皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ―   作:久遠 透

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★第二章三冠編 その3 雌伏の時──究極のトレーニング

共同通信杯から数日後。

トレセン学園の練習コースは毎朝のように凍りつき、不凍液を撒いても思うように走れない日が続いていた。

そんなある午後、久しぶりに穏やかな気候が訪れた。

授業が終わると同時に、シンボリルドルフの弥生賞に向けた本格的なトレーニングが始まる。

今日のメンバーは豪華絢爛。

全員が学園指定の赤ジャージ姿で揃っていた。

 

「ルドルフちゃんと走れるの、楽しみね」

マルゼンスキーが屈伸運動を繰り返す。

「約束だからね」

ミスターシービーは両手を頭上で合わせ、背を伸ばす。

そこへ軽いランニングで近づく影。

「マルゼンとシービーなら、いいトレーニングになるな」

スピードシンボリが満足げに言い、コースへ腕を向けた。

遠くから、手を口に当てて叫ぶ声。

「分かってますよ、スピードさん!」

3ハロン標識前からシリウスシンボリが大声を張り上げる。

入学前だが、スピードの特別許可で参加していた。

東条トレーナーと石上サブトレーナーはURAの研修で不在。

だからこそ、スピードの粋な計らいだった。

「さあ、行きますか」

ルドルフがスタートの姿勢を取ると、三人も倣う。

「スタート!」

ルドルフが大外へ向けて走り出す。

マルゼン、シービー、スピードが続いた。

不良バ場。

雪解けで水が浮くタフなコンディション。

だが、ルドルフの足取りは確かだった。

他の三人も嬉しそうに弾むように駆けていく。

 

抑えて走るルドルフ。

だが、このメンバーで本気を我慢するのは不可能だ。

7ハロン地点――

ルドルフが行き出す。

「ルドルフちゃん、行くのね」

「負けてられないね」

「よし、追うぞ」

三人がピッチを上げる。

「よっしゃぁ、やったるぜー!」

3ハロン標識で、シリウスも加わる。

走りながら小さく一礼。

「シービーさん、よろしくお願いします!」

「ああ、ワタシもシリウスと走りたかったんだ」

走りながら意気投合する二人。

ルドルフは微笑ましく見守る。

五人の迫力ある追い切り。

プライドと実力がぶつかり合い、ピッチが上がる。

「何だよあいつら……俺が必死なのに余裕こいてやがる」

遅れ気味のシリウスがぼやく。

だが――

「シリウスちゃんも、いいウマ娘ね」

「ああ、ワタシたち相手に踏ん張ってる」

「ルドルフに次ぐ、シンボリの星さ」

シニア陣が口々に評価する。

先頭のルドルフが加える。

「最低限、G1は取ってもらわないと困る。その器だ」

その瞬間、ルドルフがギアを上げた。

「はあああぁ!」

隠していた引き出しを開くような伸び。

先輩たちの目が鋭くなる。

「負けないわよ!」

「行くぞぉ!」

「まだまだぁーっ!!」

三人が大声とともに加速する。

だが――

ルドルフは先頭を譲らない。

「すげえ……クラシックなのに、シニア勢を抑えてる……」

シリウスが最後方から前を睨む。

ルドルフがさらにひと伸び。

後続の脚色が鈍る。

「凄いわ」

「なるほど」

「さすがだな」

賞賛が背中に降り注ぐ。

「ゴール!」

ルドルフが自ら声を上げた。

マルゼン・シービーに二バ身、スピードに三バ身。

シリウスはさらに一バ身遅れた。

――やはり、モノが違う。

(いいトレーニングだった……フレンド姉さんとも走りたかったな)

軽く流しながら、ルドルフは天に召された姉を思う。

耳が少し垂れる。

スピードシンボリは見逃さなかった。

「まあ、無理もないか……」

だが続ける。

「……でも、ルドルフも今なすべきことが分かっている」

この血統は、やり過ぎれば調子を落とす。

だが、やらなければ狂気が出る。

フレンドも、スピードも、ルドルフも――

難しい血脈だ。

それでも、今日のルドルフは完璧だった。

 

数日後の金曜日。

ルドルフは軽く流していた。

二日後の弥生賞へ向けた微調整だ。

「まあ、走りは悪くないな」

東条トレーナーはベンチで頬杖をつきながら見守る。

天候不順で思うように調整できない日々。

芝の生育も遅れている。

だが、東条の心配は別にあった。

(フレンドが海を渡って……どうなるかと思ったが。

ジュニア級で三戦三勝、三冠路線の最右翼になった)

だが――

「淡々としているのが気になるな……」

姉の事故の影。

ルドルフは決して口にしないが、心の奥に刺さったままだ。

そんな時、横から声が飛ぶ。

「バカよねぇ、あいつって」

ビゼンニシキだった。

「どういう意味だ?」

東条が眉をひそめる。

ビゼンはルドルフから目を離さない。

「心配か? ルドルフが」

「いいえ、別に。あいつなんて」

そっぽを向くが、態度は分かりやすい。

――気になって仕方がないのだ。

東条は小さく笑う。

「今のルドルフは、何を言っても聞かないさ」

姉の影。

レースへの集中。

そして、ビゼンへの意識の欠如。

それがビゼンには面白くない。

「ルドルフを振り向かせる方法は一つだよ」

東条は静かに言う。

「レースで、負かすことだ」

ビゼンの瞳が鋭く光る。

「そんなこと言っていいの? 東条トレーナー?」

「敵に塩を送ることになるかもな」

東条は笑う。

「でも、それで信念を曲げるルドルフじゃない」

ビゼンは背伸びをし、軽く息を吐く。

「さあてと。私もトレーニングしますかね」

鋭いダッシュで駆け出し、あっという間に姿を消した。

東条はその背中を見送りながら呟く。

「確かに強い。共同通信杯を勝った勢いもある。

……だが、ルドルフにとって歓迎すべき相手ではないな」

信頼と、わずかな不安が胸に残った。

 

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