皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ―   作:久遠 透

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★第二章三冠編 その2 クラシックに向けて──ビゼンニシキ、四連勝!

二月。

関東は厳しい寒さが続いていた。

だが、シンボリルドルフのトレーニングは、寒空をものともせず熱を帯びていく。

走るたび、白い息と湯気が身体から立ち上る。

節分の日には、ホッカイペガサスやイズモランドと豆を撒き、束の間の息抜きをした。

だが今日は、三人での本格的な併走トレーニングだ。

「いやああぁ!」

「はあああぁ!」

外からイズモランド、内からホッカイペガサス。

その真ん中を、ルドルフは余力たっぷりで走る。

左右の気合に合わせてギアをひとつ上げ、二人を抜かせないままフィニッシュ。

東条トレーナーが舌を巻く。

「ルドルフ、さらに成長したな」

息を切らす二人の後ろから、ルドルフは平然と歩いてくる。

鍛え抜かれた心身から“いつでも来い”という気迫が滲んでいた。

「いい状態だ。これならレースを使える……」

東条は判断を下す。

「ルドルフ、弥生賞へ行くぞ!」

その瞬間、ルドルフの顔がわずかに強張る。

予測していたとはいえ、クラシック級最初のレース。

緊張は避けられない。

だが、張り詰めた気持ちはすぐに覚悟へ変わる。

「はい!」

力強い返事が響いた。

東条は満足げに頷く。

「ホント、クラシックを目指すウマ娘は違うわね……」

ペガサスがため息をつく。

年始の京成杯は連敗だった。

「いいなぁ、ルドルフちゃんは……」

イズモも肩を落とす。

未勝利戦で三着、二着と足踏みが続いていた。

ルドルフは何と言えばいいか迷う。

「何言ってんだ、お前たち!」

東条の一喝。

二人がびくりと肩を震わせる。

だが、向けられたのは優しい笑顔だった。

「ペガサスは三月の芝2200、バイオレット賞だ。距離を延ばして新味を引き出す」

「イズモは四月の芝2000、未勝利戦で確勝を期す」

二人の顔に色が戻る。

「その後は青葉賞を目標にする!」

「「青葉賞……」」

二人の声が重なり、表情がさらに明るくなる。

「ダービー出走を目指すんだ!」

東条が拳を振るう。

「私もダービーに出たい! 皆で走ろう!」

ルドルフが両手を広げる。

二人はぽかんと口を開け――

次の瞬間、走り出した。

「「ルドルフーっ!!」」

ルドルフの胸に飛び込む。

「アタシらなんかでも夢見ていいの?」

「ダービーって、手が届かないと思ってた……」

四つの瞳が輝く。

「ああ、私たちはウマ娘だ。何よりチームメイトだ。お互い切磋琢磨しよう!」

ルドルフはしっかりと二人を抱きしめた。

「おお、ルドルフちゃんの四文字熟語だ」

「久しぶりに聞いた気がする」

胸の中でじゃれ合う二人。

その体温が、ルドルフの胸にじんわりと広がる。

冬になると、どうしても思い出す。

姉・シンボリフレンドの事故。

一年経っても、割り切れない感情は残っていた。

(フレンド姉さん……つらいよな)

だが今、仲間の温もりがそのわだかまりを溶かしていく。

(友達って、いいな)

心が満たされると、軽口が出る。

「それなら、ダジャレを言ってもいいかな?」

「それはカンベンだ」

「面倒なのはやめてよね」

ルドルフの耳がしゅんと萎れる。

くすくす笑いが胸に刺さる。

「まあ、弥生賞に勝ったら聞いてあげなよ」

東条がフォローする。

「勝ったらねー」

「仕方なくねー」

二人が舌を出す。

東条が腕を擦り、腕まくりの真似をする。

「さて、トレーニングを続けるぞ」

『はいっ!』

三人が跳ねるように返事をし、横一列に並ぶ。

「よし、もう一周。軽めにいくぞ」

『はいっ!』

元気な声が冬空に響き、三人はコースへ駆け出した。

 

