皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ― 作:久遠 透
日曜日。
春の青空が眩しく、淡いブルーが季節の始まりを告げていた。
本日のメインレース――弥生賞。
ついに、シンボリルドルフとビゼンニシキの直接対決が幕を開ける。
巷では「二強対決」の話題で持ちきり。
どちらが無敗を守るのか、注目は最高潮だった。
パドックでは十四人のウマ娘が次々と姿を見せる。
東条トレーナーは山高帽を軽く押さえ、隣のスピードシンボリに声をかけた。
「皆、太いな」
「この時期ですからね。仕方ありませんよ」
「ルドルフはどうだ?」
分かっていながら、つい問うてしまう。
「悪天候で準備が遅れたなんて、絶対に言えませんよ」
スピードは断言した。
姉・シンボリフレンドの不幸を思い出すが、二人はそれを胸にしまい込む。
順調とは言えない調整だった。
だが――ルドルフの底力を信じていた。
歓声が上がる。
6枠10番、ビゼンニシキが登場。
派手な栗毛を揺らし、堂々と手を振る姿に、観客が沸いた。
「ビゼンニシキ……」
スピードが心配そうに呟く。
「いいデキだ」
東条が短く評する。
共同通信杯を使っている分、仕上がりはルドルフより上。
不穏な気配を纏いながらも、ルドルフと走れる喜びを必死に抑えているようにも見えた。
そして――
7枠12番、シンボリルドルフが颯爽と登場。
一礼すると、スタンドがどよめいた。
「何とか、間に合ったな」
「ええ、太いけれど……他も似たようなもの。
ライバルはビゼンニシキね」
普段は控えめなルドルフが、珍しく大きく手を振っている。
「気合、入ってるな」
東条が意外そうに呟く。
「でも……妙な感じです。気の悪さを出さなければいいのですが」
スピードの懸念が、春風に溶けていった。
中山の芝に出ると、ルドルフは胸を張り、深く息を吸い込んだ。
初めての中山。
初めてのクラシック前哨戦。
だが、緊張の色はない。
「相変わらず余裕ぶっこいちゃって……もう」
声の方を見ると、栗毛のウマ娘が腰に手を当てていた。
「ビゼンニシキか」
「やっと振り返ってくれたわね、ルドルフ」
白い歯を見せるビゼン。
ルドルフも同じように微笑む。
「待ったわよ、この瞬間を」
「こちらも、延頸鶴望の想いだよ」
鶴の首のように長く待ち焦がれた――という意味だ。
四戦四勝 vs 三戦三勝。
無敗同士の第一ラウンド。
「あなたに負けない」
「勝つのは私だ、ビゼン」
二人の息が絡み合い、火花が散る。
ゲートイン。
偶数番の二人は後入れ。
「早く入れよ!」
待ちきれないビゼンが急かす。
ルドルフは無言で、前のウマ娘の背中を“目力”で押す。
「ふ、主役が誰か分かったようだな」
ビゼンが捨て台詞を吐き、ゲートへ。
ルドルフも続く。
十四人が揃い――スタート!
ルドルフは五分のスタート。
だが――
「ビゼンニシキが出遅れた!!」
アナウンサーの絶叫が響く。
「しまった……!」
ビゼンが舌打ちしながら立て直すが、左にささり気味で力む。
周囲は「チャンス!」と色めき立つ。
スズパレードが二番手を確保。
ルドルフは五番手で冷静に追走。
その外に、ビゼンが半バ身差で取りつく。
「ターゲットはルドルフだけ!」
ビゼンの瞳は燃えていた。
前半1000メートルは61秒9秒。
スズパレードは苦しげに腕を振る。
レースは、じわじわと二強の対決へ収束していく。
三コーナーから四コーナー。
ルドルフは四番手で抜け出すタイミングを計る。
ビゼンは外から徹底マーク。
「よし、今だ!」
ルドルフが外へ進路を取り、先行勢を捉えにかかる。
直線へ――
四人が横一線。
「中山の直線は短いぞ!!」
場内が沸騰する。