昼休みのトレセン学園・学生食堂。
本来ならば、午前中のトレーニングを終えたウマ娘たちが談笑し、英気を養う憩いの場であるはずだった。
「……というわけですの。地下の巨大なジンギスカン鍋で、わたくしは図鑑にも載っていない四足歩行のクリーチャーと対峙し……そして地上に戻れば、すべてが美談にすり替えられていた……」
窓際のテーブル席。メジロマックイーンは、両手で頭を抱えながら、目の前の友人に消え入りそうな声で訴えていた。その目の下には、名門の令嬢らしからぬ濃いクマが刻まれている。
対面で彼女の話を聞いていたのは、トウカイテイオー。
彼女はストローで「はちみー」をちゅうちゅうと吸いながら、きょとんとした顔で首を傾げた。
「んー? マックイーン、それってただの夢じゃない? トレーニングのしすぎで疲れちゃってるんだよぉ。ほら、甘いもの食べなよ!」
「夢ではありませんわ! 現にわたくしの足首には、先ほどまで謎のオレンジ色のトゲトゲが引っ付いていたのです! ほら、みてくださいまし! 吸盤の跡が——」
■
「おばちゃーん! にんじんハンバーグ定食、ご飯特盛りで頼むわ!」
マックイーンの悲痛な訴えを遮るように、厨房のカウンターから聞き慣れた大声が響いた。ゴールドシップである。
「はいよォォォォ!! 愛情たっぷり、特製デミグラスソースがけだァァ!!」
―――ドス黒い重低音のダミ声。
マックイーンが恐る恐る視線を向けると、厨房の奥には、白の割烹着に三角巾を被り、お玉を持ったボボボーボ・ボーボボが立っていた。なぜかアフロの上から三角巾を無理やり巻いているため、頭部のシルエットが巨大なキノコのようになっている。
「いやあああ!! なんであのおじさんが学食の厨房に立っていますの!? 不法侵入ですわ! 衛生管理はどうなっているんですの!?」
マックイーンが立ち上がって絶叫する。しかし、周囲のウマ娘たちは誰も気にしていない。
「ジュウウウウウウウッ!!」
ボーボボがカウンターにドンッと置いたのは、熱々に熱された巨大な鉄板だった。だが、その上でデミグラスソースまみれになって焼かれていたのは、にんじんハンバーグではない。
「あっちぃぃぃぃぃぃ!! なんだこの仕打ちはァァ!! 誰が付け合わせのコーンとブロッコリーと仲良く並ぶ三ツ星ディナーだ!! 俺様は塩コショウ派だと言ってるだろ!!」
鉄板の上で、首領パッチが全身からソースを滴らせながら、ブレイクダンスを踊って熱さに抗っていた。
「うるさいぞハンバーグ! お前のような生意気な肉塊は、こうして『特製・鼻毛網焼きグリラー』でこんがり焼いてやる!!」
ボーボボが鼻の穴から無数の鼻毛を放射状に伸ばし、鉄板の上の首領パッチを網焼きのごとく上からジュージューと押し付ける。
「ギャアアアア!! グレープフルーツジュースが溢れ出ちゃうぅぅ!!」
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「て、テテ、テテテイオー!! 見て!! 見て!! 見てくださいませ!!」
マックイーンは涙目でテイオーの肩を揺さぶった。
「あそこの鉄板! 生きたオレンジ色のトゲトゲが、おじさんの鼻毛で網焼きにされていますわ!! 早く保健委員か警察を呼ばないと!!」
マックイーンの必死の形相。しかし、テイオーは鉄板の方をチラリと見ると、パッと顔を輝かせた。
「わぁっ! 今日のハンバーグ、すっごく活きがいいね! 鉄板の上でテイオーステップ踏んでるよ!」
「……えー……?」
マックイーンの動きが止まった。
今、この天才ウマ娘はなんと言った?
「学食のおばちゃんも気合い入ってるよねー! 鼻毛で網焼きなんて、斬新な調理法だなぁ。ボクもあっちの定食にすればよかったかも!」
「テ、テイオー……? あなたの目には、アレが……ハンバーグに見えているんですの……?」
「え? ハンバーグでしょ? ちょっとオレンジ色でトゲトゲしてて、手足が生えてて、大声で命乞いしてるけど。新種の有機野菜ハンバーグかな?」
狂っている。どう考えても視覚情報と脳の処理が直結していない。
テイオーの純真無垢な、受け入れる力が、ボーボボの放つ致死量のハジケ波長と完全に同調してしまっていたのだ。
「誰が有機野菜だ!! 俺様は最高級のA5ランク・ドンパッチミートだぜ!!」
鉄板の上から首領パッチがツッコミを返す。
「ねえねえゴルシー! ボクにもその喋るハンバーグ、ひと口ちょーだい!」
テイオーが、無邪気な笑顔でカウンターへ小走りで向かっていく。
「おう、いいぜテイオー! ただし今日のハンバーグは、外はカリッと、中は『理不尽』が詰まってるから気をつけな!」
ゴルシはそう言うと、真顔で巨大なナイフとフォークを構え、首領パッチの頭頂部のトゲにグサリとフォークを突き立てた。
「痛あああああい!! バカ! お前フォークの刺し方がマジのやつじゃねーか!! 痛点! 俺の痛点そこ!!」
「あははっ! ハンバーグが喋った! 面白ーい!」
テイオーがキャッキャと手を叩いて喜んでいる。
「待って、俺もいるぞ!」
ふと、ゴルシの定食のお盆に乗っていた「味噌汁のお椀」から、水色のゼリー状の物体――ところ天の助が顔を出した。
「俺は味噌汁の具の『豆腐』だ! 絹ごしより滑らかな俺のボディを、優しく啜ってくれ!!」
「わぁっ! お豆腐も喋った! 今日のゴルシの定食って、まるでウイニングライブみたいだね!」
「そうだろ? ウチのトレーナーの料理は最高なんだよ」
ゴルシが誇らしげに胸を張り、ボーボボ(割烹着)が親指を立ててウインクする。
もはや、そこに疑念を抱く者は誰もいない。
喋るハンバーグ。鼻毛の網焼き。味噌汁に浸かる謎のゼリー。
周囲のモブウマ娘たちでさえ、
「今日のゴルシさんの定食、やけに騒がしいね」
「特別メニューかな?」
と、完全に日常の風景として処理してしまっている。
「…………」
マックイーンは、自分の席に座ったまま、焦点の合わない目で宙を見つめていた。
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世界が狂っているのか、自分が狂っているのか。
もしや、本当にアレはハンバーグで、あのおじさんは学食のおばちゃんで、自分だけが疲労のあまり「異常な幻覚」を見ているのではないか?
(……そうですわ。わたくしが、疲れているだけ。あれはただの、ハンバーグ……)
マックイーンは、震える手で自分のテーブルに置かれたランチプレートの「マカロニサラダ」にフォークを伸ばした。
(まずは一口食べて、落ち着きましょう――)
フォークでレタスをめくる。そのレタスの下には――、
親指サイズの極小ボーボボが、マヨネーズまみれになりながら、膝を抱えて体育座りをしてこちらを見つめていた。
『……見ーたーなー?メジロマックイィイイン』
極小ボーボボが、ねっとりとしたウイスパーボイスで呟く。
「……キィャアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!?」
トレセン学園の学生食堂に、メジロマックイーンの今日二度目となるマジ絶叫がこだました。
もはや彼女に安息の地は存在しない。
ツッコミが世界から孤立した時、それは「ハジケ」が完全にこの宇宙を支配したことを意味するのだから――。