「はぁっ……! はぁっ……! はぁっ……!!」
メジロマックイーンは、息を乱しながら地下階段を駆け上がった。
背後から迫り来るジンギスカン鍋の熱気、謎のクリーチャー(馬)の嘶き、そしてオレンジ色のトゲトゲの笑い声から逃れるように、地上へ続く重厚な扉にすがりつき、力任せに押し開ける。
―――バァァァァン!!
「……っ!!」
眩しい春の陽光が、彼女の目を焼いた。マックイーンは芝生の上にへたり込み、荒い息を吐きながら周囲を見渡す。
「……えっ?」
彼女は自分の目を疑った。そこにあったのは、平和そのもののトレセン学園の風景だった。
爆走するコタツのキャタピラが抉ったはずの轍(わだち)は一つ残らず消え去り、無惨に破壊されたはずの正門はピカピカに修復されている。地殻変動を起こしてそびえ立っていた巨大な「ちくわ」も、周囲に散乱していた「たい焼き」も、すべてが幻だったかのように跡形もなく消滅していた。
吹き抜ける爽やかな風。遠くで小鳥がさえずっている。
「……ゆ、夢……? わたくしは、白昼夢でも見ていたのでしょうか……? そ、そうですわ。きっと、疲れがたまっていただけです」
ホッと胸を撫で下ろし、震える膝に手をついて立ち上がろうとした、その時だった。
『ザッ! ザッ! ザッ! ザッ!』
ターフの方から、規則正しく力強い足音が聞こえてくる。マックイーンが視線を向けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
■
「いいぞゴールドシップ!! そのまま重心をブラさず、第3コーナーのカーブを抜けろ! 勝利への渇望を、その脚に込めろ!!」
「はいっ!! ボボボーボ・ボーボボトレーナー!!」
超絶真面目な顔で、完璧なトレーニングをしているボーボボとゴルシだった。
「は……?」
マックイーンの口から、間の抜けた声が漏れる。
ボーボボはいつの間にか、アフロの上にサンバイザーを被り、首に真っ白なタオルを巻き、いかにも「熱血ベテランコーチ」といったジャージ姿になっていた。手にはストップウォッチを握りしめ、ターフの脇から熱いゲキを飛ばしている。
そしてターフを駆けるゴールドシップは、普段の奇行が嘘のようにフォームが洗練され、その瞳には純粋なスポーツマンシップの輝きと、爽やかな汗が光っていた。
「ラスト1ハロン! 限界を超えろゴールドシップ! お前は一人じゃない、俺が……いや、スタンドのファンたちがついている!!」
「うおおおおおおっ!! 私は……私は勝ちたい!! トゥインクル・シリーズの頂点からの景色を、トレーナーと一緒に見るんだァァァーーッ!!」
ゴルシの目から、感動の熱い涙が飛び散る。まるで最終回直前のスポーツアニメのような、あまりにも純粋で、あまりにも美しい師弟の絆がそこにはあった。
「…………え?」
マックイーンの脳内で、エラー音が鳴り響いた。
(え? なんですのこの美しい空間。つい3分前まで、地下の巨大ジンギスカン鍋でサンバを踊りながら、見たこともない四足歩行のモンスターに激辛麻婆豆腐を食わせようとしていましたわよね? なんで私が地上に戻った数秒の間に、お互い着替えた上で「苦難を乗り越えて絆を深めた師弟」みたいな空気を完成させているんですの?)
「タイム! 3ハロン34秒2……素晴らしい上がりだ、ゴールドシップ」
ボーボボがストップウォッチのボタンを押し、深く頷く。
「トレーナー……!!」
駆け寄ってきたゴルシに、ボーボボは無言でスポーツドリンクを差し出した。
「お疲れ様。……今日の君は、今までで一番輝いていたよ」
「トレーナー……私、今まで斜に構えてばかりで、真面目に走ることから逃げてました。でも、あなたが真剣に向き合ってくれたから……!」
夕日――さっきまで昼だったのになぜか夕日が差している――を背に、固く握手を交わす二人。爽やかな劇伴BGMがどこからともなく流れてくる。
(嘘ですわ……絶対におかしいですわ……!)
マックイーンはワナワナと震えながら、二人の元へ歩み寄った。
「あの……ゴールドシップさん、それに、ボボボーボ・ボーボボさん!? あなた達、さっき地下で――」
「おっと、マックイーンじゃないか」
ボーボボが、爽やかな笑顔で振り返った。
「見てくれたかい? うちのゴールドシップの走りを。彼女はまだまだ伸びる。俺の指導理論と彼女の才能が噛み合えば、凱旋門賞も夢じゃないさ」
「なあにをスポーツ雑誌のインタビューみたいな顔で語っていますの!? さっきまで鼻毛で洗濯機をジュリアナ東京にしていましたわよね!?」
マックイーンの悲痛なツッコミが響き渡る。しかし、ゴルシはきょとんとした顔で首を傾げた。
「マックイーン、急に大声出してどうしたんだ? 疲れてるのか? 洗濯機がどうとか、意味わかんねーぞ。私はずっと、トレーナーと二人三脚で汗を流していただけだ」
「あなたまで記憶を改ざんしないでくださいませ!!」
マックイーンは頭を抱えた。自分がおかしいのだろうか。本当にすべては幻覚だったのだろうか。
「マックイーン。アスリートにとって休息も立派なトレーニングだ。保健室で休んできなさい」
ボーボボが諭すように言いながら、ストップウォッチのタイムをリセットした。
『ピピッ』
――その時だった。
幸か不幸か、マックイーンは見逃さなかった。
ボーボボが手に持っているストップウォッチ。それは銀色の金属製ではなく……水色のプルプルしたゼリー状の生物、「ところ天の助」の顔面だったのだ。
『……背中、強く押さないで。俺、デリケートだから……』
天の助(ストップウォッチ・サイズ)が、虫の息で呟いた。
「あ、ああ、あああ……っ!? やっぱり狂ってますわァァァァァァーーーーッ!!!!」
府中の空に、メジロマックイーンの魂の叫びが木霊した。ウマ娘とハジケリストの果てなき戦い(ツッコミ)は、今、ここに幕を開けたのである。
はじけます?