夏の残響   作:柚葉

2 / 13
遠野家へそして志貴のゆかいな仲間たちと

「ただいま戻りました」

 

「おかえりなさいませ、志貴さん。あら…?」

 

重厚な扉を開けた先で待っていたのは、琥珀色の瞳をした、あまりにも完璧な笑顔のメイド――琥珀だった。

 

ミーナの脳内データベースが、うろ覚えの原作知識をマッハで検索する。

(出たぁ! 笑顔の裏に深淵を飼ってるラスボス候補(※ルートによる)の琥珀さんだ! 毒盛られる! 確実に何かの薬盛られる!)

 

「…ひっ!」

 

「あらあら、どうされたんですか? そんなに震えて。志貴さん、この可愛らしいお嬢様は?」

 

「道で困ってたんだ。ミーナさんっていうんだけど、身寄りがないみたいで。一晩、泊めてあげてもいいかな、琥珀さん」

 

「ええ、もちろんですとも。秋葉様には私から上手く説明しておきますね」

 

琥珀の視線がミーナを貫く。

ミーナの特性「簒奪」が、無意識に琥珀から放たれる微かな「薬草と殺意(?)の混じった魔力」を察知してしまい、全身の毛穴が逆立つ。

 

「あ、あの…ミーナです。趣味は空手です。あ、いや、えっと、特技は大人しくしていることです! 食べられません! 毒にも薬にもなりません! 命だけは助けてください!」

 

「ふふ、面白い方ですね」

 

琥珀の笑顔が一段と深まる。知性は高いはずなのに、恐怖のあまり自己紹介の時点で「捕まった宇宙人」のような供述を始めるミーナ。

 

広大なダイニングテーブル。

目の前には、この屋敷の主にして「規律の鬼」こと遠野秋葉が座っていた。

 

「…志貴。貴方は、どこでそんな見るからに怪しい死…いえ、不審な娘を拾ってきたの?」

 

秋葉の赤い瞳(※まだ発動はしていない)が、ミーナをじりじりと焼き始める。

 

「怪しくないです! 秋葉様、私はただの、低身長で、日当たりが悪いだけの、か弱い美少女です!」

 

「…。琥珀、この子に最高級のステーキ(ベリーレア)を。それと、私の部屋から例の『魔術師を黙らせるための古書』を持ってきて」

 

秋葉の冷たい声が響く。

志貴は「ハハハ、秋葉もミーナさんが気に入ったみたいだね」と呑気に笑っているが、ミーナには見える。秋葉の背後に、自分を拘束しようとする「略奪」の髪の毛が蠢いている幻覚が。

 

(…ああ。ネロさん、聞こえますか。三咲町は地獄です。シエルさんに追いかけ回される方が、まだ論理的(ロジカル)な死だったかもしれません…)

 

ミーナは、涙目で運ばれてきたレアステーキ(血の滴るやつ)を見つめながら、生存戦略の練り直しを誓うのだった。

 

夕食後、志貴が風呂に立った隙を見計らったかのように、秋葉から「少しお話ししましょうか」と自室へ連行された。

 

遠野秋葉の部屋は、整然としていながらも、そこに居るだけで肌を刺すような圧迫感がある。

 

「さて。ミーナさんと言ったかしら」

 

秋葉が優雅にソファーへ腰を下ろす。

その背後で、彼女の長い黒髪が、まるで意志を持つ生き物のように微かに揺れた。

 

「…はい、秋葉様。なんでしょうか。私はただの、置物のような存在ですので、お気になさらず」

 

ミーナは、できるだけ気配を消そうと縮こまる。

だが、長年染み付いた習慣とは恐ろしいものだ。

どれほど縮こまっても、彼女の足運び、背筋の伸び、そして無意識に敵の動線を塞ぐ位置取りは、隠しきれない「武」の香りを放っていた。

 

「貴方、ただの素人ではないわね。その足運び、重心の置き方…。先ほどから、私が一歩踏み込もうとするたびに、無意識に最短距離で迎撃できる角度に体をずらしている」

 

「(…ッ! この女、やっぱり普通じゃない! 私の生存本能(スペック)を読み取ってやがる…!)」

 

