「…ちょっと。何この、魔術師のゴミ捨て場みたいな、不自然で愉快な因果の捩れ方は」
玄関のドアを叩く音すらなく、三咲町の「真の管理者」――蒼崎青子が、呆れたような、それでいて楽しそうな声を出しながら、リビングにぬるりと現れました。
瞬間、部屋の空気が張り詰めます。
アルクェイドは「あ、青子!」と無邪気に手を振り、シエルは背筋を正し、シオンは即座に計算を開始し、さつきは「魔法使いさん…!」と緊張の面持ちに。
そしてミーナは。
「げ…。出たわね、三咲町の歩く理不尽、最新の魔法使い…!」
ミーナは、さっきまで自慢していた「可憐な私」のポーズを秒速で解除し、シオンの背後にシュバッと隠れました。
知性は高い。
ゆえに、この「今を生きる魔法使い」に目をつけられることが、いかに自分の「隠居(ニート)生活」を脅かすかを瞬時に演算したのです。
青子は土足同然の勢いで上がり込むと、ソファにひっくり返っているミーナをジロジロと眺めました。
「あんたが例の『夏の残響』ね。噂には聞いてたわよ。ヴローヴをハメ殺し、ワラキアをデバッグして、あまつさえあのアルトルージュと九九の暗誦をして生き延びたっていう、『世界一知性が高い残念な死徒』さん?」
「…知性が高いのは事実だけど、後半の形容詞は削除してくれないかしら! 私は今、埋葬機関の協力員にして、アトラスの賢者の相棒、そして三咲町で一番可愛い居候として忙しいのよ!」
「はいはい、威勢がいいわね。でも、あんたがこの街の霊脈の端っこで、夜な夜なシオンと『世界のデバッグ』をしてるおかげで、私の仕事が少し減ってるのは事実みたい。そこだけは評価してあげるわ」
青子は不敵にニヤリと笑い、ミーナの鼻先を指でツンと突つきました。
「…ま、せいぜいその『可愛い姿』を保ったまま、私の街を壊さない程度に暴れなさい。もし一線を越えたら、あんたのそのブルーハワイ色の存在ごと、10年後の未来へ強制送還(ぶっ飛ば)してあげるから」
「……ひぃっ、相変わらず怖い女ね! シオンさん、今の見た!? 私の第五魔法耐性が、今の指先一つで一気にイエローゾーンまで削られたわよ!」
「ミーナさん、静かに。彼女の機嫌を損ねれば、私たちの新居の物理法則そのものが『有料』に書き換えられかねません」
青子は、部屋の片隅に置かれたブルーハワイの瓶を手に取ると、キャップを開けて匂いを嗅ぎ、「……趣味悪いわね」と一蹴しました。
「さつき。あんたも大変ね、こんな手のかかるお姉さん(?)拾っちゃって。何かあったら私に言いなさい。この居候、私が家庭教師(物理)をしてあげるから」
「あはは……。ありがとうございます、蒼崎さん。でも、ミーナさんはこれでも、私にとっては大切な家族ですから」
さつきが優しく笑うと、青子も「ふん、勝手にしなさい」と、どこか満足げに肩をすくめました。
青子の乱入により、部屋のヒエラルキーが再構築されました。
【 青子 > さつき ≧ シエル > アルク > シオン >>> 超えられない壁 >>> ミーナ 】
「…ねえ、さっちん。魔法使いにまで認知されたってことは、私、もう完全にこの街の『いじられキャラ』として固定されちゃったってことかしら?」
「いいじゃない、ミーナさん。それだけみんなに愛されてるってことだよ」
「…簒奪したい、そのポジティブさ。…よし! 青子に怯えてても始まらないわ! 彼女が帰る前に、最高に冷たいブルーハワイを一杯飲ませて、その舌をマヒさせてやるんだから!」
「ミーナさん、それ死にに行くようなものだよ…!」
