皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ―   作:久遠 透

46 / 46
★第二章三冠編  その8 海外遠征への誘い(PART3)──ルドルフの『選択』2

「シンボリルドルフの調子が、おかしい?」

東条トレーナーの声が、トレーナー室に鋭く響いた。椅子を蹴るように立ち上がり、報告に来た石上サブトレーナーへ詰め寄る。

昨日のペガサス、イズモとのハードトレーニングのあと、ルドルフは「調子が悪い」とだけ言って部屋に閉じこもった。そして翌朝、再開したエクササイズでは脚さばきがぎこちなく、肩を気にする仕草も見せたという。

「医務室でチェックしたのですが……」

石上が言い淀むと、東条の目が鋭く光る。

「……軽い骨膜炎です。右肩と右脚が特に」

「そうか……」

念のため、学園近くのウマ娘専用クリニックへ向かった。診察室でルドルフは、驚くほど落ち着いていた。レントゲン室でも微動だにしない。

千葉の“本拠地”から急ぎ駆けつけたスピードシンボリが、勢いよく扉を開ける。

「ルナ……大丈夫か!?」

「別に、平気だと思いますが」

そっけない返事。医師は淡々とモニターを指し示す。

「軽度の骨膜炎ですね。運動は控えた方がいいでしょう」

「レースは……?」

スピードが沈んだ声で問う。

「回避した方が無難です」

無情な宣告。しかしルドルフは、表情ひとつ変えずに聞き入っていた。

東条が深く息を吐く。

「……夏のレースも海外遠征も、一旦白紙だ」

「分かりました」

ルドルフは静かに頷いた。その声音には、むしろ前向きな響きすらあった。

石上が意欲的に前へ出る。

「僕がトレーニングメニューを組み直します。まずは……セントライト記念を目標にしましょう」

「妥当だな。よし、それで行こう!」

東条の声に、スピードも石上も頷く。

バラバラになりかけた“チームルドルフ”が、再びひとつにまとまった瞬間だった。

「皆さん、よろしくお願いします」

ルドルフは立ち上がり、深く一礼した。

その顔は、曇りなく晴れやかだった。

 

不思議なことに、ルドルフはすぐに走り始めた。

ペガサスとイズモを相手に、軽快なフットワークを見せる。

東条は腕を組み、石上が耳打ちする。

「再検査の結果、影は消えていました。右肩の痛みも……今はありません」

ルドルフは肩を回しながら柔軟運動。

その横で、ペガサスとイズモがふざけ合いながらストレッチしている。

東条は息を呑んだ。

(まさか……)

イズモも気づいたように、口元を押さえて笑う。

(全力で走った後、ケアもせず部屋にこもれば、そりゃ体は固まるわ)

ルドルフは、何事もなかったようにアキレス腱を伸ばしている。

(でも本当の目的は――夏のレースも海外遠征も、全部“白紙”にするため)

(周囲の意見が割れたまま走るのが嫌だったのね)

目が合うと、ルドルフがウインクを送ってきた。

イズモは肩を震わせて笑う。

「イズモ、何かおかしいか?」

「別に、なんでもないわよ」

ペガサスが怪訝な顔をすると、イズモは舌を出してごまかした。

二人が取っ組み合いを始めるのを、ルドルフは穏やかに見守っていた。

 

東京・新橋。

昼の喧騒の中、通行人たちが噂していた。

「今日だよな、ルドルフの記者会見」

「次走どうするんだろ。三冠か、海外か……」

URA本部の大会議室。

ひな壇の中央にルドルフ、左右に東条とスピード。

記者たちがびっしりと並び、カメラのシャッター音が絶えない。

秘書がマイクを取り、会見開始を告げる。

最初の質問は、若い女性記者だった。

「現在の体調はいかがでしょうか?」

「右脚の骨膜炎の疑いはありましたが、再検査で問題なしと分かりました」

シャッター音が一斉に鳴る。

「秋はどのレースを目標に?」

「セントライト記念です」

即答。

記者たちの間に、わずかな落胆が走る。

「その後は? 三冠、ジャパンカップ、まさか凱旋門賞……?」

「トライアル後に決めます」

ざわめきが広がる。

東条がマイクを取り、空気を整える。

「適性を考えれば、菊花賞よりジャパンカップが向いているでしょう。ただし、まだ決定ではありません」

さらに続ける。

「海外遠征は、当面考えません。体調面の不安があった以上、準備不足と判断しました」

記者たちが納得したように頷く。

ルドルフが、静かにマイクを握った。

「私は……負けたくありません」

会議室が静まり返る。

「海外へ行きたい気持ちはあります。でも、出るからには絶対に勝ちたい。私を支えてくれる人たちと、一緒に高みを目指したいんです」

赤い瞳に、強い意志が宿る。

「皆の気持ちがひとつになる。そんな選択をしたい」

東条が力強く頷く。

「まずはセントライト記念。その後は状態を見て判断します」

ルドルフは深く一礼した。

「本日は、私のためにお集まりいただき、ありがとうございました」

そのお辞儀は、誰よりも長く、丁寧だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。