皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ― 作:久遠 透
シンボリルドルフが『いちょう特別』を楽勝してから一週間後。
同じ東京レース場で、ビゼンニシキがデビュー戦に挑んでいた。
芝1400メートル。
スタートは完璧。
道中も落ち着いた走りで、宮園トレーナーの指示通り“息を抜く”レース。
勝負は直線。
四コーナーを回っても余裕がある。
あとは仕掛けのタイミングだけ。
「よし、今だ!」
テンガロンハットが大きく揺れた。
ビゼンニシキの瞳に闘志が灯る。
『4』の標識付近――
まるでルドルフがスパートした位置をなぞるように、加速。
内に二人、外に一人。
その狭い間を割って先頭へ。
『2』の標識を過ぎると、さらに脚が伸びた。
ルドルフが見せた“二段ロケット”を、負けじと再現するかのように。
後続を置き去りにし、六バ身差の圧勝。
堂々たるゴールインだった。
速度を落としながら、ビゼンは誇らしげに胸を張る。
「まあ、90%の自信はあったがな」
宮園は鼻の下を撫でながら満足げに言う。
「本気になれば背中がしっかりしてる。力強いウマ娘だ」
クールダウンしながらスタンドへ向かう弟子に微笑む。
「前半はゆっくり、後半勝負。先を見据えたいいレースだった」
そして、顎に手を当てて思案する。
「さて……秋にもう一戦。どこを使うか……」
ふと、呟く。
「シンボリルドルフにぶつけてみるか?」
ビゼンには聞こえない声で。
「果たして、あの怪物に勝てるのか……」
宮園の思案はしばらく続いた。
秋は深まり、
ジュニア級の素質のあるウマ娘たちは来年のクラシックへ向けて動き始めていた。
霜月半ば。
冬の気配が迫るなか、シンボリルドルフはシリウスシンボリと並んでトレーニングしていた。
今日はシリウスの体験入学の日。
周回コースを走り終え、ルドルフはスポーツドリンクを口にする。
「ちきしょう……ルドルフについていくのがやっとかよ……」
シリウスは膝に手をつき、肩で息をしていた。
「シリウス、お前もなかなかの走りだったぞ」
ルドルフは平然と手を差し伸べる。
だがシリウスは、物足りなさそうなルドルフの顔にむっとしてそっぽを向いた。
「ケッ……」
「ルドルフ、もう一本いくか?」
東条トレーナーが手を叩く。
「俺は遠慮するぜ。あいつともう一本走ったら壊される」
一年の差は大きい。
だが、脇からスピードシンボリの声が飛ぶ。
「シリウス、お前も並みのウマ娘じゃない。G1級の素質がある」
だからこそ、ルドルフに食らいつけるのだと。
「みんなー、レースが始まるよー!」
土手の上からスピードが大声で呼ぶ。
「今行きます!」
ルドルフが駆け出し、シリウスも続く。
(私は、恵まれているな)
ルドルフは胸の内で呟きながら走った。
東条チームのルーム。
長方形のテーブルに、ルドルフ・ペガサス・イズモランドが集まっていた。
テレビには菊花賞。
カツラギエースは三番手。
ミスターシービーは最後方。
二コーナーでカツラギは二番手へ。
だが、どこかぎこちない。
対照的にシービーは伸び伸びと走る。
そして三コーナー前――
シービーが動いた。
京都では禁忌とされる“三コーナーまくり”。
だがシービーはそんな常識を嘲笑うように加速。
パンタロンの脚が軽快に地面を蹴る。
四コーナーで先頭。
直線では追えるだけ追い、
そのまま押し切った。
――三冠達成。
「ほー、見事なものだ」
スピードシンボリが呆れたように褒める。
「でも、面白い展開でした」
ルドルフは冷静に分析する。
「凄いぜ! あんなレース、俺もしてみてぇ!」
シリウスが興奮する。
だが東条は眉をひそめた。
「三コーナーの上り坂から仕掛けるなんて、無謀にもほどがある」
イズモも頷く。
「ちょっと強引ですよね……」
ペガサスも疑問を呈する。
「勝てるからって、どんな走りでもいいわけじゃない。理想の走り方は別にある」
東条は熱を帯びた声で語る。
中団で脚を溜め、
四コーナーで射程圏に入れ、
直線でスパートして勝ち切る。
それが“王道”。
「まくりや直線一気は派手だが、リスクが高い」
東条の熱弁に、皆が静かに耳を傾けた。
そして、ルドルフを見つめて言う。
「ああ、シービーは天衣無縫だ。だが自由ではない」
「自由……ではない?」
「勝利から自由になろう」
「勝利からの自由……」
「そうだ。どんな状況でも“絶対に負けない”ことだ」
相手を読み、
リスクを最小限にし、
圧倒的能力でねじ伏せる。
勝負が決まったら、
着差などどうでもいい。
流して次へ備える。
「究極のレースを目指す。理想のレースだ」
東条は息を吸い、静かに告げた。
「ルドルフ。君は、それができるウマ娘だ」
ルドルフの肩が震える。
「君もいつか、あのウマ娘とやりあう。その時は正々堂々と受けて立て」
ルドルフは背筋を伸ばす。
「そして、勝て。いいな」
「はいっ!」
力強い返事だった。
東条は満足げに頷く。
「まずは次走、ジャパンカップの日だ」
東条がルドルフの肩に手を置く。
ルドルフの瞳が、静かに、しかし確かに光った。