皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ―   作:久遠 透

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★第二章三冠編  その14 三冠に向けて(PART2)──杞憂

菊花賞の最終トレーニングは、八日朝に行われた。併走のメンバーはホッカイペガサスとイズモランド。いつもの仲良しトリオだ。

二人は、この日のためにわざわざ淀へ駆けつけていた。

「二人とも悪いな。ありがとう」

「礼には及ばないぜ。無敗の三冠ウマ娘の誕生を、拝めるんだしな」

ペガサスが胸を張れば、

「ううん、ルドルフちゃんと走れるだけで嬉しいよ」

イズモが柔らかく微笑む。

実は二人ともレース間近、今日のトレーニングが終われば、トレセン学園に急いで戻る身だ。

なるべく、普段に近い環境で。

そう、ルドルフのためにチームは最大限の努力をしていた。

東条の声が飛ぶ。

「ルドルフは好きなペースでいい。ペガサスとイズモは、ルドルフに合わせて」

号令とともに、三人はコースへ飛び出した。

並びはイズモランド、ホッカイペガサス、そして大外にルドルフ。向こう正面の七ハロン棒を過ぎたあたりで、ルドルフが早くもピッチを上げる。

だが、三人の併せは徐々に間隔が開き、外の二人が前へ出る形になった。

77.4―64.0―51.3秒。

直線に入ると、意外にもホッカイペガサスの脚が鈍る。

「!」

単走状態になったルドルフの集中が、ほんの一瞬だけ緩んだ。

「よし、今よっ!」

その隙を、内側のイズモランドが逃さない。

一杯に追われたイズモは、上がり38.4―12.1秒で、ルドルフに一バ身先着した。

「よし、ルドルフちゃんに勝った!」

嬉しさを隠しきれずに跳ねるイズモランド。

東条は肩をすくめ、穏やかに笑った。

「まあ、いい。トレーニングプラン通りだ」

当のルドルフは、まるで何事もなかったかのように涼しい顔をしていた。

翌九日、出走枠順が発表された。十八人立て、ルドルフは3枠5番。

記者たちが一斉に押し寄せる。

「枠順ですか? まあ、どこでもいいです。ただ、勝つだけですから」

あまりに素っ気ない返答に、場が白ける。

それを察したルドルフは、少しだけ口角を上げた。

「……いい枠だと思いますよ。縁起がいい」

「ほう、どんなところが?」

「万緑叢中紅一点」

緑を基調としたシンボリカラーに、赤帽子が映える――そういう意味だ。

「意味は?」

「万緑叢中の白路を辿れば紅一点に至る。唐詩です。孤高の理想を掲げる者の姿を詠んだものですよ」

事実上の“無敗の三冠宣言”だった。

記者たちは「ほう」「実にご立派」「博学ですねぇ」と感嘆し、ルドルフは満足げに目を細めた。

 

十一月十日、払暁。

前日の時雨が残り、芝の葉先に雫が光る。

太陽がもう一度沈み、再び昇れば、いよいよクラシック最終戦――菊花賞だ。

京都レース場の本バ場で、最後の追い切りが行われる。

東条、石上、スピードシンボリが宇治の宿から駆けつけた。

コース入り前、ルドルフはスマホを確認する。

(ビゼンニシキからのLANE……)

内容を開こうとした瞬間、東条の声がかかる。

「ルドルフ、単走でサッと行ってこい」

「分かりました」

関係者が見守るなか、ルドルフは静かに走り出した。

目には闘志が宿るが、動きはあくまで自制の効いたもの。

62.0―45.0―14.4秒。

完璧な“仕上がり確認”だった。

「ほぉ……」

スピードシンボリが陽光を遮りながら、深く息を吐く。

「ルドルフさん、絶好調じゃないですか!」

石上が興奮気味に声を上げる。

「まさに、人事を尽くして天命を待つ、だな」

東条も満足げに頷いた。

ルドルフが戻ってくる。

静まり返る三人に、軽く笑みを浮かべて声をかけた。

「どうしました? 安心立命の境地で遊んでいるように見えますが」

「無敗の三冠ウマ娘、もう確実ですね」

珍しく石上が軽口を叩く。

「そうなるよう、精進します」

ルドルフの返答は、いつになく素直だった。

そこでスピードシンボリが、ふと過去を語り始める。

「私はね、菊花賞で鼻差の二着だった」

「そんなこともあったなぁ」

東条が懐かしむ。

「身体で言えば、ルドルフはダービーの時点で私のシニアレベルに達していた」

「スーさんはステイヤーだから細身なんだよ」

「そのルドルフが、春よりさらに強くなっている。精神面もだ。3000なんて関係ない」

強気の言葉が続く。

だが東条は、どこか落ち着かない表情を見せた。

「……でも、正直、怖くもあるんだよ」

六つの視線が集中する。

「体調も良く、負ける要素が見当たらない。絶好調だ。だからこそ――未来には来てほしくない」

ルドルフの表情が強張る。

東条は続けた。

「ルドルフは鋭敏だ。デキがピークの時ほど、危うい。姉のシンボリフレンドもそうだった。あんな思いは、もうさせたくない」

スピードシンボリが、東条の背中を叩く。

「変なこと言わないの。あなた、私と海外遠征した時、どんなに苦しくても弱音なんて吐かなかったじゃない」

「寄る年波なのかねぇ……」

「じじくさいわよ」

軽口が飛び交い、空気が和らぐ。

「あと一日。URAの歴史を塗り替えるウマ娘との縁を、大切にしましょ」

「そうだな。もうひと踏ん張りだ」

「はい、ベストを尽くします。東条トレーナー!」

ルドルフが右手を高く掲げる。

そのまま固まり、次の瞬間、照れたように笑い出した。

スピードも石上もつられて笑う。

淀のターフに、三人の笑い声が響き渡る。

池の白鳥が驚いて羽ばたくほどに。

そしてルドルフは、ふとスマホのLANEを思い出す。

(……これから、宇治へ会いに行くとするか)

ビゼンニシキからの呼び出し。

ルドルフは、目立たぬようにそっと京都レース場を後にした。

 

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