皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ―   作:久遠 透

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★第二章三冠編  その7 東京優駿(PART1)──ルドルフ包囲網

ゲートが開いた瞬間、二十一人のウマ娘が横一線に飛び出した。

砂を蹴り上げる音が重なり、東京優駿の大舞台が一気に熱を帯びる。

外枠からスズマッハが鋭く切り込み、流れるような加速で内へ寄せる。

インコースからはスズパレード、ニシノライデンらが前を伺い、先団は五人が入り乱れる激戦となった。

その少し後ろ、八番手争いにビゼンニシキ。

胸を張り、意気揚々とした走りだ。

「今日は前目を取るぞ!」

ルドルフは内ラチ沿いを十番手で追走する。

(激しい先団争いだな……ビゼンでさえ順位が上がらない)

前走のNHK杯とはまるで違う。

スズマッハは後先を考えない覚悟の逃げ。

その背中には、迷いのない勝負師の気迫が宿っていた。

「逃げまくってやる!」

マッハは腹を括り、スピードを緩めない。

一コーナーへ向かう隊列は、二番手以降が次々と内へ殺到し、列が狭まっていく。

「マッハちゃん……覚悟は受け止めたわ」

スズパレードはルドルフの内に潜り込み、八番手をキープ。

その外にはビゼンニシキが七番手で進む。

「ここで二強と潰し合い、ということね」

パレードの瞳に決意が宿る。

ルドルフは冷静にレースを読む。

(なるほど……マッハを捕まえに行けばパレードの標的になる。

パレードと競れば、逃げるマッハが有利になる……)

スズの二人の“挟み撃ち”が、ルドルフに覆いかぶさる。

「しゃらくさいなぁ、スズの奴ら!」

ビゼンニシキも思惑を察し、悪態をつく。

だが額には汗、歯を食いしばる表情には余裕がない。

(ビゼン……まさか、君は――)

ルドルフは中団の内ラチ沿いで二コーナーを回り、向こう正面へ。

直後にビゼンがいるのは想定通りだ。

「ルドルフに勝つには、前で勝負するのみ!」

ビゼンは気合を込めて前へ進む。

ルドルフの包囲網は、ビゼンやスズだけではない。

栗東寮のウマ娘たちも虎視眈々と機を伺っていた。

ペースメーカーはスズマッハ。

これは目立つためではない。

集中力が研ぎ澄まされているように走っている。

ルドルフは体内時計でラップを刻む。

(13.0-11.0-12.2-12.6……巧みなラップだ)

向こう正面を過ぎ、先行勢は必死に優位を作ろうとする。

ルドルフは前のビゼンをマークしつつ、インのスズパレードの動きも捉える。

「ここでついて行かないと、マズいわ!」

パレードが速度を上げる。

ちらりとルドルフを見ると、手足の振りがわずかに乱れていた。

「私が潰すまでもなかったわね……」

小さく呟き、前へ。

ルドルフもタイミングを計る。

(確かに、前をこのままにはしておけないな)

ビゼンもじわじわとポジションを上げる。

ルドルフも続こうとするが――

(……脚が少し重い)

勝負どころが迫る。

各ウマ娘が位置取りを上げ、スタミナのない者から脱落していく。

消耗戦の幕が上がった。

 

「ルドルフは……我慢しているな」

正面スタンドで東条トレーナーが両手を握りしめる。

石上サブトレーナーは緊張で顔を固め、隊列を凝視する。

「観音経でも詠みたくなるわね……」

スピードシンボリが冗談めかして言うが、声は震えていた。

ホッカイペガサスとイズモランドも祈るようにレースを見つめる。

淡々とした流れに見えた――その時。

「ルドルフが……手を動かしている」

東条の声に、スピードが眉を寄せる。

「前へ行きたいのでしょうけど……行かないのかしら」

いや、行かないのではない。

行けないのだとしたら――

「まさか……ルドルフに異変が……」

東条の呟きが、ターフに落ちた。

 

ルドルフは中団の内ラチ沿い、三コーナーの坂を下り、

勝負どころの800メートル地点で脚を伸ばそうとした――その瞬間。

栗東寮の三人が、示し合わせたように動いた。

前にニシノライデン。

斜め前に同期。

横には同じチームのもう一人。

三人が壁となり、ルドルフの進路を塞ぐ。

「楽させて、たまるかいな!」

「そうやで!」

「せや、せや!」

ルドルフは完全に包まれ、身動きが取れない。

「アンタが動けないなら、行くわよ!」

対照的にビゼンニシキがするすると前へ。

本来ならルドルフが取るべき展開だ。

逃げるスズマッハは軽快。

荒れた芝に砂が舞い上がる。

二番手、三番手のウマ娘たちも手応え十分。

「よし!」とマッハ。

「いける!」とパレード。

その頃、ルドルフは藻掻くように走っていた。

ブロックをかわすのが精一杯で、もたつき始める。

(このままだと……)

焦燥の影が、ルドルフの表情に落ちた。

 

スタンドでは東条が奥歯を噛みしめる。

スピードシンボリも身を乗り出す。

四コーナーでは砂塵が舞い、視界が揺れる。

冬の寒波で傷んだ芝は回復せず、砂を撒いたコースはウマ娘の脚を奪う。

府中特有のロングスパートは影を潜め、

逃げ・先行が有利なバ場。

四コーナーで七番手、しかもインで詰まるルドルフに、

ファンの胸がざわつく。

その厳しい状況で、ルドルフの両手が激しく動いた。

「まずい……」

東条の声が震える。

スズマッハは快調に直線へ。

スズパレードも余裕の手応え。

「ダメだ……あそこからでは届かない」

東条の背に冷たい汗が伝う。

「神様……仏様っ!」

スピードシンボリが悲鳴を上げた。

石上サブトレーナーは眉間に深い皺を刻む。

――皇帝、窮地。

 

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