三咲町の夜は、魔法使いの訪問を経て、さらに混沌と、そして確かな賑やかさを増していくのでした。
それから数日のことでした、手合わせという名の教育が始まります。
「…ちょっと、あんた。私とやるなら万全の状態で来なさいよ。それ、手合わせっていうより、ただの虐待(ワンサイドゲーム)になっちゃうじゃない」
青子が、その圧倒的な魔力密度の拳を軽く回しながら告げました。
三咲町の空き地。夜の冷気が、彼女の纏う「魔法」の熱気でチリチリと焼け焦げるような感覚。
「…万全? あ、ああ…そうね。知性が高い私としては、確かにステータスをMAXまで引き上げてから挑むのが、RPGの鉄則(セオリー)だと判断するわ。…じゃあ、ちょっと待ってて。…さっちん、腕貸して」
「あ、いいよミーナさん。はい」
さつきが慣れた手つきで袖を捲りましたが、ミーナはその白い腕をじーっと見つめたまま、微動だにしません。10秒、20秒…沈黙だけが流れます。
「……何してんのよ、さっさと吸いなさいよ」
青子の催促に、ミーナは冷や汗をダラダラ流しながら、震える声で答えました。
「…無理。…吸い方、知らない」
「……はぁ?」
青子の声が、三咲町の霊脈ごと凍りつくような低音になりました。
「あんた、死徒(二十七祖)になってから何年経ってるのよ。ヴローヴを倒して、ワラキアを解体して、その間一度も血を吸ったことがないって…それ、どうやってエンジン回してるのよ」
「…ブルーハワイよ。基本、糖分とエーテルを直接演算に回してるから、血なんて生臭いもの…というか、私、血を飲むと一撃でお腹ピーピーになる呪い(※ただの体質です)にかかってるのよ! 知性が高いゆえの拒絶反応よ!」
「……」
青子は頭を抱えました。
目の前にいるのは、人類の脅威とされる二十七祖の一角。
しかしその実態は、吸血すら未経験の、筋金入りの「偏食家」でした。
「…分かったわ。吸血ブーストなしね。いいわよ、そのハンデごと、まとめて未来に叩き落としてあげる!」
「ひえぇぇ! 出たわね魔法使いのパワハラ! 【事象簒奪:完全回避演算】!!」
青子の放つ、光の弾丸のような魔弾がミーナを襲います。一発一発が戦車を消し飛ばす威力。
しかし、ミーナは「血を吸っていない」にも関わらず、その場から一歩も動かずに、すべての魔弾を「わずか1ミリの誤差」で回避し続けました。
「な…!? 当たらない…? 私の予測線を、全部先読みして書き換えてる…!?」
「ふふん! 驚いた? 私の知性は、血の力なんて借りなくても、貴女の魔術回路のクセを0.0001秒単位でハッキングしてるのよ! 魔法使いといえど、この『演算の壁』は越えさせな――」
グゥゥゥゥ…。
静寂の中に、ミーナの腹の虫が盛大に鳴り響きました。
「…あ。…ちょっと待って、青子さん。今の回避にリソース使いすぎて、急激にハンガーノックが…胃腸が、胃腸が『青い氷を寄越せ』ってデモを起こしてるわ…っ!」
「……あんた、やっぱり一発殴らせなさい!!」
結局、青子の「魔力で物理的にぶん殴る」という、演算もクソもない飽和攻撃の前に、ミーナは「糖分不足」で膝をつきました。
「…はぁ、はぁ。…負けたわ。…やっぱり、血を吸わないと、持久力が…。ねえさっちん、帰りにファミレス寄って、一番大きいブルーハワイを簒奪して帰りましょう…」
「…呆れた。あんた、よくその状態で今まで生きてこられたわね。…ある意味、あんたの方が魔法に近い存在かもね、悪い意味で」
青子は拳を解き、呆れ果てた顔でミーナを見下ろしました。
