「あはは! 大丈夫よミーナ! 私、真祖だもん! お腹を壊すなんて概念、私の辞書にはないわ!」
アルクェイドは、ミーナの新居(まだ段ボールが残っている)のソファで、自分の家のようにくつろぎながら笑い飛ばしました。
「…あの、姫様。それは重々承知しておりますが、その励まし、今の私には『鋼鉄の胃袋自慢』にしか聞こえないんです。それに、その…」
ミーナは、チラリと壁の時計を見ました。
アルクェイドがこの部屋に居座り始めて、はや数時間。
彼女がいるだけで、部屋の霊脈が活性化しすぎて、電化製品が変な音を立て始めています。
「姫様、そろそろ『千年城』とかに帰らなくて大丈夫なんですか? ほら、朱い月の方々とか、おじいさま(ゼルレッチ)とかが『あいつ、また現代っ子に馴染みすぎて帰ってこないぞ』って心配して…というか、怒ってません?」
「えー? いいじゃない、別に! 志貴は学校だし、あっち(城)は広すぎて寂しいんだもの。それに、ミーナのこの青いかき氷、見てる分にはとっても涼しげで楽しいわ!」
「見てる分には、ですか。そうですか」
ミーナは遠い目をしました。
知性は高い。
ゆえに分かります。アルクェイドという「最強の自由人」が居座ることで、自分の隠居生活の難易度が爆上がりしていることに。
「…姫様。あのですね。真祖の姫が、第十二位の死徒と、元・一般人のさっちんと、アトラス院の天才と一緒に、ブルーハワイを囲んで女子会してるっていう状況、もしシエルさんが見たら『三咲町ごとカレーの海に沈める』レベルの案件ですよ?」
「大丈夫よ! シエルならさっき、廊下でシオンに『この家のセキュリティ、カレーの匂いがするんですけど!?』って詰め寄られてたから!」
「…もうダメだ、この家。カオスすぎて、私の繊細な胃腸がまた簒奪されそう…」
ミーナは、お腹を押さえながらキッチンにへたり込みました。
最強の真祖は帰る気ゼロ。代行者は玄関先で錬金術師と口論中。
「夏の残響」としての威厳など、この家の賑やかさの前では、かき氷のように溶けて消えていく運命なのでした。
結局、その日の夜
アルクェイドは結局、「ミーナのお腹に優しい、概念的ブルーハワイ(魔力のみ)」を作るまで帰らないと宣言。
「ほら、ミーナ! 私がこの氷に『健康』の概念を上書きしてあげるわ! これで明日から、血を飲んでもお腹を壊さない…最強の胃袋を持つ第十二位の誕生よ!」
「やめてぇぇぇ! 姫様の『健康』って、多分、私の体が耐えられなくて爆発するタイプの健康ですよぉぉぉ!!」
ミーナの悲鳴が、今夜も三咲町の月夜に響き渡ります。
「…ちょっと、ミーナさん。いい加減になさい」
玄関先でシオンと「カレーの概念的防壁」について高度(かつ不毛)な議論を交わしていたシエルが、呆れた顔でリビングに踏み込んできました。
そこには、アルクェイドの無邪気なエネルギーに振り回され、ボロ雑巾のように床に伸びているミーナの姿。
「貴女、一応は二十七祖の位階に名を連ねる『夏の残響』でしょう? 普段からそんなに情けない声ばかり出して…。貴女は黙ってさえいれば、それなりに可愛らしいのだから、少しは自覚を持ってちゃんとしなさい」
「…えっ?」
ミーナの動きが止まりました。
知性は高い。
ゆえに、今シエルが放った言葉の裏表を瞬時に演算します。
「黙っていれば」という強烈な皮肉はさておき、あの毒舌な代行者が、さらりと自分の容姿を「可愛い」と肯定した。
ミーナはよろよろと立ち上がり、段ボールの隙間に置かれた姿見の鏡の前に立ちました。
「…可愛い。…私、可愛い…?」
鏡に映るのは、月光を反射して輝く銀に近い白髪。
死徒特有の透明感のある肌。
そして、情けない表情さえ消せば、どこか儚げで高貴な印象を与える、整った顔立ち。
これまでは「生き残ること」と「お腹を壊さないこと」に必死すぎて、自分の容姿を「ステータス画面の一部」としてしか見ていませんでした。
