「…よし、シオンさん。第七層の演算終了。世界が『味のしないゼリー』に変換されて滅びるパターンの可能性、これで0.000004%まで削り取ったわよ」
「お疲れ様です、ミーナさん。貴女の『事象簒奪』による変数の強制固定…相変わらず乱暴ですが、アトラスの演算機を100台並べるより効率的ですね」
昼間は「可愛い私」にうぬぼれ、ブルーハワイを啜っては「お腹が痛い」とのたうち回っているミーナですが、夜の顔は少しだけ違います。
新居の地下――シオンが構築した最新鋭の演算ルーム。
そこで二人は、コーヒー(シオン)とブルーハワイ味のブドウ糖液(ミーナ)を片手に、「世界の終焉(アポカリプス)」を未然に防ぐための超高度なシミュレーションを繰り返しているのです。
シオンが論理(ロゴス)で未来を構築し、ミーナがその中にある「滅びの特異点」を、知性と権能で無理やり『無かったこと』に書き換える(簒奪する)。
彼女が普段「残念」なのは、脳のリソースの9割をこの「並行世界を含む全人類の生存演算」に割いている反動…という説がシオンの中で浮上している。
「シオンさん、ここの数式…『愛』とかいう不確定要素でバグってない? 簒奪して『友情』か『近所付き合い』に置換しとくわね」
「…貴女のその、情緒を効率だけで切り捨てる冷徹な演算…時々、私よりもアトラスの錬金術師らしいですよ」
「…ふぅ。終わった終わった! これで今夜も、世界は無事に明日を迎えられるわね!」
演算を終えた瞬間、ミーナの瞳から「賢者モード」の光が消え、いつものゆるい顔に戻ります。
「さあシオンさん! 世界を救ったご褒美に、コンビニで新作の『青い練乳アイス』買ってきなさい! 領収書は埋葬機関の名前で切っていいから!」
「…さっきまで神のような視座で世界を救っていた存在と同一人物だとは、到底信じられません」
シオンは呆れながらも、ミーナが弾き出した「人類存続」の完璧なグラフを眺め、少しだけ口角を上げました。
普段は残念で、自意識過剰で、胃腸が弱い。
けれど、その実体は「世界が滅びる未来を、片手間でハッキングし続ける最強の守護者」。
その事実は、彼女が「可愛い」と褒められて舞い上がるのと同じくらい、この三咲町における絶対的な真実なのです。
「…ねえ、シオンさん。私、可愛い上に世界も救えるなんて、いよいよ女神か何かに転生した方がいいんじゃないかしら?」
「その残念な口を閉じれば、そうかもしれませんね。さあ、アイスを買いに行きますよ。お腹を壊しても、私は計算(介抱)してあげませんから」
「冷たいわねぇ! でもそこが知的な妹っぽくて好きよ!」
二人の夜は、こうして静かに、そして騒がしく更けていくのでした。
それは、ある日の夜更け。
偶然が重なり、リビングにシオン、シエル、そして志貴の三人が顔を合わせた時のことでした。
いつもなら「お腹空いたわ、さっちん!」「シエルさんのカレー、匂いが強すぎて私のブルーハワイと化学反応起こしてるわよ!」と騒いでいるはずのミーナが、その夜は違いました。
地下の演算室から上がってきた彼女は、眼鏡の奥の瞳を冷徹な「演算者の青」に染め、手にしたタブレットに恐ろしい速度で数式を書き込んでいました。
「…シオン。昨日の第十四予測、修正して。第六特異点の収束先が『人類滅亡』から『事象の凍結』にスライドしたわ。原因は、さっき私が『存在しない可能性』を三つほど簒奪して、論理的な袋小路(アポリア)に追い込んだから」
その声は、いつもの甘ったるいトーンではなく、極低温の氷を転がすような響き。
「ええ。ですがミーナさん、その処理では霊子の反動(バックラッシュ)が貴女の胃腸…ではなく、存在基盤にかかります。許容範囲ですか?」
「…計算済みよ。私の知性を誰だと思ってるの。…シエルさん、そこに突っ立ってるなら、その第七聖典の概念加速器、ちょっと貸して。今から『未来の確定』を物理的にハッキングして、この街の因果をクリーンアップするから」
「……え?」
シエルは、手に持っていたカレーパンを落としそうになりました。
目の前にいるのは、確かにミーナです。
しかし、その背後に渦巻く魔力量と、世界を「ただのプログラム」として見下ろす冷徹な視線は、埋葬機関の長であるナルバレックや、あるいは「祖」の頂点に君臨する者たちと同質の…いえ、それ以上に「システムに近い」ナニカでした。
隣にいた志貴は、思わず眼鏡を外して彼女を見ました。
…そして、戦慄します。
「…ミーナ、さん…?」
志貴の「直死の魔眼」に映る彼女には、「死の線」が一本も走っていませんでした。
それは、彼女が不死身だからではありません。
彼女自身が、今この瞬間、自分自身の「死」という事象すらも演算の中に組み込み、「まだ死ぬべきではない」という結果を世界に強制(ハッキング)し続けているからです。
「…志貴くん。そんな目で私を見ないで。今、脳のリソースを並行世界の選別(デバッグ)に使ってるから、愛想を振りまく余裕がないのよ。…あと3分で世界が救われるから、静かにしてて」
