皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ―   作:久遠 透

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★第二章三冠編  その9 夏合宿 クラシック編(前編)──海へ駆ける三人

葉月が一週間を過ぎ、暦の上では立秋を迎えた。朝夕にはほんのりと涼しい風が吹き始めたが、日中のトレーニングは相変わらず容赦がない。

千葉の『本拠地』で、シンボリルドルフは黙々と鍛錬を積んでいた。

朝のメニューを終え、宿舎へ戻ろうとしたその時だった。

「ルドルフ、トラックをもう一周!」

玄関先に立つスピードシンボリが、片手にコーヒーカップ、もう片手にトーストを持ったまま声を張る。

「いや、二周にしましょう。ワタシも走るわ!」

言うが早いか、コーヒーを一気に飲み干し、近くにいたシリウスシンボリへカップを押しつける。トーストをかじりながら軽快に走り出すと、ルドルフの横へ並び、尻を軽く叩いてペースを合わせた。

「うん、朝トレの締めにしては、まだ余裕があるじゃない」

スピードがニヤリと笑う。

「今日は風が涼しいですから。秋が早く来るかもしれませんね」

ルドルフは息を乱すことなく応じた。併走しながら会話できるほどの余裕。心肺機能の強化が目に見えて分かる。

「ルドルフの真摯さに、神様が味方してるのよ」

スピードは満足げに頷いた。

こうして、ルドルフの夏は順調そのものだった。

 

「海だーーっ! ウミーーっ!!」

ホッカイペガサスが両手を突き上げ、真夏の太陽の下を一直線に駆けていく。

紺色のスクール水着が砂浜を蹴り、群青の波へ飛び込む勢いだ。

「まったく、ペガサスは子どもみたいだな」

ルドルフが目を細めると、隣のイズモランドが肩をすくめた。

「まあまあ。夏合宿だし、今日のトレーニングも終わったし。息抜きも大事でしょ?」

イズモがルドルフの尻を軽く叩く。

「ほら、行くよ!」

満面の笑みに、ルドルフも思わず笑みを返す。

次の瞬間、二人は全力でペガサスを追いかけていた。

三人が肩を組み、波打ち際で――

「せーのっ!」

ザバァァァン!

水しぶきが夏空へ弾け、飛び込んだ音が水平線へ駆けていく。

潜った身体が浮上すると、三者三様の姿が現れた。

濡れた髪を払うルドルフ。

海水を飲んでむせるペガサス。

肩で息をするイズモ。

小麦色の肌が陽光に照らされ、濡れた髪がきらりと光る。

その姿が妙に可笑しくて、三人は同時に笑い出した。

「あははは!」

ペガサスが水を掬ってイズモへ投げる。

イズモが反撃しようとして手元が狂い、ルドルフの顔へ直撃。

無表情になったルドルフの顔が、ゆっくりと崩れる。

「あ……」

「それっ!!」

ルドルフの両手から放たれた水が、二人の顔へ完璧な軌道で命中した。

「反撃っ!」

ペガサスが腹へ突っ込むが、ルドルフはひらりとかわし、背中を押す。

勢い余ったペガサスはイズモへ突っ込み、二人まとめて派手に水中へ落ちた。

海面で藻掻く二人を見て、ルドルフは満足げに笑う。

「ぷはっ……ちょっとルドルフぅ!」

「ふふふ」

ご満悦のルドルフ。

ふと海岸を見渡すと、同じように夏を満喫するウマ娘たちの姿が広がっていた。

砂浜でボール遊びをする者。

タオルの上で寝転ぶ者。

ストレッチをする者。

真夏の午後、解放感に満ちた光景だった。

だが、その中にひとりだけ異質な姿があった。

赤い短パンに白い体操服。

夏合宿の海では珍しい、トレセン学園の夏制服。

栗色の髪が風に揺れ、どこか寂しげな横顔――。

「あれ、ビゼンじゃん」

ペガサスが顎をしゃくる。

イズモも咳をしながら顔を上げた。

「ほんとだ。ビゼンちゃん、今日は泳がないの?」

イズモも気にしたように声をかける。

ルドルフは右手を胸の前で振り、大きく呼びかけた。

「おーい、ビゼン。こっちに来ないか?」

ビゼンは一瞬だけ動きを止めたが、すぐに背を向け、そのまま視界から消えた。

「うぇ、感じ悪っ!」

ペガサスが舌を出す。

「まあ、いいじゃないの。何か事情あるんでしょ」

イズモが軽くペガサスの腰を押す。

ルドルフは、呼びかけた手を下ろすタイミングを失い、握っては開き、開いては握り……。

消えていったビゼンの背中を、どこか不思議そうに見つめていた。

 

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