皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ― 作:久遠 透
そして、その日がやってきた。
シンボリルドルフがトレーナーを決める、運命の日。
東条はふと空を仰いだ。
晴れ渡る午後の空が、まるで“審判”を下そうとしているようだった。
トレセン学園のグラウンドに、
二人の男と二人のウマ娘が集う。
誰もが引き締まった表情をしていた。
「それでは、トレーナー候補諸君。三日前と同じことを、君たちに問いたい!」
ルドルフは四人の顔を順に見据えた。
「私は、誰もが認める頂点となり、あらゆるウマ娘を導きたい」
その理想を共に追うパートナーを探している――
そう宣言する声は、揺るぎなかった。
東条は緊張を飲み込む。
隣の宮園は腕を組み、余裕たっぷりに胸を張っている。
“自分が選ばれる”と信じ切っている顔だ。
そして、その隣に立つウマ娘――
すらりとしたパンツスーツ姿の美女に、東条は声を震わせた。
「スピードシンボリさん……なぜここに?」
「あら、いけなくて? 私もトレーナー候補よ」
URAの現役幹部。
トレーナーになるなど造作もない――
そう笑ってみせる。
「おお、怖い。スピードさんに本気を出されたら辛いなぁ」
宮園が冗談めかして言う。
「私はいつでも本気よ。ルドルフと一緒に“必ず歩む”ことができる」
スピードはスマートフォンを取り出し、
ルドルフの走りを研究したデータを見せた。
「まあ、スーさんなら間違いないな」
ルドルフは満足げに頷く。
「いや待て、俺は“必ず強くする”さ」
宮園が一歩前へ出た。
「三年間の育成計画もある。勝利を掴ませるために来たんだ」
そして、指を鳴らす。
「なにより、競い合うライバルが身近にいる」
「ビゼンニシキか」
「ご名答」
息を弾ませたビゼンに、宮園はウインクを返す。
「あいつは走るぜぇ。お前さんのライバルになるウマ娘だ」
確かにビゼンは強い。
ルドルフと互角に走れるほどの器。
日々のトレーニングで互いを高め合える――
宮園はそう主張した。
ルドルフの頬がわずかに紅潮する。
ビゼンを好ましく思っている証だった。
そして東条は――
俯き、口を結んだまま動けなかった。
二人の覚悟に気圧されたのもある。
失敗し、揶揄されるのが怖かった。
だが何より――
確信が持てなかった。
「どうした、東条トレーナー。覚悟を示して頂きたい……」
ルドルフの声は、助け舟にも、切迫にも聞こえた。
だが東条は動かない。
ルドルフの表情から光が消え始める。
宮園は含み笑いを浮かべ、
スピードは心配そうに眉を寄せた。
「言えないなら……ここまでということにしますか」
ルドルフの冷たい言葉に、東条の胸が跳ねた。
――終わるのか?
――ここで?
焦りと絶望が口元を歪める。
だが、声は出ない。
その時――
内ポケットで紙が擦れる音がした。
東条はハッとし、表情に決意が宿る。
「……答えがないなら、終わりに――」
「待って!」
東条は胸に手を突っ込み、大声で時を止めた。
その真摯な響きに、三人の視線が吸い寄せられる。
「これが、私の答えだ」
太陽の光を浴びる一枚の写真。
「写真? それが何か……?」
ルドルフは首を傾げる。
東条は深く息を吸い、本音をさらけ出した。
「君の走りを……もっと見たいんだ」
それは、心の底からの願いだった。
写真には、
落ち込むウマ娘を励ました時のルドルフの笑顔が写っていた。
マルゼンスキーと共に、誰かを救ったあの瞬間の笑顔。
「君の笑顔を、私は一緒に作っていきたい」
東条は胸を叩いた。
ルドルフは写真を手に取り、
そっと撫でながら微笑んだ。
「……そうだな」
東条は続けた。
「お母さんとお姉さんのことは……申し訳ないと思っている」
その言葉に、ルドルフとスピードの表情が強張る。
「だけど、みんな精一杯だった。必死で……でも結果が出なかった」
「だけど、君は違う。絶対に結果を出す。出してみせる」
スピードが問う。
「その根拠は?」
東条は迷わず答えた。
「お母さんは命がけで君たちを守った。
フレンドも、全てのウマ娘の幸せを願って走った。
その想いは……君の中に生きている」
ルドルフは二度も最愛の家族を失った。
その悲しみを背負っている。
だからこそ――
東条は言った。
「フレンドは志半ばで去った。
だけど、夢は生きている。
シンボリルドルフ――君がいるじゃないか」
東条はルドルフの胸を指差した。
「その夢を実現するために、私は君を支える。
体調も、メンタルも、全部ケアする。
絶好調じゃなくていい。
“普通”で走ればいいんだ」
「普通……」
ルドルフは顎に手を当て、考え込む。
やがて、静かに頷いた。
――姉フレンドも、絶好調だと気負いすぎて体調を崩した。
――その特性を理解している。
東条はそれを見抜いていた。
東条は息を整え、ルドルフの判断を待つ。
「……なるほど、分かりました」
ルドルフは薄く笑い、はにかむように下を向いた。
そして透明な瞳で東条を見つめる。
「私と同じ視座に立ってくれた。それが……予想以上に嬉しかった」
静かに語り始める。
「私が目指すのは、あらゆるウマ娘が幸せでいられる世界だ。
青い夢だと笑われるかもしれない。
だが、君は同じ景色を見たいと言ってくれた。
……心が温かくなったよ」
東条の顔に笑みが咲いた。
宮園は「やられた」と苦笑し、
スピードは満足げに腕を組んだ。
「こちらこそ、選んでくれてありがとう」
ルドルフは丁寧に頭を下げた。
「そんな、そこまでしなくても」
東条は慌てて手を差し出す。
「では、改めて決意表明といこうか」
二人の瞳に力が宿る。
「私はシンボリルドルフ。
あらゆるウマ娘が幸福に過ごせる世界を創るため、ここに立っている」
胸を張り、誇らしげに宣言する。
「だが、夢を語るだけでは誰も耳を貸さない。
評価と実績が必要だ。
故に私が目指すのは頂点――
皆を率いるに相応しい、王の座。
学園の生徒会長だ」
そして東条の両手を握った。
「トレーナー君! 私と組んでもらえるだろうか」
「もちろんだとも」
即答だった。
「それでは、シンボリルドルフ。栄光を始めるとしよう」
宮園とスピードが拍手を送る。
祝福のシャワーが降り注ぐ。
ルドルフは――
写真に負けないほどの、最高の笑顔を見せた。