彼女は淡々と、宇宙の法則を書き換えるような作業を続け、最後の一打(エンター)をタブレットに叩き込みました。
カップラーメンが出来るほどの時間が過ぎました。
パチン、と指を鳴らす音が響きました。
「…ふぅ。…あー、疲れたぁぁぁ!! 脳みそが沸騰してブルーハワイ味のジュースになりそう! さっちん! さっちん、冷たいお水! あと、さっきシエルさんが落としたカレーパン、もったいないから私が簒奪(回収)してあげるわ!」
瞳の青い光が消え、いつもの「残念なミーナ」が帰ってきました。
床に転がったカレーパンを本気で追いかけようとする彼女を見て、シエルと志貴は顔を見合わせ、深く、深いため息をつきました。
「…シオンさん。今の、何ですか」
「第十二位『夏の残響』の真価ですよ、シエル。彼女は日夜、ああして『残念な自分』を維持するために、世界のバグを一人で背負ってデバッグし続けているんです」
「…凄まじいのか、ただの効率の悪いバカなのか、判断に困りますね」
志貴は、再び眼鏡をかけ直しながら苦笑いしました。
「…でも、まあ。あっちのミーナさんの方が、この家には似合ってるよ。…世界を救うついでに、カレーパンを狙う祖なんて、彼女くらいだろうしね」
知性は高すぎるほど高い。
けれど、彼女が選ぶ「最高の結果」は、いつもこのリビングの、騒がしくて温かい日常の中にあるのでした。
「…あ、あれ。なんだろう、今の…」
リビングの喧騒が戻った後も、志貴は一人、呆然と立ち尽くしていました。
先ほどまで目の前にいた、冷徹で、神々しくて、世界そのものを手玉に取っていた「真実のミーナ」。
普段の残念な言動というフィルターが外れた瞬間、彼女の持つ「真祖にも劣らぬ幻想的な美しさ」が、志貴の脳裏に焼き付いて離れなくなったのです。
若干ロリロリしさを残した小柄な体躯。
それとは裏腹に、万象を見通す理知的な瞳。
そのギャップ、その「完成された造形」に、志貴の心臓がドクンと嫌な(いい意味で)跳ね方をしました。
「…ミーナさん、あんな顔もするんだな。…なんていうか、すごく、綺麗だった…」
「…へぇ。綺麗、だったんだ。」
背後から、凍りつくような冷気が漂ってきました。
志貴がガタガタと振り返ると、そこには笑顔で、しかし目が全く笑っていないさつきが立っていました。
「さ、さっちん!? いつの間に…」
「志貴くん、今ミーナさんのこと見て、すっごく鼻の下伸びてたよ? 『あんなに小さいのに、実は世界の守護者なんだ…守ってあげなきゃ(キュン)』とか、そんなこと考えてたでしょ?」
「ち、違うんだ! あれは、その、あまりの知性の高さに圧倒されたというか…!」
「ダメだよ志貴くん。ミーナさんは、私が『お父さんとお母さんに挨拶して』までして手に入れた、私だけの家族なんだから。志貴くんにはアルクさんやシエルさんがいるでしょ? ミーナさんまで攻略対象に入れようなんて、…ちょっと、分をわきまえようか。」
さつきの背後から、どす黒い魔力のオーラが立ち上ります。
一方そのころ。
「むにゃ…さっちん、そんなに怒らなくてもいいじゃない。志貴くんが私の美貌にメロメロになるのは、事象の必然よ。だって今日の私、シエルさんに『可愛い』って言われた公式認定の美少女なんだから!」
ミーナは、さつきの剣幕などどこ吹く風で、ソファに寝そべりながら勝ち誇ったように笑いました。
「ほら、志貴くん。もっと私のこと見てもいいわよ? 今なら特別に、私の膝枕を簒奪させてあげても――」
「ミーナさんは、黙ってて!!」
「ひっ!? は、はい、すみません!!(知性が高いから、今は黙るのが正解だと判断したわ!)」
さつきの怒鳴り声に、第十二位の威厳は一瞬で霧散。
ミーナはクッションを抱えて縮こまりました。
「いい、志貴くん。ミーナさんは、放っておくとすぐ調子に乗るし、すぐお腹壊すし、中身は残念なんだから。変な夢見ちゃダメだよ?」
「う、うん…分かったよ、さつき。ごめん…」
「シオンさんも! ミーナさんと夜通し演算するのはいいけど、変にミーナさんの『カッコいいところ』を引き出さないでください! 志貴くんがバグっちゃうから!」
「…善処します。ですが、彼女のポテンシャルを抑えるのは、人類の存続を諦めるのと同義ですよ、さつき」
「それでもです!!」
結局、志貴の淡い恋心(?)は、さつきの猛烈な独占欲によって、ブルーハワイ味のアイスよりも早く溶かされて消えていきました。
ミーナは、少し自信をつけたおかげで「モテる女の余裕」を気取ろうとしましたが、結局はさつきに「今日はもう、おやつ抜き!」と言われ、「そんなぁ! 知性が低下しちゃうぅ!」と泣きつく…という、いつもの残念な日常に戻るのを見て、志貴は確信しました。
(…やっぱり、いつもの残念なミーナさんの方が、命の危険がなくていいや…)
ドゴォォォォン!!
