皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ―   作:久遠 透

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★第二章三冠編 その18 三強のグランプリ、有馬記念へ(PART1)──中一週、合計5400メートル!?

シンボリルドルフが目を覚ますと、白く無機質な壁紙が視界に入った。

四角いシーリングライトは、ただ光を放つだけの機能を淡々と果たしている。

どこかで見た天井だ、とルドルフは瞬きを二、三度繰り返した。

(ああ……この前、胃痙攣で倒れた時の部屋に似ている。ということは、ここは……?)

ゆっくりと身体を起こす。淡いグリーンの病院服が、和服のように胸元で揺れた。

「無理しなくていいのよ」

優しい女性の声が耳に届く。

壁際の椅子に座っていた二人が立ち上がった。

その直後、小さなノックが三度。返事を待たずにドアが開く。

「ルドルフ、起きたのか」

明るい声。

見慣れた顔。記憶がようやく追いつく。

「東条トレーナー……それに、スーさん」

きょとんとするルドルフを、スピードシンボリがそっと抱き寄せ、背中に手を回した。

「よかったわ。気がついて」

「まずは、これで安心だな」

二人の声音には、深い安堵が滲んでいた。

「私は……一体?」

「三日三晩、眠っていたのよ」

スピードシンボリが耳元で囁く。

「そう……なんですか」

ルドルフは呟き、ふと胸の奥に引っかかるものを思い出す。

「ジャパンカップは? 私は……走っていたはずですが」

「うん……」「ええ……」

東条とスピードシンボリは、言葉を濁した。

その時、開け放たれた扉から新たな影が差す。

「お気づきになられましたな」

初老の医師が看護師を伴って近づいてくる。

その後ろには、帽子をかぶったワンピース姿の女性――人には猫。

さらにその後ろに、緑のダブルスーツを纏った秘書らしき女性。

三人は壁際に静かに並び立った。

東条とスピードシンボリは、無言で軽く会釈を交わす。

医師はルドルフの手首を取り、脈を測った。

「うん、大丈夫だ。だが――」

穏やかな声が、急に厳しさを帯びる。

「あんまり無茶しなさんな」

「無茶……?」

「そうだよ。ジャパンカップの出走時、あなたは歩くのもやっとだったはずだ。

ましてやレースに出るなんて、無謀どころか狂気の沙汰だ」

「確かに、体調は良くありませんでしたが……」

「“体調不良”なんて言葉じゃ済まないよ」

医師は静かに告げた。

「疲労とプレッシャーからくる重度の下痢。滝のような排泄だったはずだ。

普通のウマ娘なら、歩くどころかベッドから起き上がれない状態だよ」

ルドルフは恥ずかしさに俯いた。

「それでもレースを走った……しかも、上がりは自己ベスト。驚異的だよ」

医師は深く息をつき、壁際の小柄な少女――理事長へ視線を向けた。

「無茶だよ、理事長さん!」

理事長は肩を落とし、項垂れる。

「菊花賞3000メートル、ジャパンカップ2400メートル。

中一週で、東西の異なるレース場を転戦して……合計5400メートル。

成長途上のクラシック級に、こんなローテーションはあり得ない」

「まさか、菊花賞の後にジャパンカップへ出走するウマ娘がいるなんて……」

理事長は悔しげに唇を噛んだ。

「理事長、来年以降の番組改編テーマですね」

URA中央諮問委員会の長が、きりりとした声で告げる。

秘書がバインダーを開き、淡々と続けた。

「最低でも、中二週にする必要がありますね」

「そうだな。それがいい」

医師が頷く。

「できれば、中四週は欲しいですね」

東条が、トレーナーとしての痛切な思いを吐露した。

医師はルドルフの肩を軽く叩く。

「シンボリルドルフ君。君は“菊花賞から中一週でジャパンカップ”を走った最後の三冠ウマ娘になるだろうね」

そして、皆に退出を促した。

「さあ、これから十分に休ませてあげよう」

部屋に静けさが戻る。

医師が振り返り、優しく言った。

「ルドルフ君。君には、まだ成し遂げたいことがあるんだろう?」

「……あの」

ルドルフの唇が震える。

「何だい?」

「有馬記念……出られますか?」

部屋の空気が止まった。

ジャパンカップから約一か月後。

ファン投票で選ばれる、年末の大一番。

ルドルフは真っ直ぐに医師を見つめた。

その瞳には、揺るぎない意志が宿っていた。

医師は根負けしたように微笑む。

「順調に回復すれば……出られると思うよ」

その言葉に、ルドルフの瞳が輝いた。

こうして、有馬記念へ向けて――周囲は静かに動き始めた。

 

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