異相英雄譚 作:ナオミインティライミ
───証明不可能命題。
今生きている現実が夢ではないと証明せよ。
無理である。不可能である。たとえ神であったとしても証明のしようがない。現実とは揺るぎないもののように思えるが、実際は酷く不確かなものだ。全て夢オチだったと言われてしまえばそれで終わり。
ここで話を飛躍させると、自我にも同じことが言える。自分の意志で選択しながら生きていると思っていても、それらは全てあらかじめ決まっていることなのかもしれない。脚本のようなものがあるのかも。途中途中の細かい出来事はともかく、不可避のイベントというのはあるのかもしれない。そうなるように決まっているのかもしれない。言い出したらキリがない。
とある仮面の愚者は言った。
この世は実に不確かで不安定で、だからこそ無価値で退屈だ。だったらせめて楽しくなるよう努力しよう。楽しくなるまで引っ掻き回そう。
僕はベル・クラネル。
迷宮都市オラリオで活動している冒険者だ。
所属は【ヘスティア・ファミリア】。冒険者になってから一年が経とうという頃、ようやく色んなことがわかってきた。世界のこととか、冒険者とはなんぞやみたいな話とか、本当に色々。
当初の目的はハーレムだったけど、不誠実な願いは徐々に消えていった。胸に宿ったのは決意だ。本気で英雄を目指して、憧れの人達と一緒に肩を並べて戦いたい。いずれ世界を救うために──なんて意気込んでいた僕は今、
「ダンジョンが地下にあるから、ここがオラリオで間違いないはずだけど……」
近づいてきた喧騒が僕の覚醒を促した。
ハッと目を開けると、周りに広がっていたのは見たこともない街並み。鉄で出来た巨大な建物が立ち並び、街中を走っているのは自動で走る乗り物。大きなスクリーンがいくつもあって、画面の中では様々な映像が流れている。
「……未来。信じたくないけど、この光景を見ちゃうとなあ……あぁ、帰れない。どうしよう」
直前までの記憶はなく、仲間達の姿はなく、親愛なるヘスティア様もどこにもいない。街を歩いている人達は誰も僕のことを知らない。そんな途方にくれてしまうような状況で、僕は一人の女の子に出会った。
「どうしようって〜? そんなの決まってるじゃん! 楽しむしかないよ!
小柄で可愛らしい少女、
幼げな顔をしているけど僕より年上とのこと。服装は極東風の衣装をフリフリにした感じで、色合いは上が赤でスカートが白。腕についたヒラヒラした物体は黒い生地にウサギの刺繍が入っている。
最初、うろたえながら街を彷徨っていた僕に、彼女は声をかけてきた。案内してあげると言われて一緒に行動を始めて、今日で八日目。
「ウサギちゃん聞いてる〜? こういう時はね、とってもいい方法があるの〜! 何も考えずに終わりが来るまで踊っちゃおう! 楽しいワクワク気持ちいいを最優先すればいいんだよ〜!」
「そんな簡単に言わないでよ……。あぁ、なんで僕はこんなことに……未来行きたいとか願ったこともないのに」
話していてすぐに判明したんだけど、火花ちゃんは刹那的な生き方を好んでいる。その時が楽しければいい。その時が満ち足りていればいい。だって一秒後に世界は終わるかもしれないし、そんな世界に価値はないから。突き詰めると、世界っていうのは本質的には退屈でできているから。
火花ちゃんは熱心に説いてくれたけど、凡人の僕にはあんまり理解できなかった。でも、ずっと火花ちゃんと喋ってたら段々頭がくらくらしてきて、何も考えないで一緒に楽しいことしたくなってくる。まだ半月も経ってないのに、僕は早くもやばそうだ。ヘスティアさま、たすけて。
「辛気臭い顔してちゃダメだよ〜! ここは
なんだろう、この可愛いを詰め込んだような見た目と声は。いや、それだけで好きになったりしないけど、耳を澄ませてると頭がくらくらしてくる。火花ちゃんのソプラノ声、催眠効果あったりしないよね?
「それは有難いけど……火花ちゃんはやることとかないの? ほら、仕事とか」
「火花の仕事はねぇ〜、楽しいことをもっと楽しくすることと〜、つまんないことでも楽しくすることと〜、ハッピエンドを見ながらケラケラ愉悦することかなぁ〜? とんでもない誤解とか大好物〜、アハハハハ!」
喋ってる内容は結構わからないけど、謎の中毒性があるように思える。苦痛じゃないしなぜか聞き入ってしまうのだ。とんでもない誤解ってなんだろ。間違って後ろ姿が似てる人に告白しちゃったみたいな?
