皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ―   作:久遠 透

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★第二章三冠編 その1 初春の願い──臘木春将至

下総国一宮・香取神宮。

元日の夜明け前、千葉県東部の“本拠地”にほど近いこの古社は、凛とした空気に包まれていた。

檜皮葺の拝殿。

正面の千鳥破風に、朱赤の朝日が差し込み始める。

拝殿右手の授与所、そして道を挟んだ御神木の大杉の下に、

シンボリルドルフたちの姿があった。

ルドルフは緑を基調とした振袖。

白に近い薄紅の帯に、深紅の花が咲く――

まさに“皇帝の初春”と呼ぶにふさわしい装いだ。

手にしているのは、おみくじ。

「ルドルフ、どうだった?」

後ろから覗き込むのはシリウスシンボリ。

濃緑の振袖に白い花が散らされた、クールな出で立ちだ。

「神頼みなんてしねぇ」と強がっていたが、

スピードシンボリに「悪い結果が怖いだけだろ」と笑われていた。

「うん、三十四番。大吉だ」

「ほう、それはいいな!」

スピードシンボリが手を叩く。

シリウスも横から覗き込むが、二人の視線は途中で止まった。

おみくじに添えられた漢詩――

ルドルフはくすりと笑い、手を口に当てて咳払いをひとつ。

そして、朗々と読み上げた。

 

臘木春将至(ろうぼく はるまさにいたらんとす)

芳菲喜再新(ほうひとして よろこび ふたたび あらたなり)

鯤鯨興巨浪(こんげい きょろうをおこす)

挙鈎禄為真(つりばりをあぐれば ろくしんなり)

 

境内に澄んだ声が響き、参拝客が思わず足を止める。

「で、どんな意味だい?」

シリウスが白い歯を見せて問う。

ルドルフは静かに解説した。

「冬枯れの木も春が近づけば花を咲かせ、

草木は新たな芽を出し、芳しく満ちる。

大魚は竜へと変わり、大波を起こすほどの勢いで物事を動かす。

釣りをすれば大漁となるように、立身の時が訪れる――そんな意味だ」

「ほう、相変わらず博学だな」

シリウスが呆れ半分、感心半分で言う。

「でも、ルドルフのクラシックシーズンを示しているようで、喜ばしい」

スピードシンボリが腕を組んで頷いた。

「そういえばルドルフ。ビゼンニシキ、暮れのひいらぎ賞も圧勝したらしいな」

その名に、ルドルフの鼻がわずかに動く。

だが動揺を隠すように、冷静に返す。

「そうですね。ホッカイペガサスが悔しがっていましたから」

ペガサスの涙――

あの敗戦は、まだ記憶に新しい。

十月の新バ戦を勝ち、十二月に二勝目。

ルドルフもイズモランドも心から喜んだ。

だがビゼンニシキは、ペガサスに影も踏ませなかった。

「イズモも、いずれ勝てるよ」

ルドルフは祈るように言った。

東条チームの三羽ガラス。

その一人が足踏みしたのは、皆にとって痛手だった。

「ジュニア級で三戦三勝。お前と同じだ」

スピードが続ける。

「ビゼンは二月の府中、共同通信杯に出るらしいな」

「去年の勝ちウマ娘はミスターシービー……クラシックの登竜門ですね」

「詳しいな。気になるか?」

「クラシック戦線の動向を把握するのは重要ですから」

ルドルフは拝殿へ視線を向ける。

参拝客の真摯な祈りが、静かに流れていた。

だがスピードは、核心を突く。

「ふふ、言うねぇ。しらじらしい。

ライバルだと思ってるくせに」

「……意識はしています」

「何だ、ビゼンのことがそんなに好きなのか?」

その瞬間、ルドルフの瞳孔が開き、頬がみるみる赤くなる。

だが必死に参拝者の方を見続ける。

スピードは笑いを堪えながら言った。

「まあいいさ。お前は弥生賞からだ」

そして、静かに宣言する。

「目指すは一冠目・皐月賞。

同コース同距離のステップレースで、確実に仕上げる」

「さて、“本拠地”に戻るか。トレーニングだ!」

「あーあ、正月早々からかよ……」

シリウスが後頭部に手を回し、つまらなそうにそっぽを向く。

「シリウス、ウマ娘の練習は“月月火水木金金”だ」

「そんなのルドルフだけに任せたいね」

悪態をつきながらも、シリウスが一番に楼門へ向かう。

その背を見て、ルドルフとスピードが目を合わせて笑った。

「去年は私だったが……シリウスも今年はジュニア級、デビューだしな」

「何だかんだ言いながら、自覚があるということだ」

シリウスが振り返り、両手をメガホンにして叫ぶ。

「スピードさん、来ないのかい!」

「ああ、今行くさ」

スピードは着物の裾をたくし上げた。

「まさか……」

「走るのですか?」

ルドルフとシリウスが同時に呆れる。

だが、スピードの瞳には闘志が宿っていた。

「ああ、私たちはウマ娘だ」

そして指示が飛ぶ。

「楼門から総門、左手の第三駐車場まで。

参拝客に触れずにすり抜けろ。

前が壁になった時、間を割る練習だ」

「それなら、無敗三連勝の身としては負けられないな」

「受けて立つぜ、ルドルフ!」

三人とも着物の裾を短くし、前傾姿勢を取る。

「GO!」

新年早々、ウマ娘たちが駆け出した。

華麗なステップで混雑の隙間を縫い、誰にも迷惑をかけない完璧な走り。

――これなら神様も、きっと目を細めてくださるだろう。

ルドルフはそう願いながら、仲間の背中を追った。

 

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