予約投稿の不具合か何かですかね。
「…ちょっと。今の今まですっごい綺麗に完結した雰囲気だったわよね? 朝日も昇ったし、感動のBGMも流れてたわよね!?」
静寂が戻ったはずの三咲町。
引越しの荷物を抱えたミーナの前に、計算外の「最後のイレギュラー」が姿を現した。
バサリ、と紫の髪を揺らし、エルトナムの威容を纏って現れた少女、シオン。
だがその瞳は理性を失い、吸血種としての本能――暴走(タタリ)の残滓に侵食されていた。
「あー…シオンさん、だっけ。アトラス院の次期院長候補。…知性は高い。極めて高いわ。でも、今のアンタは『計算違い』を起こしてる。…さっちん、悪いけどまた荷物置いて。この子、放っておくと街の計算式を全部バグらせるわ」
EXTRA ROUND:夏の残響 vs 暴走シオン
「アッ…ア、アアア…! 計算が…収束、しない…。この、ブルーハワイの不純物を…排除、しなければ…!」
シオンがエーテライトを放つ。
それは分子レベルで相手を拘束し、思考を読み取るアトラスの極致。
だが、ミーナはその銀糸を素手で掴み取った。
「…計算が合わない? 当たり前よ。アンタのOSは『論理』で動いてるけど、私のOSは『生存(わがまま)』で動いてるんだから!」
ミーナがエーテライトを通じて、シオンの脳内に逆ハッキングを仕掛ける。
「いい、アトラスの天才さん。吸血衝動なんて、ただの『エネルギー不足の警告(エラー)』よ。そんなものに振り回されるなんて、知性が泣くわよ。…私の簒奪術式、アンタの回路に『上書き』してあげる!」
「な…思考、分割…簒奪…!? 貴女、一体…何の、演算を…っ!」
「簒奪・強制同期(強制労働モード)!!」
ミーナはシオンの暴走エネルギーを強引に引き抜き、それを自分の「引越し作業の動力源」へと変換・バイパスした。
「…は、はぁ。…私、は…一体…?」
数分後。
瞳の赤みが消え、シオンはその場に膝をついた。
暴走は収まり、彼女を苦しめていた計算の濁流は、ミーナという「巨大なダム」に吸い込まれて消えていた。
「おはよう、シオンさん。気分はどう? ちなみに今、アンタの魔力で私の家の洗濯機が300回分くらい回せるようになったわよ」
「…計算外、です。第十二位…貴女の存在は、アトラス院のどの未来予測にも存在しなかった。…これほど効率的に、かつ強引に事象をねじ伏せる個体がいたなんて」
シオンは呆然とミーナを見上げ、それから隣にいるさつきを見た。
「…さつき。貴女、とんでもない『お姉さん』を見つけましたね」
「えへへ、でしょ? でもミーナさん、シオンさんも一緒に暮らすことになったら、我が家の食費(魔力)計算がもっと大変なことにならない?」
「…。…シオンさん、アンタ、九九は得意?」
「…? 2秒で九の段まで終わりますが」
「採用!! さあ、アンタも荷物持って! ちょうど知性の高い『家庭教師』が欲しかったのよ!」
こうして、三咲町の引越し作業に、アトラス院の天才錬金術師までが(半強制的に)加わることになった。
知性は高いが、使い道が常に「家庭の平和」に全振りされる。
ミーナとさつき、そして時々シエルやアルク、そして新しく加わったシオン。
賑やかすぎる彼女たちの日常は、どんな計算式でも予測できないハッピーエンドへと向かっていく。
「さあ、みんな! 引越し終わったらブルーハワイパーティーよ!!」
「「「…それは、遠慮しておきます」」」
引越しの片付けを終え、シオンに九九の七の段を教わっていた(※全問正解してドヤ顔した直後)ミーナの顔から、一気に血の気が引いた。
「…ちょっと。今の、聞こえた? 私の知性が『全力で逃げろ』って警報を鳴らしてるんだけど」
空間の歪みから届けられたのは、黒い犬を連れた「真祖の姫」とは対極に位置する存在からの、あまりにも丁寧で、あまりにも逃げ場のない招待状。
死徒二十七祖 第九位 アルトルージュ・ブリュンスタッド。
「…さっちん。私、今から死ぬわ。いえ、もう死んでるけど、概念的に消滅してくるわ。よりによって『黒の姫君』からお呼び出しなんて、これ完全に『生意気な新入り(12位)を分からせてやる』っていう定例会(リンチ)じゃないのよぉぉぉ!!」
「ミーナさん、落ち着いて! ほら、シオンさんもいるし、一緒に行けば…」
