「ただいま戻りました」
「おかえりなさいませ、志貴さん。あら…?」
重厚な扉を開けた先で待っていたのは、琥珀色の瞳をした、あまりにも完璧な笑顔のメイド――琥珀だった。
ミーナの脳内データベースが、うろ覚えの原作知識をマッハで検索する。
(出たぁ! 笑顔の裏に深淵を飼ってるラスボス候補(※ルートによる)の琥珀さんだ! 毒盛られる! 確実に何かの薬盛られる!)
「…ひっ!」
「あらあら、どうされたんですか? そんなに震えて。志貴さん、この可愛らしいお嬢様は?」
「道で困ってたんだ。ミーナさんっていうんだけど、身寄りがないみたいで。一晩、泊めてあげてもいいかな、琥珀さん」
「ええ、もちろんですとも。秋葉様には私から上手く説明しておきますね」
琥珀の視線がミーナを貫く。
ミーナの特性「簒奪」が、無意識に琥珀から放たれる微かな「薬草と殺意(?)の混じった魔力」を察知してしまい、全身の毛穴が逆立つ。
「あ、あの…ミーナです。趣味は空手です。あ、いや、えっと、特技は大人しくしていることです! 食べられません! 毒にも薬にもなりません! 命だけは助けてください!」
「ふふ、面白い方ですね」
琥珀の笑顔が一段と深まる。知性は高いはずなのに、恐怖のあまり自己紹介の時点で「捕まった宇宙人」のような供述を始めるミーナ。
広大なダイニングテーブル。
目の前には、この屋敷の主にして「規律の鬼」こと遠野秋葉が座っていた。
「…志貴。貴方は、どこでそんな見るからに怪しい死…いえ、不審な娘を拾ってきたの?」
秋葉の赤い瞳(※まだ発動はしていない)が、ミーナをじりじりと焼き始める。
「怪しくないです! 秋葉様、私はただの、低身長で、日当たりが悪いだけの、か弱い美少女です!」
「…。琥珀、この子に最高級のステーキ(ベリーレア)を。それと、私の部屋から例の『魔術師を黙らせるための古書』を持ってきて」
秋葉の冷たい声が響く。
志貴は「ハハハ、秋葉もミーナさんが気に入ったみたいだね」と呑気に笑っているが、ミーナには見える。秋葉の背後に、自分を拘束しようとする「略奪」の髪の毛が蠢いている幻覚が。
(…ああ。ネロさん、聞こえますか。三咲町は地獄です。シエルさんに追いかけ回される方が、まだ論理的(ロジカル)な死だったかもしれません…)
ミーナは、涙目で運ばれてきたレアステーキ(血の滴るやつ)を見つめながら、生存戦略の練り直しを誓うのだった。
夕食後、志貴が風呂に立った隙を見計らったかのように、秋葉から「少しお話ししましょうか」と自室へ連行された。
遠野秋葉の部屋は、整然としていながらも、そこに居るだけで肌を刺すような圧迫感がある。
「さて。ミーナさんと言ったかしら」
秋葉が優雅にソファーへ腰を下ろす。
その背後で、彼女の長い黒髪が、まるで意志を持つ生き物のように微かに揺れた。
「…はい、秋葉様。なんでしょうか。私はただの、置物のような存在ですので、お気になさらず」
ミーナは、できるだけ気配を消そうと縮こまる。
だが、長年染み付いた習慣とは恐ろしいものだ。
どれほど縮こまっても、彼女の足運び、背筋の伸び、そして無意識に敵の動線を塞ぐ位置取りは、隠しきれない「武」の香りを放っていた。
「貴方、ただの素人ではないわね。その足運び、重心の置き方…。先ほどから、私が一歩踏み込もうとするたびに、無意識に最短距離で迎撃できる角度に体をずらしている」
「(…ッ! この女、やっぱり普通じゃない! 私の生存本能(スペック)を読み取ってやがる…!)」
冷や汗が流れる。
知性は高い。
ゆえに、ここで「何も知りません」とシラを切るのが最も悪手であると瞬時に判断した。
嘘は、真実を混ぜてこそ質が上がるのだ。
「…お目が高いですね。…護身術、です」
「ほう? どのような流派かしら。私が知る限り、日本の武術にそのような『異質』な踏み込みを教えるところは少ないけれど」
「…古い、琉球空手です」
ミーナは、前世の知識と今世の技術を混ぜ合わせ、もっともらしい真実を混ぜた嘘を吐いた。
「私の家系に伝わる、外には出せない古い型でして。…『死なない』ための技ばかりを磨いた結果、こう…可愛げのない立ち振る舞いになってしまいまして。お恥ずかしい」
「琉球空手…。確かに、今の貴方の拳の握り方は『貫手(ぬきて)』に近い。相手の急所を的確に、文字通り『簒奪』するための動きね」
秋葉の瞳が、スッと細められる。
彼女はミーナが死徒であることまでは確信していないが、この小柄な少女が「自分と渡り合えるほどの暴力」を秘めていることを見抜いていた。
「いいわ、ミーナ。志貴が拾ってきたのだから、無下にはしない。…けれど、この屋敷でその牙を剥くような真似をすれば、その『古い空手』ごと、私の髪で縛り上げて差し上げるわ」
「は、はい! 滅相もございません! 私はただの借りてきた猫、いえ、借りてきた死徒…じゃなくて死体のように静かにしてます!」
(危なーい! 今、死徒って言いかけた! この人、怒らせたら絶対怖い!)