知性は高い。
演算も最強。
けれど、その生存戦略が「ブルーハワイ依存症」という一点において、あまりにも脆弱すぎる第十二位。
「…さっちん。魔法使いにも勝てなかったけど、私の『避ける姿』、可愛かったかしら?」
「うん、ミーナさん。最後、お腹押さえてゴロゴロ転がってたところ以外は、とっても綺麗だったよ」
「……明日から、九九の練習(リハビリ)しなきゃ」
魔法使いとの手合わせを経て、ミーナは自分の「燃費の悪さ」を再確認し、更なるブルーハワイの安定供給を心に誓うのでした。
「…あ、あ…。…あ、つ…い…」
三咲町の静かな夜。新居のリビング。
青子との手合わせでエネルギーを極限まで使い果たし、さらに深刻な「ブルーハワイ欠乏症」に陥ったミーナに、ついにその時が訪れました。
吸血種の本能。
それは飢えであり、渇きであり、生存への叫び。
しかし、ミーナの場合はその「回路」が残念な方向にショートしていました。
「…あ…さっちん。だめ、私の…私の演算が…『生命維持には赤、あるいは青の流動食が必要である』って…ループし始めたわ…!」
ミーナの瞳が、いつもの知性的な青から、昏く、艶やかな真紅へと染まっていきます。
理性が剥がれ落ち、そこにあるのはただ、目の前の極上の供物――弓塚さつきという「特別」な血を持つ少女への、抑えきれない渇望。
「ミーナ、さん…?」
さつきは逃げようとしませんでした。
それどころか、彼女は自ら首筋を晒すように、ふらつくミーナをその細い腕で受け止めたのです。
「…いいよ。ミーナさん。私、ミーナさんに拾ってもらったんだもん。…どうぞ。私の血で、ミーナさんが楽になれるなら。…さあ、食べて?」
さつきの瞳は、慈愛と、そして少しの…恍惚に濡れていました。
ミーナの唇が、さつきの白く、柔らかな首筋に触れます。
脈打つ鼓動。
流れる甘い香りの生命。
シオンやシエルがこの場にいたら、間違いなく「歴史的惨劇(二十七祖による真の吸血)」として記録したであろう、その瞬間。
「……っ!!」
ミーナが、牙を立てようとした。
…その、コンマ数秒前のことでした。
「…んんんんんんぬぅぅぅ!!??」
ミーナの体が、吸血の悦びではなく、凄まじい物理的な衝撃で跳ね上がりました。
「…ま、待って! さっちん待って!! 今、私の脳内の超高度演算機が、この血を一口でも飲んだ瞬間に訪れる『48時間のトイレ監禁生活』と『存在の崩壊(下痢)』のシミュレーション結果を、4K映像で強制視聴させてきたわ!!」
「えっ…? ミーナ、さん…?」
「だめ!! 吸いたい、吸いたいのに…私の胃腸が『これを受け入れるなら死を以て抗議する』ってデモ行進してるのよ!! 吸血衝動より、排泄恐怖が勝っちゃったわよぉぉぉ!!」
ミーナはさつきの首筋に顔を埋めたまま、がくがくと震え、涙を流しました。
「…ひ、酷いわ、さっちん。こんなに美味しそうなのに…こんなに『どうぞ』って言われてるのに…。吸った瞬間に、私の『可憐な知性派』としての尊厳が、水洗の音と共に消え去る未来しか見えないなんて…!!」
結局、ミーナはさつきを「襲う」代わりに、さつきの肩に顔を埋めて「えーん、お腹空いたよぉぉ、青いシロップ持ってきてぇぇ!!」と号泣するにとどまりました。
「あはは…。ごめんね、ミーナさん。私の血、やっぱり『お腹に合わない』んだね」
「…うう、さっちん。ごめんなさい。私、吸血種として失格だわ。…でも、さっちんの首筋、すっごく温かくて…ブルーハワイより安心する匂いがしたわ…」