「…あ、本当だ。私、結構イケてる。…というか、普通に美少女の部類じゃない? 少なくとも、この街のメインヒロインたちと並んでも、モブキャラには見えないわよ…!」
「…今更ですか? 貴女のその容姿が、周囲の警戒心をどれほど無意識に解いているか、計算に入っていなかったのですか?」
シオンが眼鏡をクイと上げながら追い打ちをかけます。
「…そっか。私、可愛いんだ。第十二位で、知性が高くて、しかも可愛い。…あれ? もしかして私、最強じゃない?」
先ほどまでの「胃腸が弱い社畜」のオーラが消え、ミーナの背筋がピンと伸びました。
少し…いえ、かなりの自信。
自分の美貌を再確認したことで、彼女の簒奪者としての格に「自己肯定感」という名の、最も厄介で強力なバフがかかってしまったのです。
「…決めたわ! 私、これからは『残念な知性派』じゃなくて、『可憐な知性派』として売っていくわ! アルク様、見ててください! 私のこの可愛さで、世界の理不尽をメロメロに簒奪してやるんだから!」
「あはは! ミーナ、なんだか面白くなってきたわね! 応援するわよ!」
「…余計なことを言いました。これ、さらに面倒な性格になりますよ」
シエルが額を押さえて後悔しますが、時すでに遅し。
自信(という名の勘違いの種)を手に入れたミーナは、鏡の中の自分に向かって、最高に「可愛い」ポーズを練習し始めるのでした。
「…決めたわ、さっちん! 今日の私は『可憐な知性派・第十二位』よ。この美貌とカリスマで、三咲町の視線を独占(簒奪)してあげるんだから!」
自信に満ち溢れたミーナは、新居で一番オシャレな服(といっても、以前どこかの貴族の蔵から『簒奪』してきたヴィンテージもの)に身を包み、さつきの手を引いて街へと繰り出しました。
「ミーナさん、本当に今日の雰囲気、違うね…。なんだか、隣を歩くのがちょっと恥ずかしいくらい綺麗だよ」
さつきが少し照れながら言うと、ミーナは鼻を高くして、あざとく首を傾げました。
「ふふん、気づくのが遅いわよさっちん! さあ、今日は引越しの打ち上げも兼ねて、女の子二人で最高のデートにするわよ! 私がエスコートしてあげる!」
中央通りで視線の簒奪
街を歩く人々が、思わず足を止めます。
「銀髪の超絶美少女」と「儚げな黒髪美少女」。
その対比は、まるでおとぎ話から抜け出してきたかのよう。
「…ねえ、さっちん。今の見た!? あの通行人、私を見て3秒フリーズしたわよ! これが…『可愛い』の暴力ね!」
「…ミーナさん、嬉しそうだけど、ちょっと自惚れすぎじゃないかなぁ」
カフェ「アーネンエルベ」で知的なティータイム
「すみません、この『ブルーハワイ・フロート』を二つ。あ、私のはシロップ3倍、アイス抜き、氷多めで。胃腸に優しくしてね」
「…お客様、それはもはや飲み物というより、ただの青い氷ですが…」
店員に不審な目で見られても、今のミーナは揺らぎません。
可愛い顔で微笑めば、大抵のわがままは「こだわり派のお嬢様」として処理されることを学んだからです。
公園のベンチにて束の間の静寂
青い氷をかじりながら、二人は並んで座ります。
「…ねえ、さっちん。私、今まで生き残ることに必死で、自分のことなんて鏡で見る余裕もなかったけど…。こうして、可愛い服を着て、大好きな子とデートできるなんて…。死んでからの方が、ずっと『生きてる』感じがするわ」
ミーナが少しだけ真面目な顔で、さつきを見つめました。
「…うん。私も、ミーナさんと出会えて良かった。…吸血種になっちゃったのは大変だったけど、こうして二人で笑っていられるなら、それも悪くないかなって」
さつきがスマホを取り出して、「自撮りしよ!」と提案しました。
「はい、チーズ!」
画面の中には、満面の笑みを浮かべるさつきと、少しだけ照れながら、それでも自信満々にピースサイン(と、口角を完璧な角度に上げた『可愛い私』)を作るミーナの姿。