「さあさぁウサギちゃん。今日もデイリークエストやっつけちゃおう! 働かざる者食うべからず〜! なんでもいいからモンスターを百匹倒してこよう! お食事代がタダになるからお得だよ〜。ホテル代も安くなるしね〜!」
デイリークエスト……オラリオで言う冒険者依頼みたいなものだけど、違うのは定型化してるってことと、報酬がショボいってこと。モンスター百匹倒したらタダでご飯が食べれて、安くホテルに泊まれる。他にもいくつかあるけど、もっとこう、それなりのお金が貰えたり武器の素材が手に入ったりとか、そういうのも欲しいところだ。
「行くよウサギちゃん! 出陣〜!」
「うん。行く……お金ないし」
財布の中には9ヴァリスしかない。実際の価値はそれ以下だ。僕が持っている硬貨は、この時代では価値が下がっているらしい。換算すると0.09ヴァリスだって。百分の一だ。大金持ってたら立ち直れなかったかもしれない。
「火花と一緒にどこまでも〜! アハハハハ!」
「ほんと楽しそうだなぁ……理由は全くわからないけど」
帰るための手段は
まあ、実際そうなんだと思う。
そして、天文学的な確率のイレギュラーを二回も経験するなんて現実的じゃない。僕はもう、ここで火花ちゃんと生きていくしかないのかもしれない。とことん連れ回すつもりみたいだから、行くあてもないし付き合おうと思っている。
「帰りたいけど、帰れない! 俺はどうしたらいいんだよ! 困った! 困ったよホント……」
金の長髪を後ろで結わえた青年、
「困ったぁ……あぁー……」
彼は酔っ払っていた。やけ酒であった。
故郷のひとつとも言える世界からここに来て、今年で七年目。望んで来たわけではない。盗まれた死体を取り戻そうと走っていたら、いきなり光に呑み込まれてワープさせられたのだ。
気付いたらこの街にいた。死体は取り戻すことができたが、帰る方法はわからない。
「あ〜……帰れないぃ」
「そうやって嘆くことしかできない。実に滑稽な姿ね」
今、喋ったのがその死体である。正確には完全に壊れていたはずの機械人形だ。見た目は人間となんら変わらず、触り心地からなにから人間そのもの。感情も備わっているので、もはや人間以外の何物でもないとまで言えた。
「嘆きたいのはワタシの方よ。何が悲しくて、アナタと二人で飲まなきゃいけないの」
「外食って言ったら乗り気だったじゃないか……」
空は恨めしげな視線を声の方向に向けた。
小柄で美しい少女だ。その相貌は精緻な人形のような酷く整っている。灰色がかった髪は右と左で結わえており、メイド服のような服装も合わせて見る者に品性を感じさせる。
「お酒を飲むとは聞いていなかったわ。自分の説明不足を棚に上げてワタシを睨む。なんて自分勝手な振る舞いなのかしら。その度胸は認めてあげる。ワタシを適当に連れ回すなんてね。随分とまあ、偉くなったみたいね?」
ただし、現在浮かべている表情は加虐的な笑み。鈴のなるような綺麗な声が奏でるのは皮肉だ。
「あんまりチクチクしないでよ、サンドローネ……もう少し仲良くしない? 現状、二人で協力していくしかないわけなんだし」
「協力? はっ。実に面白い
彼女はサンドローネ。
わけあって完全に壊れていた、修理不可の死んだ状態となっていた彼女だったが、保管されていた場所から盗み出される事件が発生した。その時、連絡を受けた空が犯人を追跡して追い詰め、どうにか奪還には成功したのだが……変な光に包まれてコレである。
わけのわからない街に飛ばされ、後に世界自体が異なっていることが判明して、今も帰ることができずにいる。
「キレキレだね……たまには優しくしてよ」
「ワタシはとても慈悲深いでしょう? ちゃあんとアナタの面倒を見てあげているんだもの。不満ならどこへなりとも逃げてくれて構わないのよ? あぁ、ごめんなさい下らないことを言ったわね。だって現実問題として逃げようとしたことなんて一度もなかったし。つまり、アナタは不満なんて感じていない。そういうことだものね」
「よく喋るね……酔ってる?」
「実に滑稽な質問ね。ワタシを誰だと思っているのかしら……フフフ」
あ、酔ってると確信するも、指摘すると狭い場所に閉じ込められかねないから黙っておく。前に寝込みを襲われて縛り上げられたことがあったが、あれは本当に怖かったからもう嫌だ。
(サンドローネが直ったのは本当に良かった……でも、ずっとここにいるわけにはいかないし……うん。誰でもいいから、帰る方法を教えて……教えてください)
なお、ここに来た時のサンドローネは死んだままだったが、三日くらい話しかけ続けていたらブチ切れながら目を覚ました。
直った理由は不明。
本人いわく『完全に直ってるし記憶に欠落もないわ』とのことだが、どうしてそんな奇跡が起こったのかは謎である。
(せめて誰かいないのかな……同じようにワープさせられた同志みたいな……それなら協力できる。仲間が増えて知恵も増えるのに……)
ここは
その気になればどんな願いでも叶えることができる、夢のある街。なんでも統率者は天理に近い力を持っているそうで、認められればお願いをなんでも一つ聞いてくれるらしい。空はそこに希望を抱いているのだが、統率者が誰なのか
サンドローネによれば『それ、都市伝説の類なんじゃないの?』とのことなのだが、他にアテがない以上は小さな望みにだって縋り付くつもりでいる。