皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ―   作:久遠 透

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★第一章ジュニア編 その5 ミスターシービーのダービー──ルドルフの決意

春の終わり。

東京レース場の空は厚い雲に覆われ、梅雨を先取りしたような色をしていた。

混雑する場内を、トレセン学園の夏制服を着た二人のウマ娘が急ぎ足で進む。

「シリウス、こっちだ」

シンボリルドルフが指定席を指さす。

後ろからついてくるシリウスシンボリは、赤い瞳を輝かせながらも、腰まで伸びた鹿毛の髪を乱暴に揺らしていた。

「けっ、先輩ヅラしやがって……」

「何か言ったか?」

「別に」

そっぽを向くシリウスに、ルドルフは小さく噴き出した。

「何が可笑しいんだよ」

背伸びした悪態が、かえって可愛らしい。

「お前もトレセン学園に入るからには、一度は見ておかなければな」

スピードシンボリの進言だと言いながら、ルドルフは歩みを進める。

シリウスも覚悟を決めたように頷いた。

「ああ、日本ダービーは見たいレースだ。クラシックの最高峰だからな」

皐月賞、菊花賞と並ぶクラシック三冠。

その中でも日本ダービーは別格――

数多の伝説を生んだ舞台だ。

観客席に出ると、シリウスは興味深そうにターフを見渡し、

トレセン学園生徒専用の席に腰を下ろした。

今日は学園主催のレース見学会。

シリウスは入学候補生として参加していた。

制服はスピードシンボリから借りたものだ。

『さあ、いよいよトゥインクルレースの祭典!

第五十回、日本ダービーのスタートです!』

アナウンサーの声が高まり、

G1ファンファーレが鳴り響く。

場内は洪水のような歓声に包まれた。

「すげえっ!」

シリウスは思わず耳を塞ぐ。

『一番人気はミスターシービー!

道悪の皐月賞を制した実力バ!

良バ場の府中で二冠なるか!?』

スタンド前のスタート地点に視線が集中する。

サイドにアクセントの入った髪。

「CB」の文字を象ったミニハット。

大胆不敵な水色の瞳。

白を基調に緑と黄のチューブトップ、へそ出しルック、パンタロン。

誰もが、その姿に見入った。

やがてゲートインが始まり――

全ウマ娘が揃うと、静寂が訪れる。

『スタートです!』

「えっ!?」

シリウスが声を上げた。

ミスターシービーが出遅れたのだ。

ダッシュも悪く、最後方。

「彼女、何やってんの?」

「わざとじゃないでしょうね!?」

周囲の学園生もざわつく。

シービーは最後方のまま一コーナーへ。

向こう正面でも動かない。

「後ろすぎるだろ……」

「泰然自若。己を貫く腹か」

シリウスが歯噛みすると、ルドルフは腕を組んだ。

「まあ、ここからだな」

三コーナーの坂に差し掛かる。

シービーが――動いた。

「バ群、捌けるのか……」

シリウスが息を呑む。

八百を切る。

前は厚い壁。

だがシービーは迷わず外へ。

細い隙間をこじ開け、一人、また一人と抜いていく。

「強いな」

ルドルフが呟いた。

大欅を過ぎ、四コーナー。

勢いは止まらない。

「うわ、四番手まで押し上げた!」

直線へ向く。

『ミスターシービー、追い込んで先頭!』

アナウンサーが叫ぶ。

シービーは内へ切れ込み、バ場の真ん中を突き抜ける。

内外で叩き合い。

だが――シービーは譲らない。

「実にエゴイスト。素晴らしいナルシストだな」

ルドルフの口元が吊り上がる。

直線の独演。

追走するウマ娘たちは届かない。

『先頭はミスターシービーでゴールイン!』

大観衆の歓声が爆発した。

「いや、すげーや!」

シリウスは顔を赤くし、興奮を吐き出す。

「最後方から死んだふり……

三コーナーでバ群を縫って……

四コーナーで前を捉えて……

直線で早め先頭、そのまま押し切り……!」

矢継ぎ早の言葉に、ルドルフが頷く。

「三コーナーからの脚、相当だ。

スピードもスタミナも絶対値が違う」

「直線の瞬発力と持続力が決め手だな」

シリウスは晴れ晴れとした表情を見せた。

「いいレース、見せてもらった」

「ああ、そうだな」

ルドルフは目を閉じ、深く息を吸う。

そして――目を開いた。

「だが、次は我々の番だ」

「それは……」

「来年は私。その次は君だぞ」

平然と、当然のように言い放つ。

二人の間に、無言の覚悟が走った。

「ルドルフ……分かった」

シリウスは頷いた。

「ならば、学園に戻るか」

「それは……」

「ああ、これから併走だろ。シリウス」

“月月火水木金金”――旧海軍のスパルタ精神まで持ち出す。

「無茶な……」

言いかけて、シリウスはルドルフの顔を見る。

その表情は――待っていた。

「……ふふ。アレを見せられたら、やるっきゃないな」

ルドルフが笑う。

「さて、急ぐか」

シリウスが拳を叩き合わせた。

「よし、競争だ。負けたらミネラルドリンク一本な」

「上等じゃねーか!」

赤い瞳が闘志で燃え上がる。

「ふふ、やる気なのはいいことだ」

ルドルフも走り出す。

二人は混雑する場内を縫うように駆け抜け、

レース場外へ飛び出した。

まるで、さっきのシービーの再現のように。

制服姿のウマ娘二人が、府中の街を疾走する。

「はっはーっ、走りたくてしょうがねぇ!」

「そうだな。レースを見て刺激される。

我々は根っからのウマ娘だ」

「違いない!」

梅雨前の湿気を振り切るように、二人は加速した。

夕方の府中市街を、

本能を剥き出しにしたウマ娘たちが駆け抜けていく。

――ダービーが終われば、ジュニア級の新バ戦が始まる。

もちろん、シンボリルドルフも出走する。

今は、その激戦への闘志を蓄える時だった。

シリウスを従えながら。

 

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