皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ―   作:久遠 透

25 / 25
★第一章ジュニア編 その8 いちょう特別──ダービーの予行演習

多摩川の土手には赤とんぼが群れ、草木は黄色く色づき始めていた。

霧雨が降るたびに、晩秋の気配が濃くなる。

だが、この日の府中だけは違った。

東京レース場には秋天の青空が広がり、絶好のレース日和となっていた。

スタンドには、宮園トレーナーと冬制服姿のビゼンニシキが並んで観戦していた。

「シンボリルドルフ、どんなレースをするんですかね?」

「気になるか、ビゼン」

宮園は意地悪く笑う。

“そんなにルドルフが好きなのか”と書いてあるような顔だ。

ビゼンはむっとしてそっぽを向く。

宮園は苦笑し、話題を変えるようにレースの説明を始めた。

「一勝クラスのウマ娘が北海道・新潟・中央から集まって初顔合わせ。

しかも、ほとんどが初めての1600メートル戦だ」

ビゼンは鋭い目で聞き入る。

「能力は案外分からない。ルドルフが負ける可能性も――」

ビゼンはまたそっぽを向いた。

宮園は両手を上げて降参のジェスチャー。

 

向こう正面のスタート地点。

ゼッケン「4」番のシンボリルドルフがゲートインを待っていた。

蒼天を仰ぎ、深く息を吸う。

「うん、いい天気だ。明日の天皇賞が楽しみだ」

まるで観客のような気楽な言葉。

周囲のウマ娘たちは「何言ってんの?」と眉をひそめる。

「相変わらず余裕こきやがって……」

ブロークンヒルが舌打ちする。

マルゼンスキーとの併走で五分に渡り合った噂は、

他の出走者たちに複雑な感情を抱かせていた。

負けたくない。

いや、負かしてやる。

「アタシだって、アンタに負けた後、ちゃんと勝ち上がったんだ!」

ブロークンはルドルフの背中を睨みつける。

だがルドルフは、そんな嫉妬など風のように受け流していた。

ゲートインはスムーズ。

全ウマ娘が収まると――

スタート!

 

ルドルフは五分のスタート。

向こう正面を軽やかに加速する。

先頭が一人。

二番手争いの三人の中にブロークンヒル。

ルドルフはその直後、五番手。

「ふ、この位置が欲しかったんだろ!? ルドルフ!」

ブロークンは鼻で笑う。

(なるほど、ブロークンは好位置か)

ルドルフは他人事のように達観していた。

三コーナーへ突入。

後方が押し上げ、先頭三人が鍔迫り合い。

だがルドルフは――動かない。

むしろ後ろから抜かれ、八番手まで後退。

先頭から七バ身。

観客席がざわつく。

「これは終わったな……」

「よし、ルドルフは沈んだ! チャンスだ!」

四番手のブロークンは拳を握る。

だが――

ルドルフは違う次元でレースを見ていた。

(ダービーは2400メートル。焦る必要はない)

大欅を過ぎた瞬間、

ルドルフの瞳が鋭く光る。

(ここからだ。まずはポジションを確保する)

じわじわと順位を上げる。

四コーナー出口では四番手集団の一角。

後方勢は完全に置き去り。

前との差は三バ身。

間に合うのか――?

 

直線に入ると、ルドルフは外へ進路を取る。

前が開いた。

瞬発力が炸裂!

内に刺さり気味になりながらも、伸び脚は鋭い。

ブロークンを並ぶ間もなく交わす。

「なんて豪脚だ!」

ブロークンは悔しさを吐き出すが、

ルドルフの背中は一気に小さくなる。

「脚が……動かねぇ……」

正面から挑んだ代償は大きかった。

残る三人が先頭争いをしているが――

ルドルフはタイミングを計っていた。

「2」の標識を過ぎた瞬間、

二段ロケット点火!

一気に先頭へ。

二バ身差。

勝負あり。

ルドルフはゴール前で力を抜き、流す。

そのままゴールイン。

二秒後、ブロークンは息も絶え絶えに十四着で入線した。

「これが……格の違いか……」

ブロークンは自嘲気味に笑った。

 

スタンドは騒然。

ペガサスとイズモランドも唖然としていた。

「モノが違う……」

ペガサスは自分の勝利が吹き飛んだように呟く。

「まあ、勝ったんだからよかったじゃない」

イズモは惚けたように笑う。

宮園トレーナーは興奮して叫んだ。

「あいつ、デビュー戦の1000メートルでマイルのレースをして、

今日の1600メートルでダービーの予行演習をやりやがった!」

ビゼンニシキは複雑な表情。

喜ぶべきか、悔しがるべきか分からない。

「おい、ビゼンニシキ!」

宮園が声をかける。

「来週のデビュー戦、圧勝してやれよ!」

「……ええ、分かっています」

ビゼンはターフから消えていくルドルフを見つめながら呟いた。

「シンボリルドルフ……今度は私の番だ」

その声には、確かな覚悟が宿っていた。

 

地下バ道。

スピードシンボリがルドルフの腕を軽く叩く。

「ルドルフ、お疲れ様」

「いや、別に」

汗を滲ませながらも、息は平静。

「もたついた割に楽勝ね」

スピードは満足げに頷く。

「直線で焦らして翻弄する……大人びたレースセンスだわ」

東条は喜々として言う。

「東条さん!」

スピードが咳払いする。

「ジュニアの娘に言うセリフじゃないわよ」

だが表情は嬉しそうだった。

「次はどうしますか?」

ルドルフが問う。

「朝日杯あたり?」

スピードが予想するが、東条は首を振る。

「いや、G1はどうでもいい。もっと別のアピール方法がある」

「別とは?」

「ジャパンカップの日だ。

海外の人にも“シンボリルドルフ”を見せる。名刺代わりだよ」

「なるほど、相手は世界ってわけね」

東条とスピードはニヤリと笑い合う。

「まずは学園に戻ってクールダウンだ」

「分かりました」

ルドルフは物足りなさを隠さず控室へ向かった。

「疲れてないわね、あの子」

「だから来月も使う。ジャパンカップの日にな」

東条の声に、スピードは満足げに頷いた。

ルドルフは期待を背に、控室へと歩みを進めた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

【TS】近所のガキ達相手に師匠面して千年後、久しぶりに戻ったら色々荒れてた(作者:御花木 麗)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

ヒキニートだったTS娘は、「いい加減里に貢献しろ」と親にエルフの里の子守りを任される。しぶしぶそれを引き受け、子供達相手に師匠面をして遊んでいたある日、魔法の発動ミスで、主人公ひとり謎空間に閉じ込められてしまう。▼↓▼それから千年の時が経ち、ようやくもとの世界に帰還したTS娘。▼ホッとしたのも束の間、弟子たちは国すら安易に無視できないほどの影響力を持つ、伝説…


総合評価:21109/評価:8.84/連載:20話/更新日時:2026年05月26日(火) 12:12 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>