皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ―   作:久遠 透

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★プロローグ 姉、シンボリフレンドのこと。 その3 出会い──東条トレーナーのこと(前編)

千葉県中央部。

東京中心から車で一時間、府中からなら一時間半ほど。

都心からほど近い郊外に、スピードシンボリら“シンボリ家”のウマ娘たちが暮らす『本拠地』がある。

ささやく木々に囲まれ、池には白鳥が泳ぐ。

まるでヨーロッパの片田舎のような、気品ある風景が広がっていた。

だが、驚くべきはそのトレーニング施設だ。

一周1800メートルの本格的なコース、600メートルの運動場、

屋根付きの全天候型坂路――入口には『錬ウマ道場』の木看板。

長期滞在可能な石造りの合宿所、専属スタッフ、医師まで揃い、

トレセン学園にも引けを取らない設備が整っている。

その右回り1800メートルのメインコースで、

シンボリルドルフは前を行くシンボリフレンドを追っていた。

秋の色づいた葉が舞う一日。

フレンドは学園の休みを利用して里帰りしていた――

いや、休暇というより、鍛錬のための帰郷だった。

「ルドルフ、ピッチを上げろ!」

トレセン学園のジャージ姿のスピードシンボリが、竹刀を振り上げて叱咤する。

「お前も入学すればジュニアデビューだ! うかうかしている暇はない!」

ルドルフは目を見開き、さらに加速する。

前を行く姉の背中が近づくが、フレンドも負けじと速度を上げた。

「おおおおっ!」「うああああぁ!」

二人の雄叫びが混じり合う。

コーナーを回り直線へ――外からルドルフが並びかけるが、

フレンドは肩を突き出し、簡単には抜かせない。

「ルドルフ! シンプルなフェイントに惑わされないで!」

「分かっているよ、姉さん!」

外ルドルフ、内フレンド。

腕の振り、脚の運び――姉妹の走りは完全にシンクロしていた。

「トレーニングは今ので終わりにするぞ!」

スピードが声を張る。

「三十分後に、東条トレーナーが来られるからな」

東条――

シンボリフレンドの担当トレーナーであり、

かつてスピードシンボリのサブトレーナーを務めた男だ。

スピードは目を凝らし、姉妹のマッチレースを見つめる。

ルドルフの走法はフレンドに酷似し、勢いは姉を上回るほどだった。

「やっぱり、『ルナ』とフレンドはよく似ているよな……」

スピードが呟いたその時、背後から声がした。

「本当だよ。やっぱり姉妹なんだね?」

「ひ、東条トレーナー! もう来られていたのですか!?」

端正な顔立ちの男性が、ニヒルな笑みを浮かべながらウマ娘たちを見ていた。

二人がゴールを駆け抜け、巡行速度に落とす。

向こう正面を流しながら戻ってくると、見慣れぬ人影に気づいた。

ツイードのジャケットの男――東条が、口笛を吹く。

「凄いじゃないか、あの娘」

情熱を込めた拍手が送られる。

「何といっても、歩幅が素晴らしい。

体格に比して一完歩のスライドが大きい。

シニアの重賞ウマ娘と同じレベルで走れるなんて」

「しかも息の入りが早い!」

姉とのハードトレーニングを終えたばかりなのに、

ルドルフはケロリとしていた。

類まれなる心肺機能――搭載されている“エンジン”が違う。

東条は我を忘れ、拍手を続けた。

「いや、いいね。二人とも」

フレンドへ向き直り、柔らかく言う。

「フレンドは、レースで苦戦しているのが嘘のようだ」

重賞勝ち以降、安田記念などで結果が出ず、

気分転換に本拠地でのトレーニングを勧めたのも東条だった。

「今の調子なら、チャンスは巡ってくるさ」

フレンドは「頑張ります」と、少し苦い笑みを返す。

そして、東条の視線がルドルフへ向いた。

「それから、君」

ルドルフが反応する。

「デビュー前のジュニアなのに、

シニアで重賞勝ちのお姉さんと同じに走れるんだね」

辛口の東条が、手放しで褒めた。

「ありがとうございます」

ルドルフが頭を下げると、耳のエメラルドが揺れた。

「うん。僕を君のトレーナーにしてくれないか?」

即決だった。

まるで一目惚れのように、東条は相好を崩す。

ルドルフは息を飲む。

入学前のウマ娘をスカウトするなど前代未聞だ。

だが、彼女はしっかりと答えた。

「お誘い頂き、感謝申し上げます。

ただ私は入学前の若輩、浅学非才の身にて……今はご遠慮申し上げます」

深々と一礼する。

東条は驚き、そして満足げに笑った。

「ふふ、ますます気に入った」

紫の瞳が輝く。

「いや、トレーニングが見れてよかった。

スピードのおかげだな」

スピードが懐かしげに言う。

「東条さんとは、サブトレーナーの頃からのご縁ですから」

「ああ、私が現役でヨーロッパ遠征に行っていた頃だな」

東条は若き日の情熱を思い出すように語る。

「今じゃ立派なトレーナー様ですね」

「そんなに偉くはないさ。

偉いのは頑張るウマ娘たちだよ。

僕はほんの少しサポートするだけだ」

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