皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ―   作:久遠 透

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★第二章三冠編  その9 夏合宿 クラシック編(後編)──夏祭り、ビゼンの告白

その晩、東条組は浴衣姿で地元の夏祭りへ繰り出した。

浴衣はそれぞれの勝負服をモチーフにしている。

ルドルフは緑地に白い朝顔。

ペガサスは漆黒に桃色の風鈴。

イズモは鮮やかな赤に黄色の百合。

スピードシンボリが着付けをしてくれ、三人は息抜きに送り出された。

石畳の参道を、下駄の音がカラコロと響く。

両脇には射的、あんず飴、わたがし、金魚すくい――色とりどりの屋台が並び、

お囃子が風に乗って流れていく。

「はい、ルドルフちゃん」

イズモがわたがしを差し出す。

ペガサスが「ワタシのは?」と嘆くと、イズモは隠していた分を渡した。

「ありがとな!」

ペガサスは大口でかぶりつき、頬に白い飴をつけた。

それを見た二人が指差して笑う。

「なんだよ!」

むくれるペガサス。

だが三人は、腹を抱えて笑い続けた。

「花火、もうすぐだよな?」

「あと三十分くらいだね」

「その前に、お参りするか」

三人はゆっくりと参道を進む。

浴衣の話、スピードのセンス、明日のトレーニングの愚痴――

他愛のない会話が続き、気づけばわたがしは消えていた。

神殿で賽銭を投げ、二礼二拍一礼。

レースの無事と勝利を祈る姿は、三人とも真剣だった。

踵を返したその時――。

(あれは……)

大きなご神木の前に、夏制服のウマ娘がひとり。

浴衣や私服の中で、制服は彼女だけ。

栗色の髪が月光に照らされ、どこか寂しげな横顔。

「ビゼンニシキ……」

ルドルフが手を伸ばしかけた瞬間、

「ルドルフ、ほっとこうぜ!」

ペガサスが袖を引いた。

だがルドルフは、ビゼンから目を離せない。

その姿は、まるで何かを抱え込んでいるようだった。

背中を叩く音。

振り向くと、イズモが笑っていた。

「行ってらっしゃいな」

“いいライバルなんでしょ? 気になるなら行っておいで”

そんな優しい目だった。

ルドルフは小さく頷き、人混みをかき分けてビゼンへ向かった。

 

「ビゼン……」

呼びかけても、彼女は俯いたまま。

その時、夜空に澄んだ音が走る。

ヒュー……ドンッ!

赤、青、紫――

色とりどりの花火が夜空に咲き、二人の顔を照らした。

花火が一段落すると、静寂が戻る。

「どうかしたのか?」

ルドルフの真っ直ぐな問い。

ビゼンは一瞬驚いたが、すぐに表情を緩めた。

「……アタシ、あんたともう走れないや」

月が雲に隠れ、ビゼンの顔に影が落ちる。

「今日、トレーナーさんと決めたの。今後の路線を」

弥生賞、皐月賞でルドルフと激闘を演じたビゼン。

だがダービーでは距離が合わず惨敗。

トレーナーから“マイル路線へ転向”を提案されたという。

「悩んだけど……あの内容じゃね。三千の菊花賞なんて、とても」

ビゼンはため息をつく。

「スピードタイプなんだってさ、アタシ」

制服姿でトレーナーと話し合った結果だという。

「私と走れなくはないぞ!」

ルドルフが強く言うと、

「下手な慰めはやめてよ!」

ビゼンが怒りをぶつけた。

「ワタシが同情を一番嫌うって、あんたが一番知ってるでしょ!」

「ああ、そうだな」

夜風が二人の間を抜ける。

「……現実的に、菊花賞は無理なの」

「それでも、キミと走れるレースがある」

ルドルフは鼻を掻きながら続けた。

「来年の秋――天皇賞があるじゃないか」

ビゼンが顔を上げる。

「マイルが得意なキミ。2400がベストな私。

ちょうど真ん中の距離だ」

「……」

「そこで雌雄を決めよう。弥生賞や皐月賞と同じ距離だ」

ビゼンの目が潤む。

「……いいわ。受けて立つ!」

指を伸ばし、ルドルフの鼻先へ突きつける。

「もちろん、負ける気はないけどね!」

「いい心構えだ、ビゼン」

二人は向かい合い、互いの強さを認め合う。

「負けないでね。アタシと走るまで」

「負ける? この私がか?」

ルドルフがキョトンと自分を指差す。

「ふふ、相変わらずね。……約束よ」

ビゼンが小指を差し出す。

「ああ、約束だ」

二人の小指が絡む。

「来年の天皇賞秋まで、お互い無敗で行くわよ!」

「楽しみにしている」

その時――。

「おーい、ルドルフ!」

ペガサスの声が届く。

ビゼンは指を離し、少し寂しげに微笑んだ。

「じゃ、またね」

「ああ、またな」

ビゼンは参道の人混みに消えていった。

ルドルフは、仲間に肩を叩かれるまで、その背中を見つめ続けていた。

 

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