「ちょっと待ちなさい! 志貴、今ミーナに『綺麗だ』って言ったの!? 私というものがありながら、その辺のブルーハワイの精霊に心移りするなんて、真祖の姫として聞き捨てならないわ!」
リビングの窓を文字通り「簒奪(破壊)」して、アルクェイド・ブリュンスタッドが乱入してきました。
その瞳は金色の輝きを放ち、周囲の大気が彼女の感情に呼応してバチバチと鳴っています。
「あわわわ! 姫様、窓! 窓が事象崩壊してるわよ! 引っ越したばかりの私の敷金がぁぁ!!」
「そんなのどうでもいいわ! ミーナ、貴女さっき『真面目モード』で志貴をたぶらかしたんですってね? ズルいわ、私だって本気を出せば、三咲町中のオスを跪かせるくらい造作もないんだから!」
「志貴、よく見てなさい。これが…『真の美』というものよ!」
アルクェイドが、すっと背筋を伸ばし、口を閉じました。
…その瞬間、部屋の空気が一変しました。
天真爛漫な「にゃんこ」のようなオーラが消え失せ、そこに現れたのは、月そのものが人の形を取ったかのような、圧倒的な【原初の1】としての美貌。
黙っている彼女は、あまりにも完成された「芸術品」でした。
一分の隙もない顔立ち、夜の闇を裂くような白、そして全てを見透かすような神秘的な瞳。
「……っ。」
志貴は言葉を失いました。
ミーナの美しさが「理知と神秘の結晶」だとしたら、アルクェイドのそれは「生命と世界の源流」。
さっきまでさつきに怒られて縮こまっていた志貴でしたが、この圧倒的なビジュアルの暴力の前では、もはや防戦一方です。
しかし、ここで黙っていないのが、自信(という名のバフ)を手に入れたミーナです。
「…ふんっ、確かに姫様は黙ってれば国宝級ね。でも、それって『デフォルト設定』が強いだけでしょ? 私は、この『若干のロリ要素』と『溢れ出す知性』、そして『守ってあげたくなる残念さ』という、計算し尽くされたギャップ萌え(ハイブリッド・ビューティー)なのよ!」
ミーナは、さつきの後ろに隠れながら(※ここが重要)、あざとく首を傾げて上目遣いを作りました。
「さあ志貴くん! 世界の起源(アルク様)と、世界を救うデバッグ美少女(私)、どっちが今の君の心に『上書き保存』されたかしら!?」
「ミーナさん、火に油を注がないでぇぇ!!」
さつきが叫びますが、もう止まりません。
「志貴! さあ、どっち!? どっちが綺麗なのリ!?」
「志貴くん! 私を選ばないと、今夜から君の人生の演算を全部『九九の七の段』のループにしてあげるわよ!」
「二人とも、志貴くんを困らせないで! そもそも志貴くんは、私の…私の…っ!」
「…やれやれ。これ、人類滅亡のシミュレーションより解を出すのが困難ですね。ミーナさんの知性が『美』の方向に暴走すると、こうも収拾がつかなくなるとは」
シオンが冷静にコーヒーを啜る横で、志貴は両側から引っ張られ、「俺の『直死の魔眼』でこの状況を殺してやりたい…」と遠い目をして呟くのでした。
結局、騒ぎを聞きつけたシエルが「騒々しいですね、この害獣どもは!」と第七聖典(投擲用)を振り回して突入し、全員まとめて正座させられたことで、美少女コンテストは強制終了となりました。
「…うう。せっかく可愛い私をアピールしたのに、結局お説教なんて…私の知性が泣いてるわ」
「ミーナ、貴女が一番調子に乗るからよ! 反省しなさい!」
「ひえぇぇ、さっちん様、ごめんなさいぃぃ!!」
知性は高く、美貌は最強。
けれど、結局はさつきの拳骨一つで地面にめり込む。
それが、三咲町で生きる第十二位「夏の残響」の、正しくも愛すべき日常なのでした。
あとがき
今回はここまでです。
えっと誤解のないように釈明しておくとミーナが世界の終焉を未然に防いでいるのはただ自分が死にたくない、仲のいい皆が死んでほしくないからです。