皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ― 作:久遠 透
ファンファーレが鳴り響き、場内の興奮は一気に頂点へと達した。
ゲートインが始まると、さっきまでの熱気が嘘のように引き、
スタンドは波が引くように静まり返る。
2枠3番のビゼンニシキが、ルドルフから視線を切り、淡々と枠へ向かう。
5枠10番のルドルフも、表情を固くしたまま後に続いた。
全員がゲートに収まると、再びボルテージが上がる。
――ゲートが開いた。
スタート!
大歓声が爆発する。
シンボリルドルフはポンと飛び出し、好スタート。
ビゼンもまずまずの出脚だ。
ルドルフは前へ行きかけたが、内の数人が激しく先頭争いを始めた。
「抑えたほうがいいな」
冷静に判断し、四番手へと収まる。
ビゼンニシキは七番手、前走と似た待機策だ。
「ふふ、ターゲットはルドルフよ!」
不気味な笑みを浮かべるビゼン。
その内側では、流星のある鹿毛の髪を揺らすスズパレードが睨みつける。
「そうなんだけど、こっちはアンタを標的にするわ」
「パレードか……まあ、好きにするがいいさ」
吐き捨てるように応じる。
一コーナーで先頭が決まると、二番手以降は縦長の隊列に。
2ハロン目からペースは11秒台へ。
ルドルフはスッと動き、三番手へと躍り出た。
「よし、絶好のポジションだな」
緊張した表情がわずかに和らぐ。
ビゼンも同じ位置取りで向こう正面へ。
「さて、大名マークといきますか」
星柄のワンピースを揺らすスズマッハが、ルドルフの直後・外目の四番手へ。
ビゼンは内に潜り込み、中団で脚を溜める。
「ふ、周囲からターゲットにされているか……」
ビゼンは自嘲気味に呟いた。
ルドルフは多くのウマ娘から目標にされている。
そして自分は、スズパレードにだけ意識されている。
レースの“わき役”扱い――その事実が逆に闘志を燃え上がらせた。
「見ていろよ、おまえら!」
そんな雑言など届かないルドルフは、己のレースに集中していた。
(うん、先行ポジションをキープできたし、追走も苦にならない)
体調不良を抱えているとは思えない順応ぶり。
ビゼンも折り合いは万全。
二人は直線で弾けるべく、力を蓄えていた。
1000メートル通過、60秒5。
「ちょっと速いかな?」
ビゼンが体感で呟く。
だが前を行くのはルドルフ。垂れる姿は想像できない。
ならば――と、パレードを置き去りにして動き出す。
「どけっ! ビゼン様のお通りっ!!」
巧みなステップでバ群を割り、位置を上げる。
「危ない、何するんだ!」
外のスズマッハが怒鳴る。
「ふん、お前らでルドルフの相手になるのかよ!?」
一瞥し、脚色の鈍ったマッハを置き去りにする。
「よし、見えた」
ビゼンはルドルフの直後まで迫った。
二人とも折り合いは完璧。
直線での激突は必至――誰もがそう思った。
三コーナー。
ルドルフは早くも外を回り、先頭を伺う。
「少し早いが、押し切れる!」
その瞬間――
「うおおおおおっっ!!」
外を豪脚で捲る影。
ビゼンニシキだ。
「来たか!」
ルドルフは嬉しそうに笑った。
当然の相手、当然の展開。
遅咲きの桜並木を背に、ビゼンが迫る。
だが、四コーナーで異変。
「脚が、動かない!」
ルドルフの身体が急に重くなる。
他のウマ娘たちが色めき立つ。
「よし! もう一度!」
「ルドルフが垂れる!」
「抜き返せる!」
内から三人がルドルフを交わす。
外からはビゼンが襲い掛かる。
「おおおおっっ!」
雄叫びが、ルドルフの背に恐怖を刻む。
体調不良のままハイペースを追い、三コーナーで早仕掛け――
そのツケが一気に来た。
「やっぱり、ダメか……」
絶望が胸を締めつける。
真っ黒な奈落。
光のない闇。
東条、スピード、石上。
ペガサス、イズモ。
皆の顔が浮かぶ。
申し訳なさが胸を刺す。
――その時。
『ルナ……』
優しい声が耳に届いた。
「フレンド姉さん!?」
左を見ると、シンボリフレンドが併走していた。
幼い妹を守るように、外から迫るビゼンを遮るように。
『負けちゃダメ』
柔らかく、しかし力強い微笑。
『クラシックの三冠ウマ娘の夢、掴んで。お願い』
姉が果たせなかった夢。
その想いが、背中を押した。
気づけば、幻はもういない。
だが胸の奥に、確かな炎が灯っていた。
「姉さん、ありがとう」
炎は業火となり、気合へと変わる。
ルドルフの表情が一変した。
皇帝としての相が、静かにその顔に宿った。
不惜身命――
入学時に誓った覚悟が蘇る。
「うおおおおおっ!!」
渾身の雄叫びがレース場を震わせた。
「ルドルフ、行けっ!」
東条が怒鳴る。
「ルナ、走り抜いて!!」
スピードの絶叫。
「ルドルフさん、真の姿を見せてください!」
石上が両手を口に当てて叫ぶ。
「ルドルフ、突き放せ!」
ペガサスが拳を突き上げる。
「ルドルフちゃん、頑張って!」
イズモが目を閉じて祈るように叫ぶ。
スタンドの五人は、
シンボリフレンドが灯した火をさらに燃え上がらせた。
今度は――
ターフの主役が、気を吐く番だった。