皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ― 作:久遠 透
東京都府中市――東京レース場を擁する、URAの聖地。
その一角、レンガ造りの門柱に掲げられた『日本ウマ娘トレーニングセンター学園』の金看板が、初夏の陽光を受けて輝いていた。
通称・トレセン学園。今日も多くのウマ娘たちが、誇らしげにその門をくぐっていく。
中高一貫・全寮制の学園。
ここに所属するウマ娘たちは、日々切磋琢磨し、『トゥインクル・レース』へと羽ばたいていく。
木々に囲まれた広大な敷地には、
レーストラック、体育館、ジム、室内プール、ウイニングライブ用のスタジオ、屋外ステージ――
ウマ娘のための施設が隙なく整備されていた。
カフェテラス、学生寮、図書室など、生徒向けの設備も充実している。
正門から並木道を抜けると、鐘楼を備えた荘厳な学舎が姿を現す。
その一角に、トレセン学園生徒会会長室があった。
自主性を重んじる学園では、生徒会の地位は高い。
会長・副会長・書記などの執行部は、優秀なウマ娘が任される。
その会長室――重厚な木机の前に、夏制服姿のウマ娘が座っていた。
会長席の前方のソファには、青いリボンが特徴的な鹿毛のロングヘアのウマ娘が座り、ブルーアイズを向けている。
「まさか、マルゼンスキーさんから会長職に推薦いただけるなんて……」
少し落ち着かない様子で、シンボリフレンドは目尻を下げて恐縮した。
相手は八戦八勝、着差合計六十一バ身――“スーパーカー”と称された名ウマ娘。
その大先輩が、自分に頭を下げているのだ。
「いいのよ、フレンドちゃん。
……いえ、シンボリフレンド会長、と呼んだ方がいいかしら?」
マルゼンスキーは屈託なく笑い、親指を立てる。
「あなたは芝もダートも、短距離から中距離まで幅広く勝っている。
皐月賞やダービーのクラシックにも出走した経験がある」
「まあ、クラシックは厳しい結果でしたけど……」
フレンドは頬を赤らめ、悔しさを滲ませる。
「だからこそよ。素質があるのに、なかなか結果が出ない――
それは、ここにいるウマ娘の誰もが味わう苦しみ。
でも、あなたは諦めなかった。そして重賞を掴んだ」
マルゼンはポンと手を叩く。
「天皇賞などの大レースは勝っていないけれど、
この前の京王杯スプリングで、現役最強スプリンターのサクラシンゲキちゃんに勝ったじゃない。
あれはビッグレース制覇に匹敵するわ」
「……ありがとうございます。
ここのウマ娘たちのために、力を尽くしたい気持ちはあります」
フレンドは恥ずかしそうに視線を落とす。
マルゼンは優しく微笑み、その言葉を受け止めた。
その時、フレンドの耳がピクリと動く。
マルゼンが扉へ向き直る。
「入っていいのよ〜」
二度ノックがあり、扉が開く。
「シンボリルドルフです。呼ばれて参りました」
折り目正しい夏制服を着たルドルフが、丁寧に腰を折った。
「体験入学で忙しいところ、悪かったわね」
マルゼンがソファを軽く叩き、座るよう促す。
「まあ、一緒に研修を受けたビゼンニシキには付きまとわれましたが……」
ルドルフは小さくため息をつき、ようやく逃げ切って来られたと告げた。
「ルドルフちゃんも、入学したら生徒会の一員ね」
マルゼンは嬉しそうに言い、フレンドへ視線を向ける。
「姉妹で会長と書記なんて、いいコンビよね」
体験入学でルドルフは先輩ウマ娘にあっさり勝ってしまった。
この調子なら新入生総代、生徒会役員も十分狙える。
「でも、いいのですかね……?」
フレンドは不安げに笑う。
「選挙で信任されたんだから、胸を張っていいのよ」
マルゼンは力強く背中を押した。
「そうですよ。姉さ――いえ、フレンド会長」
ルドルフも胸を張り、芯のある声で続ける。
「このシンボリルドルフ。入学後は一意専心の想いで、会長をお支えいたします」
「いいトレセン学園にしていきましょうね」
マルゼンも協力を約束する。
「スピードシンボリさんからも、よろしくと言われていますしね」
大先輩の名が出ると、フレンドは姿勢を正した。
「スピードさんも、ダービーは勝てなかった。
私は出走すらできなかったけれど……」
マルゼンは自嘲気味に笑う。
当時のURA規則――母が海外で妊娠し、日本で出産したウマ娘はダービーに出走できなかった。
スピードシンボリもまた、天皇賞の勝ち抜け制度に縛られた一人だった。
「スーさんも、もっとGⅠを勝てたはずなのにね」
マルゼンは残念そうに息を吐く。
スピードシンボリの願いはただ一つ。
――ウマ娘のためのベストな環境を、ウマ娘自身の手で作ること。
そのためにフレンドとルドルフに期待していた。
「私は、会長職として、全てのウマ娘の幸せを目指します」
フレンドは胸を拳で叩き、自らを鼓舞した。
「ルドルフちゃんも、頑張ってね」
「もちろんです」
ルドルフは力強く頷く。
窓の隙間から吹き込む春風が、季節の移ろいを告げていた。
「何より、フレンド姉さんのためです。粉骨砕身、力を尽くします」
姉の教えは的確で、ルドルフはそのおかげで成長してきた。
他のウマ娘にも同じように力を尽くしてほしい――
そう語りながら、姉と同じ仕草で胸を叩く。
「頼もしいわねぇ」
「ええ。早く入学して、寮では姉と同じ部屋で暮らしたいです」
その言葉に、フレンドは驚いて息を呑む。
マルゼンがくすりと笑う。
「本当に、お姉さんが大好きなのね」
「大好きです」
ルドルフは迷いなく言い切った。
フレンドは顔を赤く染め、視線を落とす。
勝気な性格のはずなのに、妹にはとことん甘い。
マルゼンは二人を愛おしげに見つめた。
春のレース、クラシックも終わり、夏合宿の季節が近づいている。
ウマ娘が大きく成長する時期だ。
学園の生徒も、これから入学する若い娘も、同じように未来へ向かっていく。
こうして、シンボリルドルフは入学後、若くして重責を担うことになる。
将来を嘱望されたウマ娘としての第一歩が、今、始まろうとしていた。
ルドルフの成長物語は、ここから幕を開ける。