冷や汗が流れる。

知性は高い。

ゆえに、ここで「何も知りません」とシラを切るのが最も悪手であると瞬時に判断した。

嘘は、真実を混ぜてこそ質が上がるのだ。

 

「…お目が高いですね。…護身術、です」

 

「ほう? どのような流派かしら。私が知る限り、日本の武術にそのような『異質』な踏み込みを教えるところは少ないけれど」

 

「…古い、琉球空手です」

 

ミーナは、前世の知識と今世の技術を混ぜ合わせ、もっともらしい真実を混ぜた嘘を吐いた。

 

「私の家系に伝わる、外には出せない古い型でして。…『死なない』ための技ばかりを磨いた結果、こう…可愛げのない立ち振る舞いになってしまいまして。お恥ずかしい」

 

「琉球空手…。確かに、今の貴方の拳の握り方は『貫手(ぬきて)』に近い。相手の急所を的確に、文字通り『簒奪』するための動きね」

 

秋葉の瞳が、スッと細められる。

彼女はミーナが死徒であることまでは確信していないが、この小柄な少女が「自分と渡り合えるほどの暴力」を秘めていることを見抜いていた。

 

「いいわ、ミーナ。志貴が拾ってきたのだから、無下にはしない。…けれど、この屋敷でその牙を剥くような真似をすれば、その『古い空手』ごと、私の髪で縛り上げて差し上げるわ」

 

「は、はい! 滅相もございません! 私はただの借りてきた猫、いえ、借りてきた死徒…じゃなくて死体のように静かにしてます!」

 

(危なーい! 今、死徒って言いかけた! この人、怒らせたら絶対怖い!)

 

震えながら部屋を辞したミーナは、廊下の影にネロ・カオスの使い魔(カラス)が止まっているのを見つけた。

カラスは、どこか「楽しそう」に彼女を眺めている。

 

(…ネロさん、聞こえる!? 私、この屋敷の女主人にロックオンされました! 空手の流派まで捏造したし、もうボロが出るのは時間の問題です! 今すぐ『混沌』で屋敷ごと飲み込んで助けて…あ、いや、それは志貴くんに殺されるからダメだ。やっぱり私がなんとかするしかないのぉ!?)

 

「…よし、今だ。志貴くんは寝た、秋葉様は書斎、琥珀さんは…どこにいるか分からないのが一番怖いけど、今は気配が遠い!」

 

深夜の遠野邸。

ミーナは音もなく窓を開け、庭園へと滑り出した。

小柄な体が、月光の下で銀色の弾丸のように跳ねる。

目指すは高い塀の向こう。この「魔窟」からおさらばして、まだ落ち着けるネロさんのいる廃墟に帰るのだ。

 

(私は死徒。それも、時計塔の知識と琉球空手の神髄、さらには『簒奪』の権能を併せ持つ、二十七祖候補。…冷静に考えれば、今の私、空想具現化一つで世界を書き換えるような真祖のチート能力さえなければ、この町の誰が相手でも『詰み』までは持っていかれないはず…!)

 

知性が高いゆえの、極めて冷静で客観的な自己分析。

実際、ミーナの「簒奪者の宴」は対象の事象そのものを吸い上げるため、並の代行者や魔術師では触れることすら叶わない。

加えて、死徒の筋力で放たれる「古流琉球空手」は、もはや対城宝具に近い破壊力を秘めている。

 

「そうよ、私は強い。死にたくないという執念が私を最強にしたのよ! さらば遠野家、私は自由の身に――」

 

「あら。夜風に当たりに来たのかしら、貴女も?」

 

塀を飛び越えようとしたミーナの真上に、金色の髪をなびかせた「月」が浮いていた。

白いタートルネックに、長いスカート。

この世のものとは思えない美貌を湛えた真祖の姫、アルクェイド・ブリュンスタッドである。

 

「(…出たぁぁぁ! ラスボス(ヒロイン)! 遭遇率設定ミスってない!?)」

 

ミーナの思考がパニックで真っ白になるが、肉体は「死にたくない」一心で、脳の命令を無視して戦闘態勢に移行する。

トン、と着地した瞬間、ミーナの周囲の魔力が「簒奪」の特性で真空状態のように吸い込まれ、彼女の拳に凝縮された。

 

