皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ―   作:久遠 透

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★第二章三冠編  その5 皐月賞(PART2)──決意のビゼンニシキ

パドックでのファンへのお披露目。

2枠3番のビゼンニシキが、堂々と手を振っている。栗色の髪が揺れ、大柄な体ははち切れんばかりの迫力だ。

ブルー地に黄色い星を散らしたTシャツ、オフホワイトのホットパンツ──シンプルながら、その体格の良さを際立たせる勝負服だった。

内に籠る気迫が両目に宿り、一歩ごとに覇気が溢れる。

「うん、いいな。宮園トレーナー、お見事だ。ビゼンを完璧に仕上げてきた」

東条が感嘆の眼差しをテンガロンハットの隣へ送る。

宮園は不敵な笑みを浮かべた。

「まあ、状態は一番ですよ。誰にも負けません」

そう言われれば、東条は黙って頷くしかなかった。

やがて、ルドルフが“お立ち台”に姿を見せる。

初めての勝負服だ。

シンボリカラーの緑を基調に、金のモールと赤のアクセント。

スカートから伸びる脚には濃色のサイハイソックス。

皇帝の威厳と可憐さが高次元で融合した、見事な装い──のはずだった。

ファンの歓声が上がる。

だが、その声はどこか尻すぼみになる。

理由は明白だった。

ルドルフ本人が、勝負服に負けていた。

大人しい、を通り越して“疲れ切っている”。

小さく右手を振る姿は痛々しく、ビゼンニシキとは対照的だった。

東条の顔がみるみる赤くなる。

「……素晴らしい勝負服が、アンバランスに見える。これが、シンボリルドルフなのか?」

食欲減退、軽い調教、覇気のなさ──予兆はあった。

だが、ここまでとは。

トレーナーとして見過ごしていた悔しさが胸に満ちる。

十八人の出走ウマ娘を見回しても、ルドルフの不調は際立っていた。

隣の石上サブトレーナーは目を閉じ、落ち着きを失っているのが明らかだ。

「他を見るな。ルドルフだけを見ろ。落ち着くから」

東条はそう言うが、自分の胸中は乱れ続けていた。

スピードシンボリも石上も、口を小さく開けたまま固まっている。

ビゼンニシキの好バ体と比べれば──誰の目にも差は歴然だった。

「……もう、行きましょう!」

スピードシンボリが両頬を叩き、気合を入れる。

まるで自分が代わって走りたいと言わんばかりだ。

東条は茫然と立ち尽くすが、石上にジャケットの裾を引かれ、我に返る。

重い足を引きずりながら、スタンドへ向かった。

勝敗は神のみぞ知る──

だが、ルドルフにとってそんな言葉は不要だった。

レースに偶然性など許されない。

皇帝として君臨し、レース界を平定する責務がある。

姉・シンボリフレンドを反面教師にし、英才を積み重ねてきた。

スピード、そしてフレンドの見果てぬ夢──クラシック制覇。

それなのに、生涯一度の本番を迎えて最悪の状態。

ビゼンニシキは最高の仕上がり。

もし負ければ、ただのウマ娘に堕ちる。

フレンドの想いは無に帰す。

許されざることだった。

建物を抜けると、コースが広がる。

ベルベットの芝、その先に抜けるような青空。

東条もスピードも石上も、気持ちを切り替えた。

ここまで来たら、ルドルフを信じるしかない。

――皐月賞。

スタンド前からのスタートだ。

ゲート入りを待つビゼンニシキが、ルドルフを見る。

顔色は悪く、俯き加減。

緊張というより、生気がない。

「あいつ……どうしたんだ?」

同じウマ娘だからこそ、痛いほど分かる。

そして、打算が働く。

ビゼンの口元が、嫌らしく歪んだ。

──絶対に、弥生賞のリベンジをしてあげる。

その表情は、そう語っていた。

 

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