東京レース場、共同通信杯の日。

二月の寒さは厳しく、曇り空が重く垂れ込めていた。

シンボリルドルフは、ミスターシービーと並んでスタンドに立っていた。

「クラシックに向けて、どうだい。調子は?」

「普通ですよ」

淡々と答えるルドルフ。

「なるほど。やっぱりキミは、熱くなるための“何か”が足りないようだな」

シービーは続ける。

去年、マルゼンスキーと五分の“レース”をしたルドルフ。

ずっと話したいと思っていたのに、当の本人は淡々としている。

「熱くなるもの、ですか?」

「そ。熱くなるもの」

シービーはニヤリと笑う。

「やっぱりライバルがいると違うよね。ワタシにもいたし」

「カツラギエースさんですか」

「まあね」

シービーは背伸びをしながら言う。

「ライバル――相手を思う気持ちが、一番熱くなれる」

「恋人を求めるようですね」

意外な返しに、シービーは口笛を吹いた。

「さあ、それはキミ次第かな」

場内放送が流れる。

共同通信杯のゲートインが始まった。

「昨年はワタシが勝ったレースだよ。

ビゼンニシキ、どんな走りを見せるか楽しみだね」

「今年のクラシックを占う意味でも、参考になります」

「本当にそう思ってるのかなぁ?」

シービーは口をへの字に曲げる。

「キミは強い。素質がある。そして傲慢だ」

突然の指摘に、ルドルフは黙り込む。

「自分より強い相手はいないと思ってるんじゃない?」

「いや、そんなこと……」

「態度に出てるよ」

シービーは笑い、続ける。

「ふふ、自分を自由に表現できるのは悪いことじゃない。

ウマ娘の力の根源――本当はキミも分かってるはずさ。

あとは“きっかけ”だよ」

その時、ゲートが開いた。

 

ビゼンは好スタート。

三番手の好位をすっと取る。

「ほう、キミが得意とする先行だね」

「そのようですね」

淡々と進む道中。

いつ抜くのか、どこで突き放すのか――

ビゼンはタイミングを計っている。

ルドルフの胸が高鳴る。

「お株が奪われちゃうんじゃないかぁ」

シービーが茶化す。

だが、ルドルフは否応なく熱くなる。

自分と似たレースセンス。

共感とライバル心が同時に燃え上がる。

四コーナー。

ビゼンが外へ進路を取る。

大外を回り、順位を落としかける。

「はっは、ロス上等の強引なレースだねぇ」

シービーが笑う。

直線。

ビゼンはワンテンポ遅れた。

五人が横一線に並ぶ。

「間に合うのか……?」

ルドルフの息が白く揺れる。

残り200メートル。

「まだ構えたままだね」

シービーが手を叩く。

その瞬間――

ビゼンが脚を繰り出した。

鋭い一撃。

一気に先頭へ。

「……!」

ルドルフとシービーが息を飲む。

一バ身差をつけたところで、ビゼンはスピードを緩めた。

勝負あった――

横綱相撲。

ルドルフは、自分のレースを見ているようで嬉しくなった。

ビゼンニシキ、四連勝。

重賞初制覇。

 

クールダウンのキャンター。

ビゼンはふと立ち止まり、向きを変える。

ラチ越しに、ルドルフの前で止まった。

「私、次走は弥生賞にするわ!」

その指先は、迷いなくルドルフを指していた。

ルドルフの心臓が跳ねる。

身体が熱くなる。

唇が乾き、舌で湿らせる。

(これが……熱くなるということか)

「分かった。受けて立とう」

二人は同時に笑った。

「じゃ、中山で」

ビゼンは背を向け、去っていく。

シービーは満足げに笑う。

「ライバル確定、だねぇ」

「シービーさん、責任取ってもらいますよ」

「責任? どうすればいいんだい?」

「私の弥生賞の追い切りに、参加していただけますか」

「なるほど。

その調教、レースより面白そうだ。

ワタシも参加させてもらうよ。

――黒幕たちにもね」

ルドルフはニヤリと笑い、

シービーも同じ笑みを返した。

レースに当てられたウマ娘は、走ることでしか熱を冷ませない。

二人は、同じ衝動を共有していた。

 

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