「…へぇ。今の動き、面白いわね。吸血種の気配がするけど、なんだか混じり物が多いというか…。ねえ、貴女、ネロの仲間?」

 

アルクェイドの瞳が、無邪気な、ゆえに逃げ場のない「捕食者」の輝きを放つ。

 

「い、いえ、通りすがりの空手家です! 命大事に、ガンガン逃げろがモットーのミーナです!」

 

「ふふ、嘘つき。その構え、隙がなさすぎて笑っちゃうくらいだわ。…いいわ、志貴に会う前に少し退屈してたの。手合わせくらいなら、付き合ってあげる!」

 

アルクェイドが、弾かれたように空を蹴った。

空想具現化(マーブル・ファンタズム)こそ使っていないが、その突進はただの物理法則を超えた「暴力の具現」。

 

「くるなああああ!!」

 

ミーナの正拳突きが、迎撃のために放たれる。

ドォォォォォン!!

三咲町の夜を揺るがす衝撃。

真祖の爪と、二十七祖候補の拳が真っ向から衝突し、周囲の地面がクレーターのように爆ぜ飛んだ。

 

「…ッ!? 私の力を吸い取って、自分の衝撃に変換した!? 貴女、見た目に反して凄まじいわね!」

 

アルクェイドが楽しげに声を弾ませる。

対するミーナは、反動で痺れる腕を押さえながら涙目だ。

 

(…成立しちゃってるよ。あ、ありえない。私、空想具現化なしの真祖と真っ向からやり合えてる…! でも嬉しくない! 全然嬉しくない! 今すぐ志貴くんが起きてきて『二人ともやめなよ!』って言ってくれないと、私、あと数分でエネルギー切れで死ぬー!!)

 

知性は高い。

戦闘力も異常。だが、精神力だけが圧倒的に「一般人(小心者)」のままのミーナは、全力で奇跡の乱入者を待ちわびるのだった。

 

「あはは! 面白いわね、貴女の技! 魔力ごと私の『力』を奪い取って、そのまま拳に乗せて撃ち出すなんて。まるで食事をしながら喧嘩してるみたい!」

 

アルクェイドはケラケラと笑いながら、追撃の手を止めた。

対するミーナは、地面に正座して両手を膝につき、ゼーゼーと肩で息をしている。

小柄な体が、激戦の余波で小刻みに震えていた。

 

「ハァ、ハァ…。も、もう無理…。死ぬ…吸血種だけど、過労死する…。いいですか姫様、私は『簒奪』の特性上、常に高燃費で動かないといけないんです。そんなに全力で遊ばれたら、この町の霊脈ごと吸い尽くさないと持ちませんよ…」

 

「いいじゃない、派手で! 貴女、名前は?」

 

「ミーナ…ミーナ・アルナストラです。…もう、好きにして…」

 

完全に戦意を喪失(というか生存本能が『これ以上は損』と判断)したミーナを見て、アルクェイドはますます上機嫌になった。

真祖という孤独な存在にとって、自分と「物理的に遊べる」相手は極めて稀少なのだ。

 

「決めたわ! ミーナ、貴女私の仲間にしあげてあげる。ネロみたいな陰気な男と一緒にいるより、私や志貴と一緒にいた方が楽しいわよ!」

 

「ええっ!? いや、それは困り…あ」

 

背後の影――ネロ・カオスの気配が、スッと遠ざかっていくのをミーナは感じ取った。

 

(ネロさん!? 待って、見捨てないで! 『これ以上の深追いは非効率的だ。貴公の幸運を祈る』みたいな沈黙はやめて! 学者仲間の縁はどうしたんですかぁ!!)

