皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ―   作:久遠 透

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★第二章三冠編  その8 海外遠征への誘い(PART2)──ルドルフの『選択』1

コースを走り終えると、三人はクールダウンに入り、それぞれ持参したドリンクを口にした。汗とともに、心地よい息が漏れる。

「ルドルフちゃん、なんか綺麗になったね」

イズモが首を傾げて覗き込む。

「そうだな。髪なんか光ってるし」

ペガサスが白い歯を見せた。

「綺麗かどうかは……まあ、調子はいいぞ」

ルドルフは胸を張る。速歩のキレ、キャンターの力強さ、肩腰のしなり。誰が見ても絶好調だった。

「で、次どうするの? 高松宮杯って噂も聞くけど」

イズモが探るように言う。

「海外遠征って話もあるよな」

ペガサスが反応する。

「いやいや、クラシックのこの時期に国外はないでしょ」

「シニアのトップと当たるなんて、普通はあり得ないぜ」

二人は好き勝手に騒ぐ。チームメイトですら気になるのだ。まして世間はなおさら。東条やスピードの発言が面白おかしく切り取られ、憶測が飛び交っていた。

本来なら、無敗の二冠ウマ娘は夏を休養に充て、当然のように三冠を狙う。だが、菊花賞の話が一向に聞こえてこない。

「特別になりたいんだ」

「とくべつ?」

二人が同時に首を傾げる。

「他の誰とも違う。誰も見たことのない頂きを見てみたい」

その言葉に、二人はぽかんと口を開けた。

ルドルフは腕を軽くさすり、鍛え上げた肉体を確かめるように息を吐く。

彼女の次走は、ウマ娘、トレーナー、ファン、マスコミ――あらゆる者が注目していた。

「アメリカはどうなんだ?」

ペガサスが言うと、

「西海岸のG1、ミリオンレースは七月中旬。芝二千で日本に近い軽いバ場。ルドルフちゃん向きかも」

イズモが詳しく補足する。二人なりに調べ、考えてくれているのだ。

「アメリカか……。スピードシンボリさんもワシントンDCインターナショナルで苦労したって聞くし……」

海外遠征は、環境の変化に適応できるかが鍵だ。

「理事長に相談してみたら? 欧州のウマ娘みたいにリラックスできる環境を整えてもらうとか」

「なるほどな。北米で慣らしてから欧州へ、ってルートもあるか」

ルドルフは頷きかけたが――

「でも、本命はやっぱり凱旋門賞でしょ!」

「そこ狙いだよな!」

二人が声を揃える。

「まだ決めていない。状態を見極めたいんだ」

ルドルフの表情に影が差す。だが、すぐに顔を上げた。

「私は、勝たねばならない。どこで走っても、負けることは許されない」

空気が静まる。

「ああ、どこで走るかは――私が決める!」

朝の空気を裂くような声だった。誰の期待にも縛られたくない。そんな叫びにも聞こえた。

「ルドルフちゃん……」

「ルドルフ……」

二人が言葉を失う。気遣ってくれたのに、怒鳴ってしまった。ルドルフは小さく「ごめん」と呟いた。

「さあ、トレーニングだ。ガンガン行くぞ!」

ルドルフは二人の尻を軽く叩く。

「あと二本こなす」

「え、ダブル!?」

「きついってば……」

文句を言う二人を押し出しながら、ルドルフは言う。

「がっつりやったら、一日休む」

「あっ、それって――」

察したイズモの口を、ルドルフは人差し指でそっと塞いだ。

ハードトレの翌日に休むのは本来なら体調に響く。だが、ルドルフの意図は別にある――イズモは一瞬で理解した。

ただ、それ以上は深くは突っ込めない。

三人は再び走り出す。

ルドルフの走りは珍しく力みがあった。

(こうするしか、ないんだ)

その呟きは、どこか寂しげだった。

 

 

 

 

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