皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ―   作:久遠 透

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★第一章ジュニア編 その6 デビュー戦──千メートルの衝撃

「直線1000メートルだと? あいつ正気か?」

「人のやらないことをやるそうだよ」

ビゼンニシキの驚きが、宮園チームのルームに響き渡った。

ロッカーが震えるほどの声量だ。

向かい側でテンガロンハットを指で弾いた宮園は、

小さく息を漏らした。

「シンボリルドルフ……クラシック路線を目指してるんでしょ?」

ビゼンの口元が歪む。

「一般的には、そういう風評だな」

宮園は落ち着いた声で返し、テレビへ視線を向けた。

だがビゼンはそっぽを向いたままだ。

「まったく、東条トレーナーはルドルフが何でも出来ると思ってるらしい」

距離もバ場も展開も不問――

そんな無茶が通るのかと腕を組む。

「それで千直でデビューだとさ」

テレビには、梅雨明け直後の新潟レース場。

曇り空、前日の雨でバ場は不良。

第三レース、ジュニア級メイクデビュー。

十人の若いウマ娘がゲート前で緊張している。

6番、シンボリルドルフ。

悠然とゲートインを待つ姿は、すでに風格があった。

「人数は手頃だが、ブロークンヒルは骨があるな」

宮園が名を挙げる。

「ただ、ルドルフはさすがだな」

「どこがよ」

ビゼンはむくれた。

「この前のトレーニング、流すような走りで一番時計だった」

「……知ってるわよ」

ビゼンは口を尖らせた。

「まあ、見てやろうじゃないか」

宮園が余裕を装うと、ビゼンもテレビに目を向けた。

 

『さあ、ジュニア級新バ戦!

新潟名物・芝直線1000メートルに十人の若人が集いました!』

若いアナウンサーの声が響く。

スタート地点は左端。

上り下りの坂を二度こなし、残り400メートルからはフラット。

ゴールまで一直線。

「靴が軽いな」

ルドルフはつま先でターフを叩いた。

蹄鉄は鉄製からアルミ合金へ。

軽さよりも、踏み込みの鋭さが際立つ。

「ふふ、勝負鉄とはよく言ったものだ」

胸を張り、昂ぶりを抑える。

「何いい子ちゃんぶってんだよ!」

ブロークンヒルが睨む。

だがルドルフは涼しい顔。

東条の指示を反芻する。

「千直だが、マイルの意識を持て……か」

1000メートルは無酸素運動の極致。

だが東条は“ため”を作れと言った。

――距離が伸びる未来を見据えて。

ルドルフは理解していた。

「ふふ……」

その笑みに、ブロークンヒルが苛立つ。

「調子に乗りやがって!」

他のウマ娘も一番人気に厳しい視線を向ける。

だがルドルフは揺るがない。

 

ゲートインはスムーズ。

全ウマ娘揃って――

スタート!

二人が出遅れたが、ルドルフは完璧。

(よし、決まった)

外枠有利の千直。

だがルドルフは6枠から“内”へ切り込む。

「バカな……内は不良で最悪だぞ!」

ブロークンヒルが驚く。

だがルドルフは四番手をキープ。

虎視眈々と機を窺う。

 

500メートル過ぎ、一回目の下り坂。

ルドルフは――息を入れた。

「はぁ……」

普通ならあり得ない。

だがスピードは落ちない。

二回目の坂を登り切った瞬間――

「よし、行くぞ!」

ルドルフがスパート!

ぬかるんだバ場を力強く蹴り上げる。

「くっそ、負けるか!」

ブロークンヒルも食い下がるが――

内の加速が違う。

「もう、だめーっ!」

他のウマ娘が悲鳴を上げる。

残り100メートル。

ルドルフは悠然と先頭へ。

トップスピードなのに優雅。

まるで“定位置”に戻ったかのように。

二着に二バ身半差をつけ――

堂々のゴールイン!

 

「なんてウマ娘だ……スピードもパワーも桁違いだ!」

宮園が唸る。

「しかも千直で息を入れるなんて……」

ビゼンも黙っていられない。

「マイルのレースみたいに途中でためて、不良バ場の内を突いて……

あの身体と走法なら良バ場ならもっと伸びるわよ」

宮園は興奮気味に続ける。

「根性もある。スタミナも問題ない。

距離が延びて本領発揮だな。中長距離向けだ」

ビゼンは髪を払い、息を吸った。

「……シンボリルドルフ」

テレビの向こう、勝者の姿を見つめる。

「ビゼンニシキ、秋だぞ」

宮園が念押しする。

「ええ、分かってる」

ビゼンは覚悟を固めた。

「デビューも、ルドルフとの対決も」

かつて“チームメイト”だった二人。

だが今は別の道を歩む。

ビゼンの瞳に闘志が宿った。

 

スタンドに戻ってきたルドルフは、

興奮の余韻で頬を赤らめていた。

「初勝利おめでとう」

東条が腕を叩く。

「うん、次につながるいいレースだった」

スピードシンボリも満足げに頷く。

だがルドルフは――

「勝利は、使命ですから」

当然のように言い放った。

東条とスピードは顔を見合わせ――

次の瞬間、腹を抱えて笑い出した。

「勝って当たり前、か。らしいな」

スピードが肩を震わせる。

「ただ、新バ戦で尊大になるのは……ルドルフらしい」

そして東条が真顔に戻る。

「ルドルフ、次は秋だ。府中のマイル戦を使う」

「新潟ジュニアステークスじゃないんですか?」

「うん、勝てるよ。でも……慌てる必要はない」

スピードが空を見上げる。

「青雲の志、だ」

姉フレンドが札幌ジュニアステークスで気性難を出して惨敗した――

その轍を踏ませないため。

「千葉の本家に戻ろう、ルナ。

『錬バ道場』で鍛え直す」

迷いのない声だった。

「分かったよ、スーさん」

ルドルフは胸を張る。

東条も頷いた。

「お互い責任重大だな、トレーナー君」

三人は笑い合い、スタンドに歓声が広がった。

 

その中で、一人の幼いウマ娘が震えていた。

ポニーテールのボーイッシュな少女。

借り物のトレセン学園制服が少し大きい。

だが、その瞳は燃えていた。

『強い、強い、シンボリルドルフ!

まさに破格! まさに最強!』

アナウンスの絶叫が、頭の中で反響する。

「すっ……ごいや……」

少女は憧れの先を見つめた。

東条がその気配に気づく。

鹿毛の髪に流星――

ルドルフに似た面影。

「あれが……シンボリルドルフ……!!」

その瞬間、

トウカイテイオーの運命が決まった。

 

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