皇帝の蹄跡 ― ウマ娘 シンボリルドルフ物語 ―   作:久遠 透

9 / 20
★プロローグ 姉、シンボリフレンドのこと。 その3 出会い──東条トレーナーのこと(後編)

そして、東条はルドルフへ向き直る。

「いつも新鮮な気持ちでいる。

目標は――君以上のウマ娘を育てることだ」

スピードシンボリの視線が重なる。

「何より、ダービートレーナーになりたいんだ!」

ダービー制覇――

ウマ娘にとっても、トレーナーにとっても最高峰の栄誉。

東条の瞳の奥で、強いきらめきが燃える。

ルドルフはその光を正面から受け止めた。

「私も、ダービーウマ娘になりたいです」

その言葉に、空気が一瞬止まる。

東条は満足げに微笑んだ。

「志は高いほどいい。そして、その想いは実現するためにある」

ルドルフの腕を軽く叩く。

「頑張ろうな、『ルナ』ちゃん」

――その瞬間、空気が凍りついた。

スピードシンボリが慌てて駆け寄り、ルドルフの肩を掴む。

フレンドも両手で妹の肩を抱きしめる。

ルドルフは動けなくなっていた。

“シンボリの者以外”から幼名を呼ばれたのは初めてだった。

まるで禁忌に触れたかのように。

東条は三人の異様な反応に戸惑い、後悔の色を浮かべる。

その時、車のエンジン音が近づいた。

「東条さん、時間ですよ」

助手席のドアを開けたのは、若い男――石上サブトレーナーだった。

東条はごまかすように手を上げ、車に乗り込む。

スピードが重い足取りで近づき、窓を叩く。

「『ルナ』に……ルドルフに関心を持って頂き、ありがとうございます。

でも、ダメなんです」

「何が?」

東条は分かっていた。

“シンボリルドルフのトレーナーになる資格がない”ということだ。

「背筋にさ、雷が迸ったんだよ。

彼女を一目見た時に」

東条の言葉に、スピードは静かに告げる。

「今は、まだちょっと……」

東条の関心は逆に強まる。

二人の間に、海外遠征を共にした者同士の火花が散る。

「それでも、諦めるつもりは毛頭ない」

石上はハラハラしながら見守るしかなかった。

「決めるのはルドルフ本人です。

……でも、その前に『御大』に相談されるのがいいでしょうね」

『御大』――

シンボリ家の主であり、ウマ娘管理の全権をスピードに委ねている人物。

めったに姿を見せない謎の存在だ。

スピードは言い放つと背を向け、去っていった。

車が動き出す。

ルドルフは平然と立っていたが、どこか悲しげだった。

東条は思わず車を飛び出し、ルドルフへ駆け寄る。

「危ないっ!」

石上が急ブレーキをかけるが、バンパーが東条を軽く弾く。

東条は倒れこむが、すぐに起き上がり、右手を伸ばした。

「君のこと、理解するようにするから」

ルドルフの顔が強張り、首を下げて背を向ける。

スピードに似た調子で、逃げるように去っていった。

「東条トレーナー、すいません!」

フレンドが深く頭を下げ、妹を追う。

「じゃあ、二人とも。今度はトレセン学園とレース場で会おう!」

だが、ウマ娘たちは振り返らずに消えていった。

石上が声をかける。

「東条さん……大丈夫ですか」

東条は無言でシートに腰を落とす。

車が本拠地を離れ、道路を走り出す。

しばらくして、石上が口を開いた。

「さっきの娘さん、シンボリルドルフって言うんですよね?

オーラがありますね」

「まあな。姿形や走法は姉に似ている。

問題は気性だ」

姉フレンドは気性が災いして結果を出せない時期があった。

だが、京王杯スプリングでは最速スプリンター・サクラシンゲキを破った。

「シンボリルドルフ……ポテンシャルは姉以上かもしれない。

メンタルと体調をコントロールできれば、とんでもないウマ娘になる」

東条は目を閉じ、想像に浸る。

石上も頷く。

「何より、プロポーションのバランスが絶妙でした。

まるでヨーロッパの古い絵画に描かれた名ウマ娘のようで」

「そう、グッドルッキングホースガールだ。

あの身体は、シャンティやニューマーケットにもそうはいない」

東条の声には、深い愛おしみが滲んでいた。

「でも、なぜスピードさんは、あんなに拒むんでしょう?」

石上の疑問はもっともだった。

「理由は分からん。

体験入学の時も、フレンドがフォローしたようだしな」

ルドルフの“姉への依存”が強すぎるのでは――

二人の男は同じ懸念を抱いていた。

「まあ、確かに。最近の僕の成績はパッとしないからな」

東条は苦笑する。

かつては、名トレーナーだった。

「何とかチームを立て直したいんだ。

入学予定のウマ娘にも声をかけている」

そんな中での、シンボリルドルフとの衝撃的な出会い。

彼女が加入すれば、間違いなく中心となる。

「今は、まだちょっと……か」

スピードの言葉を噛みしめながら、東条は窓の外を見つめた。

秋のレースシーズンが終わり、年が変わる。

新たな希望は、すぐそこまで来ていた。

そしてウマ娘たちの物語は、静かにページをめくろうとしていた。

その先にあるのが幸福か、悲劇か――

それは、まだ誰にも分からない。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。