皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ―   作:久遠 透

35 / 35
★第二章三冠編  その5 皐月賞(PART3)──一騎打ち、再び

ファンファーレが鳴り響き、場内の興奮は一気に頂点へと達した。

ゲートインが始まると、さっきまでの熱気が嘘のように引き、

スタンドは波が引くように静まり返る。

2枠3番のビゼンニシキが、ルドルフから視線を切り、淡々と枠へ向かう。

5枠10番のルドルフも、表情を固くしたまま後に続いた。

全員がゲートに収まると、再びボルテージが上がる。

――ゲートが開いた。

スタート!

大歓声が爆発する。

シンボリルドルフはポンと飛び出し、好スタート。

ビゼンもまずまずの出脚だ。

ルドルフは前へ行きかけたが、内の数人が激しく先頭争いを始めた。

「抑えたほうがいいな」

冷静に判断し、四番手へと収まる。

ビゼンニシキは七番手、前走と似た待機策だ。

「ふふ、ターゲットはルドルフよ!」

不気味な笑みを浮かべるビゼン。

その内側では、流星のある鹿毛の髪を揺らすスズパレードが睨みつける。

「そうなんだけど、こっちはアンタを標的にするわ」

「パレードか……まあ、好きにするがいいさ」

吐き捨てるように応じる。

一コーナーで先頭が決まると、二番手以降は縦長の隊列に。

2ハロン目からペースは11秒台へ。

ルドルフはスッと動き、三番手へと躍り出た。

「よし、絶好のポジションだな」

緊張した表情がわずかに和らぐ。

ビゼンも同じ位置取りで向こう正面へ。

「さて、大名マークといきますか」

星柄のワンピースを揺らすスズマッハが、ルドルフの直後・外目の四番手へ。

ビゼンは内に潜り込み、中団で脚を溜める。

「ふ、周囲からターゲットにされているか……」

ビゼンは自嘲気味に呟いた。

ルドルフは多くのウマ娘から目標にされている。

そして自分は、スズパレードにだけ意識されている。

レースの“わき役”扱い――その事実が逆に闘志を燃え上がらせた。

「見ていろよ、おまえら!」

そんな雑言など届かないルドルフは、己のレースに集中していた。

(うん、先行ポジションをキープできたし、追走も苦にならない)

体調不良を抱えているとは思えない順応ぶり。

ビゼンも折り合いは万全。

二人は直線で弾けるべく、力を蓄えていた。

1000メートル通過、60秒5。

「ちょっと速いかな?」

ビゼンが体感で呟く。

だが前を行くのはルドルフ。垂れる姿は想像できない。

ならば――と、パレードを置き去りにして動き出す。

「どけっ! ビゼン様のお通りっ!!」

巧みなステップでバ群を割り、位置を上げる。

「危ない、何するんだ!」

外のスズマッハが怒鳴る。

「ふん、お前らでルドルフの相手になるのかよ!?」

一瞥し、脚色の鈍ったマッハを置き去りにする。

「よし、見えた」

ビゼンはルドルフの直後まで迫った。

二人とも折り合いは完璧。

直線での激突は必至――誰もがそう思った。

三コーナー。

ルドルフは早くも外を回り、先頭を伺う。

「少し早いが、押し切れる!」

その瞬間――

「うおおおおおっっ!!」

外を豪脚で捲る影。

ビゼンニシキだ。

「来たか!」

ルドルフは嬉しそうに笑った。

当然の相手、当然の展開。

遅咲きの桜並木を背に、ビゼンが迫る。

だが、四コーナーで異変。

「脚が、動かない!」

ルドルフの身体が急に重くなる。

他のウマ娘たちが色めき立つ。

「よし! もう一度!」

「ルドルフが垂れる!」

「抜き返せる!」

内から三人がルドルフを交わす。

外からはビゼンが襲い掛かる。

「おおおおっっ!」

雄叫びが、ルドルフの背に恐怖を刻む。

体調不良のままハイペースを追い、三コーナーで早仕掛け――

そのツケが一気に来た。

「やっぱり、ダメか……」

絶望が胸を締めつける。

真っ黒な奈落。

光のない闇。

東条、スピード、石上。

ペガサス、イズモ。

皆の顔が浮かぶ。

申し訳なさが胸を刺す。

――その時。

『ルナ……』

優しい声が耳に届いた。

「フレンド姉さん!?」

左を見ると、シンボリフレンドが併走していた。

幼い妹を守るように、外から迫るビゼンを遮るように。

『負けちゃダメ』

柔らかく、しかし力強い微笑。

『クラシックの三冠ウマ娘の夢、掴んで。お願い』

姉が果たせなかった夢。

その想いが、背中を押した。

気づけば、幻はもういない。

だが胸の奥に、確かな炎が灯っていた。

「姉さん、ありがとう」

炎は業火となり、気合へと変わる。

ルドルフの表情が一変した。

皇帝としての相が、静かにその顔に宿った。

不惜身命――

入学時に誓った覚悟が蘇る。

「うおおおおおっ!!」

渾身の雄叫びがレース場を震わせた。

「ルドルフ、行けっ!」

東条が怒鳴る。

「ルナ、走り抜いて!!」

スピードの絶叫。

「ルドルフさん、真の姿を見せてください!」

石上が両手を口に当てて叫ぶ。

「ルドルフ、突き放せ!」

ペガサスが拳を突き上げる。

「ルドルフちゃん、頑張って!」

イズモが目を閉じて祈るように叫ぶ。

スタンドの五人は、

シンボリフレンドが灯した火をさらに燃え上がらせた。

今度は――

ターフの主役が、気を吐く番だった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。