皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ― 作:久遠 透
「顔色がよくないねぇ」
東条トレーナーが笑いながら、テーブル越しのシンボリルドルフを茶化した。
確かに、年頃には似つかわしくない目尻の皺、くすんだ肌色――疲労の影が隠しきれない。
「まあ、皐月賞の時よりは大分よくなっていますよ」
ルドルフは右腕で拳を作り、元気よく振ってみせた。
府中駅前の喫茶店。赤レンガの店内からは、名物のケヤキ並木がよく見える。
今日は珍しく私服――グリーンのシャツにホワイトのパンツ姿だ。
皐月賞の翌日、ささやかな祝勝会。
ルドルフ念願のジャンボパフェが、堂々とテーブルに鎮座している。
隣のスピードシンボリが、緑のチェック柄ワンピースを揺らしながらフォローを入れる。
「この前は万全じゃない状態で走ったんですもの。疲れが残っていて当然です」
石上サブトレーナーも頷く。
「レース後のメディカルチェックでは異常なしです。筋肉痛も残っていませんし、心臓・消化器・循環器、すべてオールグリーンです」
「そう、並みのウマ娘じゃない。走るために生まれたウマ娘だ。本当に強いウマ娘は、距離だのバ場だの体調だの、泣き言を言わないもんだ」
東条が満足げに褒める。
「それは、どうも……」
ルドルフの手にした長いスプーンが、宙でふわりと揺れた。
「ほら、意地悪なおじさんたちは無視して、お食べなさい」
スピードが救いの手を差し伸べると、ルドルフは素直にクリームを掬って口に運ぶ。
その幸福そうな表情に、場の空気がふんわりと和んだ。
「レース前は軽食すら喉を通らなかったのに、現金なものね。でも、あれだけ神経を使ってストレスを溜めていたんだから……勝利という薬は効くわね」
スピードが微笑む。
東条が気の緩んだ声で軽口を叩く。
「皐月賞は本調子じゃなかったのに、あの走りだ。恐ろしいよ」
「ダービーは気楽だね!」
元気な少女の声が、東条の言葉に割り込んだ。
四人が振り向く。
「ウマ娘……?」
スピードが確認すると、ポニーテールにキュロット姿の少女がVサインを突き出していた。
「ボクの名は、トウカイテイオー!」
「トウカイテイオー……」
ルドルフが名を繰り返すと、少女は胸を張った。
「ボクさ、ルドルフ会長のこと応援してるんだ!」
ルドルフの新バ戦で一目惚れしたのだと、無邪気に告白する。
どうして生徒会長のことを知っているのか、どうしてここにいるのか――
そんな疑問を吹き飛ばすほど、自然に場へ溶け込んでいた。
まさに天性の人たらしだった。
スピードが慌てて店員を呼び、椅子を用意させる。
テイオーは当然のようにルドルフの隣へ座った。
店員が、まるで計ったようにルドルフと同じパフェを置く。
東条がウインクする。
「お食べなさい、お嬢ちゃん」
「いいの?」
東条が頷くと、テイオーは声を弾ませた。
「ありがとうございます! いただきます!」
そして勢いよくパフェを頬張る。
「おいしい!」
満面の笑み。
「よかったな」
「会長とお揃いだね!」
ルドルフが思わず目を丸くする。
「お礼に、ダービーでは東京レース場で応援してあげる!」
さらに一口食べてから、テイオーは東条に向き直る。
「トレーナーさん、会長が絶対勝てるようにビシバシ鍛えてあげてね!」
「もちろん、ハードトレやりますよ」
東条が親指を立てる。
「うぇ、勘弁……」
ルドルフがわざとらしくのけぞり、店内は笑いに包まれた。
束の間の安らぎだった。