皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ― 作:久遠 透
『シンボリルドルフ! 無敗の三冠ウマ娘など無意味だ!』
派手な見出しが、夕方の新聞一面を十月の秋風に煽られ、ひらひらと乱舞していた。
府中駅・北口改札脇の売店には、タブロイド紙が山のように積まれ、次々と人々の手に消えていく。
石上は、ここが“ウマ娘の街”であることを改めて実感した。
だが同時に、無責任に煽る記事に「人ごとだよな」と、サブトレーナーとしての怒りが胸に込み上げ、拳を握りしめた。
東条は理事長に呼ばれて不在。
その隙に駅前へ出た石上は、否応なく世間の熱気に巻き込まれる。
「結局、ルドルフは菊花賞なの?」
「もったいないよな。ジャパンカップに出てほしい」
若い男女三人組のウマ娘ファンが、当然のように“次走”を話題にしていた。
「セントライト記念の楽勝を見たら、ミスターシービーどころか海外の強豪とも戦えるよね」
「史上初の無敗三冠って言っても、今まで負かした相手だけで達成してもなぁ」
皆、どこか物足りなさを滲ませている。
「両方出ればいいのに」
「それ、最高じゃん」
「無敗の三冠とジャパンカップ制覇、両取り!」
石上は、ついに堪えきれず声を荒げた。
「無理ですよ、そんなの! 淀の3000を走って、中一週で府中の1マイル半!
東西のレース場をまたいで三週間で5400メートルですよ!?
強いと言っても、まだクラシック級のウマ娘なんです。短距離じゃない、長距離と中距離のハイレベルG1を中一週なんて、ありえない!」
突然怒鳴られた三人は、狐につままれたように目を丸くした。
石上は続ける。
「三冠ウマ娘、それも無敗。ウマ娘にとって最高の栄誉です」
「でも……ルドルフさんには、自分より強い相手と本気で競うレースを経験してほしいんです」
熱弁に、三人は次第に頷き始めた。
同じ“ウマ娘ファン”として、石上の言葉は胸に響いたのだ。
「やっぱ、そうだよね」
そのうちの一人がスマホを突き出す。
画面には、URA理事長のインタビュー動画。
『シンボリルドルフ生徒会長のセントライト記念の圧勝を照覧ッ! あの迫力と切れ味に驚愕ッ! ジャパンカップで海外ウマ娘を負かせる力が絶対ある。 この際、ジャパンカップに出走して日本の代表として胸を張ってもらいたい。 勝てば私は感涙しながら、ルドルフ君や東条トレーナーを称賛するであろう』
理事長の“期待”は、ある意味当然だった。
ジャパンカップは日本ウマ娘の能力向上のために創設されたレース。
だが、いまだ日本勢は未勝利。焦りが滲むのも無理はない。
記事は対談形式で、相手は東条トレーナー。
今日リリースされたばかりで、石上もまだ読んでいなかった。
『なるほど。考慮に値しますね。
今年のジャパンカップ、仮に菊花賞を走った後だとすると中一週になりますね。
現在ではどちらか一本化するのが現実的でしょう。
もし許されるなら、菊花賞を一週間前倒して頂けないか。せめて中二週は欲しいのです』
『レース変更か……今年は無理かなぁ』
『ええ、規定や日程はすぐには変えられないのは理解していますが……』
東条の残念さが、言葉と表情に滲んでいた。
理事長も気圧され、最後は弱々しく、
『い、いつかは、必ず……』
そう締めくくられていた。
なるほど、この空気だ。
マスコミが「ルドルフ、ジャパンカップ出走へ!」と煽るのも無理はない。
石上は、夕暮れの府中駅を見渡しながら、ふと胸にざわめきを覚えた。
「これは、ひょっとしたら……」
想像が膨らむ。
「もし、ルドルフさんや東条さんが、菊花賞から中一週でジャパンカップ出走と決めたなら……」
息を飲む。
「……もう、ルドルフさんのサポート、全力でやるしかないじゃないですか!」
その決意は、駅舎に木霊するほど力強かった。
同じころ、チームルームではシンボリルドルフも同じ映像を見ていた。
「開催日変更は、ダメだったんですよね」
少し残念そうに、爪を噛む。
「まあな。さすがに一人のウマ娘のために変更は難しい、か」
スピードシンボリの溜息が、すべてを物語っていた。
ルドルフは静かに言う。
「本来なら、ウマ娘のために出走条件を考慮すべきです」
そして、ぽつりと本音がこぼれた。
「いつか……URAのルールを変えられる存在になりたい」
そこから、二人の“禅問答”が始まる。
三冠ウマ娘は?
──欲しい。
ジャパンカップは?
──強い相手と戦いたい。
茨の道だぞ。
──覚悟しています。
見つめ合う二人。
先に目を逸らしたのは、スピードだった。
「……そうすると、菊花賞か」
まずは三冠。
すべては、その先だ。
「最終判断は、東条トレーナーの意見も聞いて、な」
ルドルフは静かに頷いた。
「目の前は、トレーニングだ」
再び力強い頷き。
そう、どんな未来が待とうとも、地獄の窯に飛び込む覚悟はできている。
シンボリルドルフは、世間の喧騒をバ耳東風で流し、己の為すべきを貫くのだった。
だが、時は残酷だ。
その去就を決めるリミットは、刻一刻と迫っていた。