「無理です。エルトナムの計算機が『生存確率:0.00001%』を叩き出しました。ミーナさん、貴女のこれまでの行い(真祖の猫耳化、タタリの解体)が、ついに死徒の頂点層の逆鱗に触れたようです」
シオンが無慈悲に告げる。
ブルーハワイの匂いが「高貴な死徒の集まり」で浮きすぎる。
「九九ができない12位」として、死徒界の恥だと粛清される。
本音としてはマジで行きたくない。
家でアイス食べて寝たい。
「…嫌。絶対に行きたくない。怖い。アルク様ですら手に負えないお姉様でしょ!? 私みたいな、中身が社畜のブルーハワイ死徒が行ったら、1秒で黒いワンちゃんの餌食よ!」
ミーナは新居の柱にしがみつき、涙目でジタバタとのたうち回った。
知性は高い。
ゆえに、相手がどれほど「理不尽の塊」であるかを理解しすぎてしまうのだ。
「…決めた。私、行かない。今から『事象簒奪』で、私という存在をこの世から5分間だけログアウトさせる! さっちん、もし黒い服の怖い人が来たら、『ミーナは今、並行世界のネロおじさんの胃袋へ出張中です』って言って!」
「ミーナさん、それ逆に見つかった時が怖いよぉ!」
「…逃げられませんよ、夏の残響。既に彼女の『影』が、この部屋の隅まで届いています」
シオンの言葉通り、部屋の影がじわりと伸び、そこから不気味な、しかし圧倒的に高貴なプレッシャーが漂い始める。
「…あ、あうぅ…。サイアク…。なんで私の人生、こうも中ボスからラスボス、果ては隠しボスまで一気に押し寄せてくるのよぉぉぉ!!」
第十二位「夏の残響」、最大最凶の接待(生存戦略)へ。
ガクガクと震える足をブルーハワイの魔力で固定し、彼女は引きずられながら黒の姫君のもとへと向かう羽目になるのであった…。
「…あ、あの、ええと。こ、これ…宜しければ。お近づきの印に…」
黒い影が渦巻くアルトルージュの玉座。
そこには、圧倒的な美しさと残酷さを同居させた「黒の姫君」が、退屈そうに頬杖をついて座っていました。
その目の前で、ミーナは生まれたての小鹿のように震えながら、ガタガタと音を立ててシルバーのトレイを差し出しました。
載っているのは、彼女の全存在(と魔力)を賭けて錬成した、最高級エメラルド・ブルーハワイかき氷。
「…何かしら、これは。私を毒殺するつもり? それとも、この安っぽいシロップの匂いで私を挑発しているのかしら、第十二位」
アルトルージュの瞳が冷たく細められます。
その傍らに控える「プライミッツ・マーダー」が、ミーナの喉元をいつでも食い破れるように低く唸りました。
「ひっ!? い、いえいえ! 滅相もございません! これは私の権能『事象簒奪』によって、夏の清涼感と糖分を極限まで濃縮した、死徒界最新のトレンドスイーツでして…! 毒なんて、そんなコスパの悪いこといたしません!」
「……」
アルトルージュは、怪訝そうに一口、氷を口に運びました。
…一瞬、彼女の眉がピクリと動きました。
「…味は、悪くないわね。けれど、おかしいわ。貴女から感じる魔力量と、この『第十二位』という座が、私の計算の中で全く結びつかない。…貴女、本当にあのヴローヴを退け、ワラキアを解体した本人なの?」
「え、あ、はい。一応、その…タイミングと運と、あとはちょっとしたハッキングというか、社畜時代の火事場の馬鹿力というか…」
「…少し、試させてもらうわよ」
アルトルージュが指先を軽く振った瞬間。
部屋中の影が鋭い刃となって、ミーナの全方位から殺到しました。
本来なら、二十七祖ですら数秒で肉片に変わる一撃。
「ひえぇぇぇ! 【簒奪・自動定時退勤(フル・オート・ログアウト)】!!」
ミーナがパニック状態で叫ぶと、彼女の体は物理法則を無視して、残像すら残さず「横に3センチ」だけズレました。
攻撃はすべて空を切り、ミーナはそのまま床に転がって「ごめんなさいごめんなさい!」と九九を叫び始めました。
「しちいちがしち! しちにじゅうし! しちさんにじゅういちぃぃ!!」
「………」
アルトルージュは、上げた手を止めて硬直しました。
今のは、確かに凄まじい「理」の簒奪だった。
攻撃が当たるという『結果』そのものを、生存本能だけで書き換えた神業。
