皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ―   作:久遠 透

36 / 37
★第二章三冠編  その5 皐月賞(PART4)──肉弾戦、審議の果てに……

シンボリルドルフは鋭い脚でバ群を突き抜けた。

再び先頭を奪い返し、後続を突き放そうとした、その瞬間――。

「させるかぁ!」

ゴール前、200メートル標識を切ったところで、ビゼンニシキが渾身のラストスパートを仕掛けてきた。一か八かの大勝負だ。

「来たか!」

ルドルフの耳がピクリと動く。

だが、今の彼女には恐れなど微塵もない。むしろ、胸が熱くなる。

まるで――親友を、いや恋人を待ち構えていたかのように。

外から迫るビゼンが、ルドルフめがけて突進する。

“あなたを抱きしめたい”と言わんばかりに。

ルドルフもただ一人の相手を見定め、外へと進路を合わせた。

二人は、身体を重ねる。

「やっと追いついたぜ!」

「ああ、大好きなキミを待っていた」

肉体と肉体がぶつかり合う。

「くっっ!!」

「ちっっ!!」

負けじと堪える両者。

びっしりとした競り合いは一団となって、他のウマ娘を突き放す。

まさに二人だけの世界――ランデブー。

限界の先で、二人は爆ぜた。

ルドルフは耐え切り、ビゼンを弾き飛ばして先頭に立つ。

ゴールはすぐそこ。

強靭なバネが伸び、ビゼンを突き放した。

勝負は、ここで決した。

決勝板を抜けると、ルドルフはガッツポーズを掲げた。

「やったよ、フレンド姉さん!」

甘えるような大声。

褒めてもらいたい――そんな切ない響きがあった。

電光掲示板に文字が走る。

『2分1秒1 レコード』

スタンドを埋め尽くす大観衆から、潮騒のような歓声がうねりとなって押し寄せる。

東条トレーナーはウイニングポストへ向かって駆け下りながら、

まるで他人事のようにその事実を受け止めていた。

足取りは頼りなく、地面から浮いているような感覚。

周囲の人々が笑いかけてくる。

だが、その瞳は笑っていない。底光りするような不安を宿している。

胸の奥で、幸福感がさざ波のように消えていく。

スタンドがざわついている。

違和感を覚え、掲示板を見上げると――。

「審議の赤ランプが……」

場内は騒然となった。

直線でのビゼンとの激突――

前走・弥生賞に続く肉弾戦。

今度はルドルフがビゼンを弾き飛ばした。

審判団が問題視したのは明らかだった。

「神のみぞ知る、ってところね……」

冗談めかしたスピードシンボリの声は震え、

噛んだ爪の先が白くなっていた。

誰もが無言になった。

ペガサス、イズモ、石上――皆、俯き、言葉を失っている。

「ルドルフ……」

東条は愛弟子の名を呼んだきり、口を閉ざした。

ただ、時が過ぎるのを待つしかなかった。

 

シンボリルドルフとビゼンニシキは審判室に呼ばれた。

無機質な白い金属扉。名を告げると、静かに開く。

中には五人の審判が座り、厳しい視線を向けていた。

無表情のルドルフ。

憮然としたビゼン。

一礼して着席すると、パトロールフィルムの検証が始まった。

「どうだったかね?」

審判団が問う。

「外目のいいところを狙おうとしました。……真っすぐ走るべきでした」

ルドルフは少し首を垂れた。

「ビゼン君は?」

「不利は被りました」

ビゼンは拳を握りしめる。

「真っすぐ走らないルドルフが悪いのよ!」

「その程度、かわしてほしいな。無理して突っかけてくるから避けられないんだ!」

二人は鼻先を突き合わせ、火花を散らす。

「二人とも、冷静に!」

審判長の重低音が響き、ようやく前を向いた。

再びフィルムが流れる。

「確かに進路は失われているな」

「だが、ルドルフ君の脚色は優勢だ」

議論は続く。

ルドルフは途中で目を閉じ、聞くのをやめた。

(物議騒然、とはこのことか……)

結論は出ない。

ビゼンは歯を鳴らし、苛立ちを隠さない。

やがて、審判長が審判員を中央に集め、密談が交わされた。

そして――。

五人が席に戻り、空気が張り詰める。

審判長がルドルフを見据えた。

「シンボリルドルフ君。明日から来週の日曜日まで、トゥインクルレースへの出走停止処分とする」

実効二日間。

外斜行による注意義務違反。

ルドルフは息を飲んで堪えた。

「ビゼンニシキ君。君は処分なしだ」

「それじゃあ!」

ビゼンの顔が明るくなる。

ルドルフは無表情のまま、唇を噛んだ。

「到達順位は変更なし!」

ビゼンの喜びを断ち切るように、審判長が高い声で告げた。

「順位の変更はないのですか!?」

「着順通りだよ。……不利がなければ抜き返せたと?」

「!」

ビゼンは絶句した。

「皐月賞の優勝は――シンボリルドルフ!」

力強い断言。

「確定。以上だ」

その声は、ビゼンの抗議を断ち切るように清らかだった。

 

外ではウェーバーの『勇者は還える』が流れ、

ルドルフはお立ち台でインタビューを受けていた。

清々しい、やり切った表情。

続くアフターライブは大盛り上がり。

ビゼンもルドルフと息を合わせ、ステップとコーラスを重ねる。

「ビゼン、やる気満々だな」

「当たり前でしょ!」

二人はステージを縦横無尽に駆け巡り、

ペンライトの波が津波のように揺れた。

ライブはあっという間に終わる。

ルドルフが一歩前に出て、深く腰を折った。

「皆さん、ご心配をおかけしたことをお詫び申し上げます」

審議となったことを詫びると、スタンドから温かい笑いが起きた。

「でも、こうしてステージに立てています。ファンの皆様のおかげです」

再び深い礼。

ビゼンも納得の表情で手を叩く。

そして――。

ルドルフは天へ向けて、人差し指を一本突き上げた。

一冠目。

無敗の三冠ウマ娘への宣言。

観客席がどよめく。

ビゼンの頬が膨れたのは、ご愛敬。

「この世に生まれし人、そしてウマ娘。すべてに役割があり、尊い存在だ」

その言葉で皐月賞は幕を閉じた。

(フレンド姉さん……ありがとう。姉さんがいなくても、私は走れる)

ルドルフは心の中で静かに呟いた。

 

記者会見では、女性記者が切り込む。

「追い切りが15秒台程度しかできなかったのに……」

ルドルフと東条は苦笑しながら頷く。

「……それで楽勝、しかもレコード。すごいですよ!」

記者が胸を張ると、二人は顔を見合わせて笑った。

「ダービー制覇、期待しています!」

東条は満足げに顎をさすった。

「ルドルフはやればできるウマ娘ですから」

別の記者が鋭く問う。

「弥生賞でビゼンニシキに脚をやられた復讐では?」

「意図はありません。ただ……あの一瞬は、私の甘さでした」

ルドルフは静かに一礼した。

「ダービーでは、ケチのつかない走りをしたいです」

その姿に、記者たちから感心の声が漏れた。

唯我独尊のウマ娘は、確かに成長していた。

皐月賞――第一冠は皇帝の頭上に輝いた。

次は頂上決戦、日本ダービー。

ルドルフも、ビゼンも、他のウマ娘も、そしてファンも。

すべての想いが、最高栄誉へと向かっていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。