 

さすが教授、逃げ足だけは一級品である。

どうやら「ミーナが真祖と志貴の側にいた方が、より面白い観測データが取れる」と踏んで、彼女を志貴サイドへの供物として差し出したらしい。

 

「…おはようございます」

 

ミーナは、死体のような顔(死体です)で食卓に座っていた。

その隣には、なぜか当然のような顔をして居座り、クロワッサンを頬張るアルクェイド・ブリュンスタッド。

 

「…志貴。この金髪の不審者と、その死白の娘の関係を説明してくれないかしら?」

 

秋葉の額に青筋が浮かんでいる。

 

「いや、それがさ。夜中に庭で二人が仲良く(?)踊ってたみたいで…。ミーナさんも、一人よりは友達がいた方がいいかなって」

 

志貴の超解釈。

もはや「女の子同士の友情」というパワーワードで全てが片付けられようとしていた。

 

「そうよ秋葉! ミーナの空手、すごいのよ。今度、屋敷の壁を使って実演してあげる!」

 

「絶対にやめてください!!」

 

ミーナは悲鳴を上げた。

知性は高い。ゆえに理解している。

ネロ・カオスという「まだ話が通じる学者」の側から、アルクェイドという「台風」と、遠野志貴という「歩く即死点」の真っ只中に引きずり込まれた自分の運命を。

 

(…これ、原作より生存難易度上がってませんか? 簒奪者の宴(私の固有結界)、もう『胃薬を簒奪する宴』に改名した方がいいかもしれない…)

 

こうして、二十七祖候補の残念な転生者は、教授サイドから「志貴の愉快な仲間たち」へと華麗な転落を遂げたのであった。

 

「いい、ミーナ? 私は昼間、あんまり自由に動けないから。志貴に何かあったら、貴女のその『空手』でパパっと解決しちゃいなさいよね!」

 

 

アルクェイドの無邪気な、しかし抗えない命令(物理的な肩叩き付き)により、ミーナは三咲高校へと放り込まれた。

 

「私も昼間はあんまり自由に動けないんだけどなぁ」

 

ミーナのつぶやきはなかったものとしてスルーされました。

 

知性は高い。

ゆえに、この状況における最善の生存戦略は「目立たず、騒がず、モブとして溶け込むこと」だと理解している。

だが、155cmの白髪赤目、死蝋色の肌を持つ美少女が、転校生として教室に現れて目立たないはずがなかった。

 

「…今日からお世話になります、ミーナ・アルナストラです。趣味は、ええと、精神統一(空手)です。…近寄らないでください、呪われますよ」

 

精一杯の威嚇のつもりだったが、その小柄な外見と、恐怖で震える声のせいで「守ってあげたい儚げな美少女」という最悪のパッシブスキルが発動してしまう。

 

「おい、見たかよ今の転校生! 超絶タイプなんだけど!」

 

真っ先に食いついてきたのは、志貴の友人――乾有彦だった。

休み時間になるや否や、乾はミーナの席へ猛ダッシュで詰め寄る。

 

「よぉ、ミーナちゃん! 俺、乾有彦。この学校の案内なら任せてくれよ。放課後とか暇? 良かったらお茶でも…」

 

(…嬉しくない。一ミリも嬉しくない。こちとら中身は三十路手前の会社員男なんだよ。しかも隣の席では、あの『直死の魔眼』が弁当を広げてるんだぞ! チャラ男に構ってる暇なんてないんだ!)

 

「あ、あの、乾さん…。私、あまり日光に当たると灰になる体質(嘘ではない)なので、お誘いは…」

 

「灰!? なにそのミステリアスな設定! ますます興味湧いてきた!」

 

ダメだ、この男、話が通じない。

ネロ・カオスの方がまだ論理的な会話ができた。

知性が高すぎるゆえに、乾のような直感型カオス人間への対処法がわからず、ミーナが白目を剥きかけたその時。

 

「乾くん、困ってるじゃない。あんまり詰め寄っちゃダメだよ」

 

控えめだが芯の通った声。そこにいたのは、志貴の同級生――弓塚さつきだった。

 

「ごめんね、ミーナさん。彼、悪気はないんだけど…。私、弓塚さつき。もし良かったら、学校のこと、私が教えてあげようか?」

 

(…っ! さっちん! 聖母(さっちん)がここにいる!!)

