皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ―   作:久遠 透

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★第二章三冠編 その16 強行!?  ジャパンカップ!(PART2)──苦渋の選択

そんな二人のやり取りを、少し離れた場所から見つめている影があった。

二人のウマ娘――そのうちの一人が、悔し紛れに口を歪める。

「なるほど、ワタシは無視かぁ」

不敵な笑みは、どこか寂しさを隠す仮面のようだった。

「そんなことはないと思うけど」

マルゼンスキーが、軽く肩をすくめて宥める。

相手は頭を掻き、ふっと息を吐いた。

「……夢を見たんです」

「どんな夢?」

マルゼンが首を傾げると、相手は遠くを見るように語り始めた。

「前目でレースしていました。ええ、ハイペースで飛ばして……

でも、向こう正面で脚が一杯になってしまって」

その声は、夢の残滓をまだ引きずっていた。

「そこからは、お決まり。海外の見知らぬウマ娘にかわされ、

そしてルドルフに抜かれ、次々と……

最後はシービーでした。気がつけば、最後方で藻掻いていて」

言い終えると、頭を左右に振る。

まるで悪夢を振り払うように。

「ふうん……」

マルゼンは顎に手を当て、しばし考え込む。

「それなら、アナタを変えなきゃね」

「ワタシを……変える?」

「そう。今までとは違う“新しいカツラギエース”を見せてよ。

さあ、息を吸ってーぇ」

マルゼンが大げさに胸を張って息を吸う。

つられて相手も息を飲む。

「はいてぇー」

二人は同時に口をすぼめ、ぷくっと頬を膨らませてにらめっこ。

限界が来て、同時に息を噴き出した。

まるで悪夢という業火を吹き消すように。

「どうかしら?」

マルゼンが笑顔で問いかける。

「……そうか、マルゼンさんの言いたいことは、そういう意味か!」

相手の顔に、ようやく光が戻る。

「ええ、思いっきりやっちゃいなさいよ。

常識なんて、ぶち壊して。

まずは自分自身に自信を持って、集中してごらんなさい。

他人なんか関係ないわよ。

ヒントは秋の天皇賞のあとに話したでしょ?」

マルゼンの言葉に、ウマ娘は右手を握りしめ、左の掌に打ちつけた。

「……ええ、自分だけの世界で勝負してみます!」

腹を押さえ、口元を歪めて笑う。

「やってやります」

その瞳には、覚悟と執念が宿っていた。

マルゼンは、その背中が見えなくなるまで見送った。

「さて、どうなるかしらねぇ」

 

ミスターシービーが去ると同時に、公開トレーニングは終了した。

報道陣も霧のように消え、学園内は静けさを取り戻す。

シンボリルドルフは、立ち尽くしていた。

胸の奥が熱い――世界とは何か。

異国のウマ娘たちの走りを目の当たりにし、

その問いが、心の底から湧き上がってくる。

(……なるほど。シービーが私を連れ出した理由が、分かる)

彼女もまた、海外勢の力量を見て、闘志を滾らせたのだろう。

その熱が、ルドルフの胸にも伝播していた。

クールダウンの最中、見慣れないウマ娘が近づいてくる。

さきほど鋭い加速を見せた栗毛の彼女――ベットタイムだ。

清楚な雰囲気の奥に、鋼の芯が見える。

『あなたが、シンボリルドルフね』

流麗なクィーンズイングリッシュが耳をくすぐる。

『はい。英国代表のベットタイムさんですよね?』

ルドルフも自然な発音で返す。

幼い頃からスピードシンボリに鍛えられた英会話は、

こういう場でこそ生きる。

二人の視線が絡み、無言の火花が散る。

『ふふ、そうよ。敵情視察かしら?

無敗の三冠ウマ娘、日本のチャンピオンホースは隙がないわね』

挑発めいた笑み。

その瞬間――

『ハローッ!!』

背後から腕が絡みつき、ルドルフの首が締まる。

『ストロベリーロード! 何を考えているの!?』

『ハッハ、親愛の情ですよ! ジャパンでもフレンドが欲しいですから!』

オーストラリア訛りの英語が弾む。

ベットタイムが慌てて引き剥がし、ルドルフは咳き込んだ。

『これだから粗忽者だとバカにされるのよ』

『でも、嫌わないでくださいね』

ストロベリーロードは悪びれず手を差し出す。

ルドルフは握手を返した。

『健闘を期待しているよ』

『モチロンです! 負けませんよぉ!』

カラカラと笑う声が、冬空に響く。

そこでルドルフは、わざとらしく肩をすくめた。

『……まだ、ジャパンカップに出走するとは決めていないんだ』

海外勢は一斉に驚愕の表情を浮かべる。

『あり得ない! ウマ娘の本質は、強い相手と鎬を削ることでしょう!?』

ベットタイムの怒気が、空気を震わせた。

その圧に、ルドルフの肌がひりつく。

『まあ、いいわ。あなたがいないなら、勝つしかないわね』

踵を返し、バーイと手を振って去っていく。

ストロベリーロードは名残惜しそうに振り返る。

『残念です。でも、諦めないで一緒に走りませんか?』

『ロード! しつこいと嫌われるよ!』

ベットタイムの叱責に、ロードは慌てて後を追った。

二人の背中が消えると、ルドルフは唇を噛んだ。

(まったく……シービーにしても、ベットタイムにしても……

そして、ストロベリーロードにしても)

胸の奥に、鋭い棘が刺さる。

(出走したいのは……私の方だ)

握りこぶしが震えた。

その震えは、恐れではなく――渇望。

出走するために越えなければならない壁がある。

それを理解しているからこそ、震える。

(レースへの昂ぶりは、レースでしか贖えない)

ルドルフは、苦渋の選択を迫られていることを再確認した。

 

 

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