皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ―   作:久遠 透

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★第一章ジュニア編 その7 対決! マルゼンスキー──皇帝の萌芽

秋。十月。

涼しさが深まり、冬制服にも慣れたトレセン学園のウマ娘たちがそわそわしていた。

ジュニア級は続々とデビュー。

クラシック級は最後の一冠を争い、

シニア級は距離別・コース別の王者を目指す。

だが、学園のざわつきはそれだけではなかった。

――事件の一報が走ったのだ。

「聞いてよ! マルゼンスキー先輩が現役復帰かもって!」

「それ聞いた! すごいよね!」

マルゼンスキー。

出走制限のあった時代に 八戦八勝。

つけた着差は合計61バ身。

“スーパーカー”の異名を持つ伝説のウマ娘。

「しかも併走トレーニングするんだって」

「相手なんているの? ミスターシービーさん?」

「違うのよ」

「え、誰?」

「シンボリルドルフだよ」

ホッカイペガサスの一言で、教室が静まり返った。

イズモランドは不安げに眉を寄せる。

「新潟のデビュー戦、楽勝したんだよね……」

「来年のクラシック有力候補だよね」

「でもジュニアでしょ? まだ一勝だけじゃん」

ざわつく教室。

その時――

ガラッ!

ドアが乱暴に開き、息を切らしたウマ娘が叫ぶ。

「マルゼンさん、これから走るって!」

一瞬の沈黙。

次の瞬間、全員が動いた。

「行こう!」

ペガサスがイズモの手を引き、教室を飛び出す。

他のウマ娘たちも雪崩のように続いた。

トレーニングコースまでの“競争”が始まった。

 

「ありがとうな、マルゼンスキー」

「東条トレーナーから頼まれて断るウマ娘なんていませんよ」

東条とマルゼンスキーが握手を交わす。

互いに余裕と親しみを湛えた表情。

校舎奥のトレーニングコース前には、

噂を聞きつけたウマ娘たちが遠巻きに集まっていた。

その中心へ、赤いジャージ姿の若いウマ娘が歩み寄る。

「マルゼンさん、今日はよろしくお願いします」

「いいのよ、ルドルフちゃん」

マルゼンスキーは軽く手を振る。

その仕草には風格があった。

周囲の囁きは、ルドルフにとって好ましくない内容も多い。

だが彼女は表情を変えない。

まさにバ耳東風。

「じゃあ、さっそくトレーニングだ」

東条が顎をしゃくる。

「メニューは?」

「6ハロンから併せる」

「OK、牧場」

軽口に見学者の笑いが起こる。

「ルドルフが外。キミが内でお願いしたい」

「えっ、普通シニアが外じゃ……?」

外を回る方が、距離のロスが大きい。

ジュニアに外を走らせるのは異例だ。

「まあ、やってみてごらんよ」

東条は平然としていた。

マルゼンスキーは肩をすくめる。

「分かったわ。私がインね」

ルドルフも会釈し、二人はスタート地点へ向かった。

 

二人が並んで構えると、

見学者たちの熱気が一気に高まった。

東条が右手を上げ――

「スタート!」

鋭いダッシュ。

二人は同時に飛び出した。

「なるほど……さすが東条トレーナーの秘蔵っ子ね」

マルゼンスキーは不敵に笑い、

外ラチへルドルフを誘う。

「うわ、大外を回ってる!」

外野から驚きの声。

コーナーでマルゼンが前に出る。

だがルドルフはすぐに追いつく。

向こう正面。

厳しいラップのまま、横並び。

「ジュニアの子が……マルゼンさんに食らいついてる……」

「だって先輩は“スーパーカー”だよ!?」

常識ではあり得ない光景。

だがルドルフは五分に渡り合っていた。

マルゼンスキーは横目でルドルフを見る。

「ちぇっ」

舌打ちとともに加速。

ふわりと前へ出る。

「ふふん」

尻尾が揺れる。

だが――

「いやあっ!」

ルドルフが鋭く追いつく。

二人は肩を並べたまま最後の直線へ。

「はああぁぁっ!!」

「いやあぁぁっ!!」

掛け声すら同じ。

速度がさらに上がる。

ゴール前、わずかな差の攻防。

脚の回転、タイミング、すべてが一致。

――そして、ゴール。

どちらが先か分からない。

「え、どっち!?」

「マルゼン先輩?」

「いや、ルドルフちゃんも……」

ざわつく見学者たち。

その中で、栗毛の大柄なウマ娘が冷静に言った。

「同着ね」

その声に、周囲が息を呑む。

嫉妬と羨望を混ぜた狂気が漂い、

皆が一歩引いた。

 

二人は満足げな笑みを浮かべて戻ってきた。

「どうだった?」

東条が問う。

「先生、チョベリグーよ!」

マルゼンスキーが親指を立てる。

「ジョノカ、しぶといんだもの」

乱れた髪を整えながら、ルドルフを見やる。

「F1レースカーにそう言わせたなら、合格だ」

東条がルドルフの頭を軽く撫でた。

「現役復帰はペンディングね……」

マルゼンは青いリボンを触りながら残念そうに言う。

「来年から、ルドルフちゃんの天下だもの」

「いや、そんな……」

ルドルフが謙遜すると、

「同期じゃ相手にならないわよ。

三つ全部、一気にいっちゃうわね」

――無敗の三冠宣言。

見学者たちがざわつく。

東条も事もなげに口笛を吹く。

「ま、意識してるよ」

ルドルフは黙って毅然としていた。

その様子に、

一人だけ苦虫を噛み潰したような表情をするウマ娘がいた。

ビゼンニシキ。

「私が……阻止してやる……」

胸の奥で呟く。

そこへ宮園が声をかけた。

「ビゼンニシキ、来月デビューだろ」

ビゼンは顎を引く。

「気合入れたところで、こっちも練習だ」

宮園が笑う。

ビゼンは踵を返し、

“臥薪嘗胆”の四文字を胸に刻んで歩き出した。

 

十月十六日。

雨が続き、不良バ場の東京レース場。

だが――

「よっしゃぁ、デビュー勝ちだぁ!」

ホッカイペガサスがゴールを突き抜け、拳を突き上げた。

スタンドではチーム東条が歓声を上げる。

「ペガサスちゃん、カッコよかったよ!」

イズモランドが手を振る。

「タフなバ場でスタミナが生きたな」

ルドルフが腕を組む。

「短距離でもスピードがある」

東条も賞賛した。

ペガサスは泥だらけの顔で笑う。

「よし、クラシックを目指すぞ」

「いいなぁ……」

イズモが羨ましそうに呟く。

「イズモ、年末デビューだ。勝算はある」

東条が肩を叩く。

ルドルフも微笑む。

「期待してるよ」

イズモの顔が明るくなる。

「次はプレオープン戦だ」

「ビゼンニシキとの対戦ですね」

ルドルフが言う。

「どんな相手でも気を引き締めていこう」

「はい!」

三人の声が揃う。

「ルドルフ、アンタと一緒にG1走りたい」

「そうしような、ペガサス」

二人の間に絆が生まれる。

「私も加わるわ!」

イズモも鼻息を荒くする。

「みんな、その意気だ!」

東条が拳を握る。

「はい!」

その声は、悪天候を吹き飛ばすほど力強かった。

(いいチームだ……)

シンボリルドルフは、

仲間と共に夢を目指す幸せを噛みしめていた。

 

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