…しかし、その後の姿があまりにも、救いようがないほどに『残念』すぎる。
「…ねえ、リタ。今のは何? 私は、世界の深淵を覗く新たな怪物を呼んだつもりだったのだけれど。…そこに転がっている、ブルーハワイの匂いをする生物は何かしら」
「…姫様。残念ながら、観測データに間違いはありません。あれが、今代の第十二位…通称『夏の残響』です。知性は高いはずなのですが、その運用方法が致命的に欠落しているようで…」
アルトルージュは、深く、深いため息をつきました。
「…分かったわ。もういい。貴女、もう帰って。殺す気も失せたわ…。あと、その『しちし』の後が何だったか、気になって夜も眠れなくなりそうだから、今すぐ答えを置いていきなさい」
「ひっ、はい! しちし…しちし…二十八(にじゅうはち)です、姫様!!」
「…。…そう。合っていて逆に腹が立つわね。…消えなさい」
命からがら三咲町へ強制送還されたミーナ。
新居の玄関に倒れ込む彼女からは、もはやブルーハワイというよりは、冷や汗の匂いしかしていませんでした。
「…さ、さっちん…。私、アルトルージュ様に『九九を教える家庭教師』として認定されちゃったかもしれない…」
「ええっ!? それって、また呼ばれるってこと?」
「…サイアク。もう、第十二位の看板、フリマアプリとかで売っちゃダメかなぁ…」
知性は高い(※特定の条件下のみ)。格も足りている(※ただし精神性が全く追いつかない)。
黒の姫君に「殺す価値なし(珍獣枠)」として認められてしまったミーナの明日は、どっちだ
「…ねえ、さっちん。今だから白状するけど、私、実は『血を吸わない』んじゃなくて、『血を飲んだら一撃でお腹を壊す』体質なことが判明したわ」
アルトルージュとの冷や汗ダラダラの面会から帰還し、ようやく落ち着きを取り戻した新居のキッチン。
ミーナは、お腹をさすりながら衝撃の事実を告白しました。
「ええっ!? 死徒なのに!? 吸血種なのに!?」
さつきがひっくり返らんばかりに驚きます。
横で計算をしていたシオンも、思わずペンを止めてミーナを凝視しました。
「そうなのよ。知性が高すぎるゆえの拒絶反応かしら…。試しに、あのアルク様が『これなら大丈夫よ!』って分けてくれた最高級の(?)魔力結界入りの輸血パックを一口舐めてみたんだけど…」
ミーナは遠い目をしながら、その時の惨劇を振り返ります。
「直後、私の胃腸が『簒奪されたァァァ!』って叫び声を上げて、全回路がシャットダウン。三日三晩、トイレから一歩も出られなかったわ。第十二位の権能をすべて『括約筋のガード』に回した戦い…ヴローヴ戦よりキツかったわね」
血液を摂取すると、魔術回路が猛烈な「拒絶」を起こし、事象簒奪が自分のお腹に対して発動する。
ブルーハワイかき氷、あるいは空気中のエーテルを「胃腸を通さず」直接魔力に変換する。
シオンの分析では 「…吸血種としての『欠落』を埋めるための器官が、完全にブルーハワイ専用に最適化(バグ)されています。もはや生物学的な吸血種ではなく、『かき氷駆動式・事象干渉端末』ですね」とのこと。
「…だから、アルトルージュ様に『なんで血を吸わないの?』って聞かれた時も、本当は『お腹ピーピーになっちゃうからです』って言いたかったんだけど、流石に殺されると思って九九で誤魔化したのよ!」
「ミーナさん、それ…逆に言うと、一生ブルーハワイ以外の選択肢がないってこと?」
「そうなのよ! 私は死ぬまで、この甘ったるいシロップと付き合っていく運命なの! 死徒界のグルメ王になんて絶対になれないわ!」
ミーナは、テーブルに置かれたブルーハワイの瓶を、愛憎入り混じった目で見つめました。
「…ま、いいわ。血を飲んで苦しむくらいなら、私は誇り高き『下痢気味の簒奪者』として生きていくわ。さあ、シオンさん! 私の胃腸をハッキングして、もっと効率よくブルーハワイを吸収できる術式を組みなさい!」
「…不可能です。というか、その知性を少しはマシな方向に使いなさい」
知性は高い。
格も足りている。
しかし、その胃腸はあまりにも「人間以上に繊細」だった第十二位。
血の味を知らず、青いシロップの味に全てを捧げた彼女の伝説は、今日も三咲町のトイレの個室(結界済み)から響き渡るのでした。