「…できた! 最高の写真だね、ミーナさん!」
「見せて…! …完璧。これ、シオンとシエルさんに送りつけて、敗北感を味わわせてやりましょう!」
「それはやめた方がいいと思うな…」
夕暮れ時、二人は手を繋いで帰路につきました。
知性は高い。
格も足りている。
そして自覚した「可愛さ」という新たな武器。
第十二位「夏の残響」は、単なる吸血種を超えて、三咲町の日常という名のステージを、今日も華麗に(そして残念に)歩み続けるのでした。
「…ねえ、さっちん。明日は、志貴くんも誘って、三人でどこか行かない?」
「うん、そうだね! でもその前に、夕飯の買い出しだよ。ミーナさんは荷物持ちね!」
「…可憐な美少女に荷物を持たせるなんて、さっちんも相当な簒奪者ね!」
「…ええっ!? ま、埋葬機関んんっっ!?」
新居のリビングで、ミーナが飲んでいたブルーハワイ(の原液に近い何か)を盛大に吹き出しました。
対面に座るシエルは、至って真面目な顔で、差し出されたカレーを咀嚼した後に口を開きます。
「ええ。あくまで『籍だけ』、いわば非常勤の協力者(アドバイザー)としての打診です。…貴女というイレギュラーを野放しにするよりは、教会の管理下に名前だけでも置いておいた方が、上層部の老人たちも納得しますから。それに…」
シエルは眼鏡を指先で上げ、少しだけ声音を落としました。
「貴女、先日のデートで自分の容姿に自信をつけたのでしょう? 埋葬機関のバッジは、ある種のデザイン性も高いですよ。『可愛くて最強の執行官』…なんて、貴女の自意識をくすぐる響きではありませんか?」
メリットとして 教会から追われる心配が(公式には)なくなる。
「埋葬機関・第十二位」という、中二病が加速しそうな肩書きが手に入る。
支給される福利厚生で、最高級のブルーハワイシロップが経費で落ちるかもしれない。
デメリットとして仕事内容がエグい。
ナルバレックとかいうヤバい上司にこき使われる。
胃腸が弱いのに、辺境の聖地とかに派遣されたら死ぬ(主にトイレ的な意味で)。
そもそも、自分は「死徒」なので、同僚にいつ刺されてもおかしくない。
「…シエルさん。知性が高い私には分かります。それ、名前だけ貸して、いざとなったら『ちょっとあそこの祖を簒奪してきて?』ってパシリに使う気満々ですよね!?」
「人聞きが悪いですね。ただの適材適所です。貴女なら、戦わずして相手を『残念な気持ち』にさせて無力化できそうですし」
「…褒めてない! 絶対に褒めてないわ!」
ミーナは「ふんっ」と胸を張り、鏡で確認したばかりの『可憐な私』を強調するようにポーズを決めました。
「でも…まあ。さっちんとの平穏な生活を教会に邪魔されないための『保険』としては、悪くない話ね。…いいわ、条件付きで受けてあげる!」
「条件、ですか?」
「一つ!出動は週休5日、残業なしの完全フレックス制!」
「二つ!任務地には必ず清潔なトイレとブルーハワイの補給路を確保すること!」
「そして三つ! …私のバッジだけ、特別に可愛くデコらせなさい!」
「…。…検討しておきます(※絶対に却下されるでしょうが)」
シエルは深くため息をつきましたが、これで「第十二位:夏の残響」は、名実ともに魔術・教会・吸血種の三界を股にかける、史上最も「残念で可愛い」三重スパイ(?)への道を歩み始めたのでした。
「…さっちん、見て! 私、今日から『エージェント・ミーナ』よ! 悪の組織から世界を守る、正義のヒロインっぽくない!?」
「…ミーナさん、それ、ただの教会のパシリだよってシオンさんが言ってるよ?」
「シオンさんは黙ってなさい! 知性が高い私には、これが『勝利の門出』に見えるんだから!」
三咲町の平和は、こうして一人の「可憐な簒奪者」の(名義貸し的な)犠牲によって、今日も守られていくのでした。