皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ―   作:久遠 透

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★プロローグ 姉、シンボリフレンドのこと。 その1 京王杯スプリングハンデ(後編)──重賞初制覇!

「フレンド姉さん、そこだぁ!」

スタンドにルドルフの大声が響き、彼女は思わず身を乗り出した。

隣の大柄なウマ娘が気圧されてのけ反る。

シンボリフレンドが、温存していた末脚を解き放つ。

最後の200メートル。

逃げるシンゲキ、追うフレンド。

さらにビゼンコクリュウが四番手から押し上げてきた。

「差せ! 差せ! コクリュウ姐さんっ!!」

隣のウマ娘も必死に腕を振り続ける。

ターフの上では、誰もが顔を歪め、歯を食いしばり、心臓を限界まで膨らませていた。

――これがレースだ。

迫真の競争が、観客の魂を揺さぶる。

だが、行き脚はどのウマ娘も同じになりつつあった。

このままではシンゲキが逃げ切る。

「姉さん、ギアを入れろっ!!」

普段は冷静なルドルフが絶叫する。

その声に応えるように、フレンドの加速が一段階上がった。

シンボリフレンドは左右に大きく腕を振り、前を獲物のように捉える。

『シンボリフレンド、先頭を伺う! サクラシンゲキ、粘る粘る!』

アナウンスが響く中、フレンドは先頭に並びかけた。

『粘っているが、これはどうか? フレンドも一杯になったか?』

その声が耳に届いた瞬間、前のウマ娘が叫ぶ。

「負けない、負けたくない!」

その宣言に、フレンドの気迫が燃え上がる。

「こっちだって、勝ちたいんだよっ!!」

相手の意志を砕くような叫びとともに、フレンドは前へ出た。

「妹、『ルナ』の面前で、恥ずかしいレースは出来ないッ!」

二人のマッチレース。

一歩ごとに先頭が入れ替わる。

「まだ、まだっ!」

シンゲキは叫ぶが、息は上がっている。

フレンドはその失速を見逃さない。

「よしっ!」

掛け声とともに大地を蹴り上げる。

一歩先んじた瞬間、視界が開けた。

空は青く、ターフは緑に輝く。

自分だけの世界が拓ける。

(ルドルフ……いつかお前も、この光景を見るのだな)

そう感じながら、フレンドはさらに脚に力を込めた。

左の景色が一瞬変わり、ゴール板の鏡が後方へ流れていく。

『シンボリフレンド、今、一着でゴールイン!』

アナウンスが響き、フレンドは勝利を確信した。

(勝ったぞ……)

『サクラシンゲキに一バ身差をつけ、優勝です!

春のベストスプリンターは、重賞初制覇のシンボリフレンド!』

フレンドは右手を高く突き上げ、歓声に応える。

(……見たか、『ルナ』よ?)

重賞勝ち――一流ウマ娘の仲間入り。

それは妹への最高の贈り物だった。

「やったな、フレンド姉さん!」

ルドルフは両手を三度叩き、胸を張る。

スピードシンボリも満足げに頷いた。

フレンドは腕を振りながら逆走し、観客の声援に応える。

ルドルフは胸いっぱいに春の芝の香りを吸い込んだ。

そこへ、ウイニングランを終えたフレンドが駆け寄る。

「勝ったよ! ルドルフ!」

「うん、姉さん。おめでとうございます!」

ルドルフは涙を堪えきれず、目尻が熱く濡れた。

「『ルナ』は、フレンドが大好きだな」

スピードが優しく頭に手を置く。

「だって……」

ルドルフの脳裏に、幼い頃の記憶が蘇る。

――いつも自分を守ってくれた姉。

――走り方も、心の持ち方も教えてくれた。

――母の代わりに、育ててくれたような存在。

フレンドがトレセン学園に入学した時、ルドルフは泣いた。

新バ戦を勝った時は、自分のことのように喜んだ。

勝気な性格が災いして結果が出ない時も、

フレンドは他のウマ娘を励まし続けた。

もっと自分を出してもいいのに、とスピードは言っていた。

そんな苦労人の姉が、ついに重賞ウイナーになった。

ルドルフの胸は、誇りと感動で満たされた。

「じゃあ、またね。『ルナ』ちゃん」

フレンドはウイニングライブへ向かう。

名残惜しく視線を交わしながらも、ルドルフの胸は幸福でいっぱいだった。

その時、悔しげな声が聞こえる。

「コクリュウ姐さんは、三バ身差の四着か……」

栗毛のウマ娘が涙を堪え、震える腕でルドルフを指差す。

「今度は、負けないから」

勝気な瞳が、姉の勝利を喜ぶ妹を射抜く。

「コクリュウ姐さんが、フレンドに勝つんだから!」

鼻先が迫り、影が落ちる。

「アンタ、シンボリルドルフって言うんでしょ?

私もあなたに勝つわ!」

突然の宣言にルドルフは目を丸くする。

「見たところ、同い年のようじゃない?

トレセン学園に入学したら、打ちのめしてあげるわ!」

ルドルフは小さく息を吐き、淡々と返す。

「何を言っているんだ? 次に走ってもフレンド姉さんは勝つだろうし」

瞳孔が開き、鋭い目力が相手を射抜く。

「私も、キミに打ち克つさ」

自然な口調で、当然のように言い放つ。

“絶対に倒す”という確信を込めて。

「勝てるって簡単に言うけど……根拠あるの!」

「いや、気を悪くしたら申し訳ない。ただ、キミの前を走っているイメージしか思いつかないんだ」

柔らかな憐憫が漂い、相手は顔を赤らめる。

「そういえば、キミは誰だ?」

ルドルフが首を傾げると、栗毛のウマ娘は怒りを爆発させた。

「ビゼンニシキ!」

「いい名前だな。才気煥発で、キミに相応しい」

ルドルフは手のひらを軽く叩き、親しげな目線を向ける。

「あんたって人は……!」

歯ぎしりが舌打ちに変わる。

「もう、いいわ。絶対に負けたくない」

踵を返し、捨て台詞を残す。

「覚えてらっしゃい、シンボリルドルフ!」

「ああ、大丈夫だ。私は一度見た顔は忘れないんだ」

天然な返しに、ビゼンは呆れたように去っていった。

――これが、シンボリルドルフとビゼンニシキの初めての会話だった。

ルドルフには悪い印象はない。

むしろ、綺麗で気の強いウマ娘。

切磋琢磨できるライバルは必要だと感じていた。

この出会いが、後に“忘れえぬ因縁”となることを、

この時のルドルフはまだ知らない。

 

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