背を向けた。

ルドルフは思わず声を上げた。

「トレーナーさん、名前を教えてください!」

男は一度だけ振り返り、テンガロンハットを持ち上げた。

「宮園だよ」

そして歩き去る。

右手を頭上で振りながら。

その姿は、ルドルフには太陽のプロミネンスのように見えた。

希望の光が、ゆっくりと遠ざかっていく。

ルドルフは、その光が見えなくなるまで立ち尽くしていた。

 

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