皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ― 作:久遠 透
「シンボリルドルフです」
自ら名を告げたウマ娘は、聡明な瞳を誇らしげに輝かせ、胸を張って立っていた。
「ようこそ。トレーナーの東条だ」
チームルームには、東条と三人の新人ウマ娘が集まっていた。
赤い学園ジャージに身を包み、テーブルを囲む。
壁にはURAのレース告知ポスター、白板にはスケジュール、ロッカー、そして中央にはレース観戦用モニター。
初めてのチームルームに緊張する新入生が多い中、
ルドルフだけは異彩を放っていた。
「私をトレーナーに選んでくれてありがとう」
「選ぶなんて、失礼しました。ええ……姉フレンドを鍛えた貴方にお世話になると決めました」
二人は握手を交わした。
それは“トレーナーと担当ウマ娘”というより、
同じ理想を目指すパートナーの握手だった。
他のウマ娘たちは、何事かと目を丸くしている。
「じゃあ、君たちも自己紹介を」
東条に促され、二人が緊張しながら名乗る。
「ホッカイペガサスです!」
力強く右腕を上げる。
「イズモランドです……」
栗毛のボブを揺らし、控えめに頭を下げた。
「よろしく頼む」
ルドルフが一礼すると、
「改めてだけど、仲良くしようね」と返ってきた。
その時、ドアがノックされる。
東条の許可とともに、石上サブトレーナーが顔を覗かせた。
「準備、できました」
「よし。みんなで軽く走ってみよう!」
「はい!」
三人の元気な返事に、東条も満足げに頷いた。
夏の新バ戦まで数か月。
クラシックを目指す若きウマ娘たちの戦いは、すでに始まっている。
外へ出ると、赤いジャージ姿のウマ娘たちが柔軟体操をしていた。
「まずはメイントラックを一周してみよう」
東条は気軽に声をかける。
緊張をほぐすためだ。
ルドルフは平然として歩き出すが、
ペガサスとイズモは動きがぎこちない。
選抜レースで圧勝したルドルフと走るのが怖いのだろう。
そのアンバランスさに、東条は思わず笑いを堪えた。
四月の芝生は鮮やかな緑。
新入生を歓迎するように輝いていた。
「じゃあ、イズモランドから」
呼ばれたイズモは小さく返事し、ぎこちなくターフへ入る。
「スタート!」
石上の声と同時に、イズモは手足をバラバラに動かし、つんのめりそうになる。
だが、必死にバランスを取り、加速していく。
スピードは平凡。
だが――
「なるほど。タフそうなウマ娘ですね」
ルドルフは顎に手を当て、感心した。
「ああ、晩成型だ。身体もまだ子供っぽいし、走りも緩い。
だが、将来は何十戦も走れるポテンシャルがある」
東条の解説の先で、イズモは苦しい声を上げながらも粘り続ける。
「あああぁぁ……!」
減速しそうになりながらも、諦めない。
愚直に走り切り、息絶え絶えにフィニッシュ。
「はい、お疲れさん」
東条が労うと、イズモは前に倒れそうになり、石上が慌てて支えた。
「じゃあ、ホッカイペガサス!」
「はい!」
鋭い目つきで構え、東条の合図とともにダッシュ。
トップスピードはスプリンターほどではないが、
一定の速度を淡々と刻む。
「ふっ、ふっ、ふっ……」
呼吸を合わせ、テンポよく走る。
スピードが落ちない。
まさにステイヤーの走り。
「スタミナが豊富ですね」
ルドルフが腕を組む。
「ちょっとやそっとじゃ音を上げないタイプだな」
東条も頷く。
ペガサスはペースを守り切り、フィニッシュ。
両膝に手をつき、呼吸を整えた。
「じゃあ、シンボリルドルフ。試走してみて」
待っていた、とばかりにルドルフの瞳が輝く。
「はい」
スタート地点で身構え――
「GO!」
ダッシュが完璧に決まる。
手足の動きは滑らかで、軽やかにスピードを増す。
そして――
「はああああぁぁ!」
気合一閃。
脚の蹴りは鋭く、重厚で、それでいて速い。
春風を切り裂き、赤いジャージがターフを駆ける。
「うわ……」
ペガサスが口を窄める。
「凄い……」
イズモが震える声を漏らす。
二人は羨望の眼差しで同期の走りを見つめた。
「ペガサス、イズモ。君たちも同じチームの仲間だ。
ルドルフの走りを見て、どう感じる?」
東条は二人の肩に手を置き、前を見ろと促す。
ルドルフの走りは優雅で軽い。
だが、実際は驚異的なピッチでスピードが乗っている。
「まさに“跳ね上がるウマ娘”だな」
東条はイタリアの高級スポーツカーのエンブレムに例えた。
ルドルフがフィニッシュすると、東条が声を上げた。
「よし、いい走りだ! この内容なら夏にデビューできそうだな」
ルドルフは平然と息を整える。
その回復の早さに、二人の羨望が深まる。
「ランドとペガサス。もう一本走ってみるか?」
二人は目を合わせ、力強く頷いた。
「じゃあ」
「いくよっ!」
スタミナ型の二人は、少しの休憩で回復していた。
互いに火花を散らしながら走り出す。
「ほう、お前さんに負けない、いい走りだぞ」
東条が目を細める。
「いい仲間は、張り合いになります」
ルドルフが爽やかに言うと、東条は真剣な表情に戻った。
「だが、能力と仕上がりは……正直、君が上だ」
そして、正面を向き直り告げる。
「シンボリルドルフ。夏の新潟、新バ戦でデビューするぞ」
「はい」
春風が二人の間を抜け、熱を帯びた覚悟が漂った。
「スピードシンボリも、早めのレースを考えていたよ」
クラシックを目指すなら秋デビューが一般的。
だが、ルドルフは“並み”ではない。
姉フレンドも夏の札幌で初勝利を挙げた。
ルドルフもまた、早期デビューが似合う。
東条はコースを見つめながら言った。
「そう。君は彼女たちの先導役だ」
ペガサスとイズモが三、四コーナーを懸命に走る。
どちらも負けたくないという表情。
「ペガサスさん、外から抜かれないように!
イズモさん、食らいついて!」
石上が声を張る。
東条は微笑み、ルドルフの腕を軽く叩いた。
「頑張れよ」
「ええ、勝ちます」
ルドルフの言葉は、春の太陽に突き刺さるようだった。
「ルドルフ。私ももう一度、一から出直しなのだよ」
東条は静かに語る。
若き日はスピードシンボリに携わり、
数多の重賞ウマ娘を育てた。
だが、フレンドには不幸が襲い、
三月にはチームのウマ娘たちが卒業した。
今や、
ペガサス、イズモ、そしてルドルフでチームを立て直す。
「夢を見たいんだ。クラシック制覇の」
ルドルフは黙って聞いていた。
「スピードが、そしてフレンドがなし得なかったレースを獲りたいんだ」
「それは、私も同じですよ。東条トレーナー」
二人の瞳に力が宿る。
コースではペガサスとイズモが競り合い、
負けたくないという気迫を見せていた。
ルドルフはその姿を見つめ、胸の内で呟く。
(この三人でトレーニングの日々か……
時が過ぎるのは、あっという間かもしれないな)
春が終われば梅雨。
そして、朱炎の夏が来る。
夏の新バ戦――
そこが、ルドルフの“修羅場”の初舞台となる。
疾風怒濤のウマ娘人生が、今、始まろうとしていた。