 

うろ覚え知識のなかで、後に「悲劇の吸血鬼」となる彼女の運命を思い出し、ミーナの胸に熱いものが込み上げる。

自分と同じ「不本意に人外になるかもしれない」素質を持つ少女。

 

「弓塚さん…! はい、ぜひ! 私、あなたとなら仲良くなれる気がします! っていうか、私があなたを全力で守りますから! 物理(空手)的にも、栄養(簒奪)的にも!」

 

「えっ、ええ…? ありがとう、ミーナさん」

 

さつきは、突然の手のひら返しに困惑しつつも、ミーナの必死な表情に毒気を抜かれたように微笑んだ。

 

(やった…! この過酷な三咲町サバイバルで、初めて『守りたい存在』を見つけたぞ。乾のナンパは適当にいなして、さっちんが吸血鬼化するルートは私が簒奪の魔術で根こそぎ吸い取って回避してやる!)

 

その決意を固めるミーナの後方から、志貴の視線が突き刺さる。

 

「…ミーナさん、さっき乾を撃退しようとして、無意識に机の角を指先で握りつぶしてなかった…?」

 

「……気のせいです。琉球空手の幻覚です」

 

知性は高いが、嘘が致命的に下手。

ミーナの護衛生活は、友情とナンパと「いつバレるか」という恐怖の板挟みの中で、ますます混沌を極めていくのだった。

 

「…完璧。今の私は、ただの背景。石ころ。さっちんを見守る無害な守護霊…」

 

ミーナは校舎の陰から、弓塚さつきの放課後を全力でストーキング(護衛)していた。

知性は高い。

ゆえに、さつきの周囲に漂う「魔の気配」には敏感だった。

彼女が吸血種に変異するフラグは、何としてもこの「簒奪」の権能で吸い取ってやるつもりだったのだが――。

 

「…見つけましたよ。遠野くんにくっついている、白髪の不審者さん」

 

背筋に氷を突っ込まれたような寒気。

振り返れば、そこには眼鏡の奥に「物理的な殺意」を燃やしたシエルが立っていた。

 

「ひいいい!? カレー先輩…じゃなくて、シエルさん! なんでここに! 私はただ、放課後の健全な友情を観測しているだけで…!」

 

「嘘を仰い。貴女が放っている『簒奪』の魔力、教室一つ分を飲み込むほど膨れ上がっています。これ以上、この学校に異物を放置するわけにはいきません!」

 

「待って! 今は忙しいの! じゃないと、あっちでフラグが…!」

 

「問答無用です!」

 

シエルが放つ黒鍵の雨。

ミーナは半泣きになりながら、それを琉球空手の掌底と「簒奪」の渦で叩き落とす。

 

「やめて! 壊れる! 私の平穏なモブ生活が壊れるぅ!」

 

数分間。時間にして、わずか三分の「追いかけっこ」。

二十七祖候補の身体能力を以てすれば、シエルを巻くこと自体は不可能ではなかった。

 

しかし、その三分が致命的だった。

 

「…あ。…あ、ああ…」

 

路地裏へ駆け込んだミーナの目に飛び込んできたのは、首筋を押さえて座り込むさつきの姿と、影へ消えていく低級死徒の残滓。

 

「さ、さっちん…!? 嘘でしょ、そんな…私が一瞬目を離した隙に!?」

 

駆け寄って抱き起こすと、さつきの肌はすでに病的な白さを帯び始め、その傷口からは人間離れした「魔」の拍動が聞こえていた。

 

「…ミーナ、さん…? 私、なんだか…すごく、喉が渇いて…」

 

「サイアクだぁぁぁ!!」

 

ミーナの絶叫が夕暮れの路地裏に響き渡る。

前世の知識(うろ覚え)によれば、このままでは彼女は悲劇の結末を辿るか、あるいは「路地裏の吸血鬼」として志貴と敵対することになる。

 

「落ち着け私…考えろ、私は元・時計塔の魔術師で、ネロ・カオスの知人で、中身は効率重視の会社員だ! ここで彼女を放置するのは、将来的な私の生存コストに悪影響を及ぼす…!」

 

ミーナは震える指先を、さつきの首筋に当てた。

 

「…簒奪者の宴、限定起動。…さっちん、今すぐその『毒』を私が全部、簒奪(のみこ)んであげるから。死んじゃダメ、絶対…!」

 

知性は高いが、情には脆い。

本来なら自分が危うくなるような「毒の肩代わり」という非論理的な選択を、ミーナは全力の琉球空手の構えと共に決断するのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。