皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ― 作:久遠 透
残り400メートル。
ルドルフが悠然と先頭へ。
ビゼンの闘志が爆ぜる。
「やってやる!!」
踏み込んだ瞬間――
ビゼンの大きな身体が内へ刺さる。
重戦車のような勢いで、ルドルフへ倒れ込む。
「危ない!!」
東条が立ち上がり、スピードの顔が青ざめる。
ルドルフはステップで避けようとするが――
二人の脚が交差した。
「マズイ!」
スピードが駆け出し、東条も追う。
「くっ……!」
ルドルフが顔を歪める。
(左脚……やられたか?)
だが――
(気にしている暇はない!)
闘志をむき出しにし、左肩を外に張る。
ビゼンも必死に追う。
二人はクロスした後、進路を変え、並んで走る。
「ルドルフ、負けたくない……あなたには!」
「ああ、勝つつもりさ。君にはね」
だが、ルドルフの脚は明らかに鋭さを欠いていた。
(やはり……異変が……)
残り100メートル。
「いやあああ!」
気力でギアが噛み合う。
胸を張り、手足を振り切る。
ビゼンも食らいつくが――
ルドルフの末脚が、さらに伸びた。
「そんな……追いつけないなんて……!」
勝負あり。
ルドルフがビゼンを競り落とし、ゴールへ飛び込んだ。
ゴール直前、ルドルフは息を抜いた。
余計な力を使わない、皇帝の判断。
一バ身四分の三差。
タイムは2分1秒7。
春先の芝を考えれば、優秀な時計だ。
ビゼンは悔しげに唇を噛み、背を向ける。
勝者と敗者――二つの世界が分かれた。
ルドルフも帰ろうとするが――
足が動かない。
違和感。
痛み。
そこへ――
「ルナ!!」
スピードシンボリが駆けつけた。
視線が左脚へ落ちる。
ひざ下――鮮血。
「ビゼンに……坂下でのっかけられた」
ルドルフが呟く。
東条が到着し、すぐに触診。
「骨は大丈夫だ。走るには支障ない。すぐテーピングする」
包帯を巻きながら、低く呟く。
「もっと強く当たっていたら……折れていたぞ」
怒りが滲む。
スピードはルドルフの肩を抱く。
「ルナ、肩を貸すよ」
「大丈夫です」
「念のためだよ」
二人三脚で歩きながら、スピードが言う。
「ゴール前の伸び……私のラストスパートに似ていたよ」
ルドルフは静かに頷いた。
クラシック戦線は始まったばかり。
皐月賞、ダービー、菊花賞――
長く、過酷な道が待っている。
(フレンド姉さん……見ていてください)
ルドルフは、胸の奥でそう呟いた。
三日間の静養。
精密検査は問題なし。
明日から運動再開だ。
夕方、ドアがノックされる。
「マルゼンスキーさん……」
冬制服の先輩が入ってくる。
「元気そうでよかった」
ルドルフはストレッチをやめ、姿勢を正す。
「ビゼンニシキの方は?」
「トレーナーさんに怒られたみたい。でも、もう切り替えてるわ。
今月、スプリングステークスを使うって」
「勝つでしょうね」
ルドルフは淡々と答える。
マルゼンは部屋を見渡す。
空になったベッド。
何も置かれていない机。
――ここには、かつてシンボリフレンドがいた。
「皐月賞のことなんだけど」
ルドルフの耳が動く。
「あなたには、フレンドとは別の道を歩んでほしい」
「それは……どういう意味ですか?」
「誰もが幸せになる世界。
あなたはそれを目指しているんでしょう?」
ルドルフの胸が熱くなる。
「ここにはフレンドがいた。
でも、今は跡形もない」
マルゼンは静かに言う。
「だけど、彼女の想いは紡げるわ」
ルドルフの目が潤む。
「フレンド姉さんの……想い……」
「そう。
弥生賞であなたが故障しなかったのは、フレンドが守ったのかもしれない」
ルドルフは涙を堪え、深く息を吸う。
そして――
「ええ。皐月賞は絶対に勝ちます!」
マルゼンは満足げに頷く。
「その意気よ。
まずは食事、しっかり摂りなさい」
ルドルフは微笑む。
皇帝は、皐月賞で――
クラシック三冠の第一冠を戴く。
その覚悟が、胸に刻まれた。