皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ―   作:久遠 透

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★第一章ジュニア編 その3 君の走りをもっとみたい!(前編)──東条トレーナーの逡巡

シンボリルドルフから“課題”を突きつけられた翌日のことだった。

「あら、またお会いしましたね」

授業後のカフェテラス。

トレーニング前に一息つくウマ娘たちで賑わう中、

ルドルフは東条に声をかけられた――いや、偶然出くわしたのだ。

「確かに、よく出くわすな……」

東条は少し面食らった表情を見せた。

昨日、母親の話をして彼女を怒らせたのではないか――

そんな痛切な思いが、彼の表情に滲んでいた。

(でも……この顔を見ると、なぜか気軽に声をかけたくなる……)

ルドルフは、自分でも不思議なほど、東条に心を開きつつあった。

彼に理解してほしい――そんな気持ちが芽生えていた。

そして、普段なら決して見せない“身の上話”を口にする。

生徒会長として怖がられること。

趣味はチェスであること。

そして――

「後は、言葉遊びが好きだぞ」

「へぇ、どんなのだい?」

東条が興味深そうに身を乗り出す。

ルドルフはキリリと顔を引き締め、誇らしげに言った。

「ダジャレ言ったのは、誰じゃ!?」

「ぷっ……」

東条は吹き出しそうになった。

笑うべきか、堪えるべきか――判断に迷うほどのくだらなさ。

「えっ、面白くなかったか?」

ルドルフは顎に手を当て、真剣に考え込む。

その姿が可笑しくて、東条はついに堪えきれず爆笑した。

周囲のウマ娘たちが驚いたように振り返る。

ホッカイペガサスやイズモランドも目を丸くしていた。

「いや、ツボにはまったよ。楽しかった」

東条は涙を拭いながら笑った。

「ルドルフ、どう? 紅茶でも飲んでいく?」

自然と出た誘いの言葉。

「分かった」

素直な返答が心地よい。

二人はティーカップを挟んで向かい合った。

ルドルフの会話は、驚くほど楽しかった。

ダジャレ、四字熟語、軽妙な言葉遊び――

あの真面目なシンボリルドルフに、こんな一面があったとは。

数十分の短い時間だったが、

その甘美なひとときは東条にとって愛おしいものだった。

ルドルフも名残惜しそうに席を立った。

偶然と必然が入り混じるような、不思議な感覚が二人を包んでいた。

(……本当に偶然なのか?)

東条は、何かに手繰り寄せられているような気がして、

少しだけ怖くなった。

 

「東条トレーナー、ちょっとよろしいでしょうか?」

トレーナー室に入ろうとした瞬間、

若い声に呼び止められた。

「マルゼンスキー……」

スーパーカーと呼ばれた名ウマ娘が、学園ジャージ姿で立っていた。

「お忙しいところ、申し訳ございません」

丁寧に頭を下げる。

東条も緊張を覚えた。

「実は、お手伝い頂けないでしょうか?」

「どういう?」

「ルドルフちゃんが、外部の取材を受けることになりまして」

「取材?」

東条は首を傾げる。

「ええ。それで、同行していただければと」

マルゼンは両手を擦りながら頼み込む。

「今、正門に記者の方が来ていますので。行ってみてください」

「……分かりました」

東条が正門へ向かうと、

マルゼンスキーは小さく呟いた。

「これでいいのですよね、スピードシンボリさん……」

まるで東条に聞かせるような声だった。

 

さすがはシンボリルドルフ。

デビュー前にもかかわらず、記者からの取材依頼が来る。

東条は“トレセン学園の人間”として同行することになった。

ルドルフの“普段の姿”を見せるのがコンセプトらしい。

取材内容は、

ホームシックになった新入生ウマ娘を励ます――というもの。

マルゼンスキーが悩みを聞き、

ルドルフがそっと寄り添う。

二人のコンビネーションは絶妙だった。

最後には、悩んでいたウマ娘が笑顔で礼を言うほど。

ルドルフは、他者の幸せを願う時、

驚くほど優しい笑みを浮かべる。

東条はその姿をカメラに収めた。

(カシャ)

春風が鹿毛の髪を梳き、

中央の流星が光を受けて輝いた。

――奇跡の一枚だった。

マルゼンスキーと談笑するルドルフもまた、魅力的だった。

孤高だが、孤独ではない。

他者を思いやる心が、彼女を支えている。

東条は小さく呟いた。

「……課題が、見つかったかな」

 

取材後、東条はチーム東条の新加入ウマ娘――

ホッカイペガサスとイズモランドのトレーニングに立ち会った。

軽いランニングでもスピードが乗る。

二人とも順調で、オープン級を狙える素質がある。

本来なら、ルドルフも一緒に走っているはず――

その思いを胸に押し込め、東条は夜のトレーナー室に戻った。

静まり返った学園。

資料が散乱した机。

天井の照明を仰ぎながら、東条は考え続ける。

(ルナ……母親が大好きだったルドルフ。

その母を、俺は少しだけ見ていた。

気の強さは姉妹に似ていた。

だが、走りへの情熱は本物だった)

母の唯一の勝ち星。

それを知る者は少ない。

(あの血……“ルナ”の性格は、母と姉を通じて、俺が一番知っている……)

だが、千葉の本拠地で“ルナ”と口にした瞬間、

ルドルフは拒絶した。

(本当に……俺は彼女のトレーナーになれるのか?)

姉フレンドを育て、重賞を取った。

だが、それは本当に自分の力だったのか?

もっと出来たことがあったのではないか?

あの事故は避けられなかったのか?

思考が堂々巡りを始める。

(どこのチームに入ろうと、ルドルフの“闇”を取り除けなければ意味がない)

母を失い、姉に依存し、

その姉を事故で失った。

心に深い爪痕が残らないはずがない。

「……ルドルフは、耐えがたい痛みを抱えている」

東条は呟いた。

(どうすれば、彼女を“普通”に戻せる?

どうすれば、走る喜びを取り戻せる?)

答えは出ない。

背伸びをした瞬間――

「おわっ!」

バランスを崩し、背中を床に打った。

机から資料が雪崩のように落ちてくる。

「痛って……」

顔に落ちたスクラップブックを手に取る。

そこには、フレンドと母の体調に関する資料が挟まっていた。

(これは……)

東条は床に胡坐をかき、資料を読み始めた。

1ページ、また1ページ。

深夜の静寂に、紙をめくる音だけが響く。

(やはり……そうか……)

夜はさらに更けていく。

徹夜になるかどうかは、神のみぞ知る。

 

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