「…。…もう、ミーナさんは本当に『残念』なんだから」
さつきは優しくミーナの背中を撫でました。
吸血衝動すら、胃腸の弱さでねじ伏せる。
第十二位「夏の残響」の伝説に、また一つ「情けなさすぎて涙が出る」一ページが加わった夜でした。
「…ねえ、シオンさん。知性が高い私には分かっちゃったの。かき氷シロップの真実を。あれ、実は『全部ベースは同じ砂糖水で、香料が違うだけ』なんですってね。科学的に考えれば、イチゴもレモンも、私にとっては実質ブルーハワイと同じはずなのよ!」
空腹と胃腸の反逆の果てに、ミーナはついに禁断の「成分主義」へと辿り着きました。
ブルーハワイが切れたのなら、代用品を試せばいい。
それが、効率を重んじる第十二位の導き出した解でした。
「…計算上はそうですね。ですが、貴女のその『バグ』は理屈で動いているわけではないと思いますが…」
シオンの制止も聞かず、ミーナはスーパーで買ってきたイチゴ(赤)とレモン(黄)のシロップを並べ、意を決してスプーンを口に運びました。
イチゴの場合
「…いくわよ。見た目は赤(血)に近いけど、成分は糖分。これなら私の胃腸も『お、今日は血じゃないのか、合格!』って騙されてくれるはず…。んぐっ」
「…あ、あぐぅ…!? ダメよ! 舌が『これは血の偽物だ!』って叫んでるし、脳が『赤はヴローヴの炎を思い出すからNG』って勝手にフィルタリングしちゃってる!! お腹が…お腹が、緊急地震速報みたいな音立て始めたわ!!」
レモンの場合
「…はぁ、はぁ。まだよ…まだレモンがあるわ。黄色は…黄色は希望の色。これなら…!」
「…すっぱ…っ!? いえ、これ、酸味成分が私の『事象簒奪』の術式と干渉して、お腹の中で小さなビッグバンが起きてるわ!! なんで!? 糖分は同じはずなのに、なんで黄色は私の存在基盤を攻撃してくるのよぉぉぉ!!」
床に崩れ落ち、お腹を抱えて「七、十四、二十一…」と九九の詠唱で痛みを紛らわせるミーナを見下ろして、シオンは静かに告げました。
「…ミーナさん。貴女、忘れているのですか? 貴女の権能は『事象簒奪』。つまり、貴女にとってブルーハワイとは単なる食品ではなく、『これは私を害さない唯一の概念である』という強力な自己暗示(世界書き換え)の拠り所なんです」
「…暗示、ですって…?」
「ええ。貴女の知性が『ブルーハワイ以外は毒である』と定義してしまった以上、たとえ成分が同じでも、それ以外は貴女の胃腸にとって『侵略者』でしかない。…つまり、貴女は自分の知性の高さゆえに、一生ブルーハワイという名の監獄から出られないのですよ」
「…なんですって…? つまり、私が『可愛いし賢い』ままでいるためには、この人工着色料の塊と心中するしかないってこと…!?」
「…そういうことです。諦めて、埋葬機関の経費でハワイからシロップを空輸する手続きを進めなさい」
「…酷いわ! 世界を救う第十二位の燃料が、着色料一択なんて…! さっちん! さっちん助けて、私、もう青い食べ物以外愛せない体になっちゃったわよぉぉ!!」
さつきに泣きつきながら、ミーナは確信しました。
知性が高すぎると、プラセボ効果すら「絶対的な法則」へと昇華されてしまう。
今日も三咲町には、青いシロップを求めて彷徨う、世界で一番残念な美少女死徒の悲鳴が響き渡るのでした。
あとがき
書き貯め在庫がそろそろなくなっちゃいます。
ストーリー的には消化しきったのでおそらくキリのいいところまで投稿したら一旦完結として終了となりますあと1~2話分くらいかなぁ。