皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ―   作:久遠 透

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★第二章三冠編  その6 ダービー前夜──トウカイテイオーという少女

「顔色がよくないねぇ」

東条トレーナーが笑いながら、テーブル越しのシンボリルドルフを茶化した。

確かに、年頃には似つかわしくない目尻の皺、くすんだ肌色――疲労の影が隠しきれない。

「まあ、皐月賞の時よりは大分よくなっていますよ」

ルドルフは右腕で拳を作り、元気よく振ってみせた。

府中駅前の喫茶店。赤レンガの店内からは、名物のケヤキ並木がよく見える。

今日は珍しく私服――グリーンのシャツにホワイトのパンツ姿だ。

皐月賞の翌日、ささやかな祝勝会。

ルドルフ念願のジャンボパフェが、堂々とテーブルに鎮座している。

隣のスピードシンボリが、緑のチェック柄ワンピースを揺らしながらフォローを入れる。

「この前は万全じゃない状態で走ったんですもの。疲れが残っていて当然です」

石上サブトレーナーも頷く。

「レース後のメディカルチェックでは異常なしです。筋肉痛も残っていませんし、心臓・消化器・循環器、すべてオールグリーンです」

「そう、並みのウマ娘じゃない。走るために生まれたウマ娘だ。本当に強いウマ娘は、距離だのバ場だの体調だの、泣き言を言わないもんだ」

東条が満足げに褒める。

「それは、どうも……」

ルドルフの手にした長いスプーンが、宙でふわりと揺れた。

「ほら、意地悪なおじさんたちは無視して、お食べなさい」

スピードが救いの手を差し伸べると、ルドルフは素直にクリームを掬って口に運ぶ。

その幸福そうな表情に、場の空気がふんわりと和んだ。

「レース前は軽食すら喉を通らなかったのに、現金なものね。でも、あれだけ神経を使ってストレスを溜めていたんだから……勝利という薬は効くわね」

スピードが微笑む。

東条が気の緩んだ声で軽口を叩く。

「皐月賞は本調子じゃなかったのに、あの走りだ。恐ろしいよ」

「ダービーは気楽だね!」

元気な少女の声が、東条の言葉に割り込んだ。

四人が振り向く。

「ウマ娘……?」

スピードが確認すると、ポニーテールにキュロット姿の少女がVサインを突き出していた。

「ボクの名は、トウカイテイオー!」

「トウカイテイオー……」

ルドルフが名を繰り返すと、少女は胸を張った。

「ボクさ、ルドルフ会長のこと応援してるんだ!」

ルドルフの新バ戦で一目惚れしたのだと、無邪気に告白する。

どうして生徒会長のことを知っているのか、どうしてここにいるのか――

そんな疑問を吹き飛ばすほど、自然に場へ溶け込んでいた。

まさに天性の人たらしだった。

スピードが慌てて店員を呼び、椅子を用意させる。

テイオーは当然のようにルドルフの隣へ座った。

店員が、まるで計ったようにルドルフと同じパフェを置く。

東条がウインクする。

「お食べなさい、お嬢ちゃん」

「いいの?」

東条が頷くと、テイオーは声を弾ませた。

「ありがとうございます! いただきます!」

そして勢いよくパフェを頬張る。

「おいしい!」

満面の笑み。

「よかったな」

「会長とお揃いだね!」

ルドルフが思わず目を丸くする。

「お礼に、ダービーでは東京レース場で応援してあげる!」

さらに一口食べてから、テイオーは東条に向き直る。

「トレーナーさん、会長が絶対勝てるようにビシバシ鍛えてあげてね!」

「もちろん、ハードトレやりますよ」

東条が親指を立てる。

「うぇ、勘弁……」

ルドルフがわざとらしくのけぞり、店内は笑いに包まれた。

束の間の安らぎだった。

 

 

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