震えながら部屋を辞したミーナは、廊下の影にネロ・カオスの使い魔(カラス)が止まっているのを見つけた。
カラスは、どこか「楽しそう」に彼女を眺めている。
(…ネロさん、聞こえる!? 私、この屋敷の女主人にロックオンされました! 空手の流派まで捏造したし、もうボロが出るのは時間の問題です! 今すぐ『混沌』で屋敷ごと飲み込んで助けて…あ、いや、それは志貴くんに殺されるからダメだ。やっぱり私がなんとかするしかないのぉ!?)
「…よし、今だ。志貴くんは寝た、秋葉様は書斎、琥珀さんは…どこにいるか分からないのが一番怖いけど、今は気配が遠い!」
深夜の遠野邸。
ミーナは音もなく窓を開け、庭園へと滑り出した。
小柄な体が、月光の下で銀色の弾丸のように跳ねる。
目指すは高い塀の向こう。この「魔窟」からおさらばして、まだ落ち着けるネロさんのいる廃墟に帰るのだ。
(私は死徒。それも、時計塔の知識と琉球空手の神髄、さらには『簒奪』の権能を併せ持つ、二十七祖候補。…冷静に考えれば、今の私、空想具現化一つで世界を書き換えるような真祖のチート能力さえなければ、この町の誰が相手でも『詰み』までは持っていかれないはず…!)
知性が高いゆえの、極めて冷静で客観的な自己分析。
実際、ミーナの「簒奪者の宴」は対象の事象そのものを吸い上げるため、並の代行者や魔術師では触れることすら叶わない。
加えて、死徒の筋力で放たれる「古流琉球空手」は、もはや対城宝具に近い破壊力を秘めている。
「そうよ、私は強い。死にたくないという執念が私を最強にしたのよ! さらば遠野家、私は自由の身に――」
「あら。夜風に当たりに来たのかしら、貴女も?」
塀を飛び越えようとしたミーナの真上に、金色の髪をなびかせた「月」が浮いていた。
白いタートルネックに、長いスカート。
この世のものとは思えない美貌を湛えた真祖の姫、アルクェイド・ブリュンスタッドである。
「(…出たぁぁぁ! ラスボス(ヒロイン)! 遭遇率設定ミスってない!?)」
ミーナの思考がパニックで真っ白になるが、肉体は「死にたくない」一心で、脳の命令を無視して戦闘態勢に移行する。
トン、と着地した瞬間、ミーナの周囲の魔力が「簒奪」の特性で真空状態のように吸い込まれ、彼女の拳に凝縮された。
「…へぇ。今の動き、面白いわね。吸血種の気配がするけど、なんだか混じり物が多いというか…。ねえ、貴女、ネロの仲間?」
アルクェイドの瞳が、無邪気な、ゆえに逃げ場のない「捕食者」の輝きを放つ。
「い、いえ、通りすがりの空手家です! 命大事に、ガンガン逃げろがモットーのミーナです!」
「ふふ、嘘つき。その構え、隙がなさすぎて笑っちゃうくらいだわ。…いいわ、志貴に会う前に少し退屈してたの。手合わせくらいなら、付き合ってあげる!」
アルクェイドが、弾かれたように空を蹴った。
空想具現化(マーブル・ファンタズム)こそ使っていないが、その突進はただの物理法則を超えた「暴力の具現」。
「くるなああああ!!」
ミーナの正拳突きが、迎撃のために放たれる。
ドォォォォォン!!
三咲町の夜を揺るがす衝撃。
真祖の爪と、二十七祖候補の拳が真っ向から衝突し、周囲の地面がクレーターのように爆ぜ飛んだ。
「…ッ!? 私の力を吸い取って、自分の衝撃に変換した!? 貴女、見た目に反して凄まじいわね!」
アルクェイドが楽しげに声を弾ませる。
対するミーナは、反動で痺れる腕を押さえながら涙目だ。
(…成立しちゃってるよ。あ、ありえない。私、空想具現化なしの真祖と真っ向からやり合えてる…! でも嬉しくない! 全然嬉しくない! 今すぐ志貴くんが起きてきて『二人ともやめなよ!』って言ってくれないと、私、あと数分でエネルギー切れで死ぬー!!)
知性は高い。
戦闘力も異常。だが、精神力だけが圧倒的に「一般人(小心者)」のままのミーナは、全力で奇跡の乱入者を待ちわびるのだった。
「あはは! 面白いわね、貴女の技! 魔力ごと私の『力』を奪い取って、そのまま拳に乗せて撃ち出すなんて。まるで食事をしながら喧嘩してるみたい!」
アルクェイドはケラケラと笑いながら、追撃の手を止めた。
対するミーナは、地面に正座して両手を膝につき、ゼーゼーと肩で息をしている。
小柄な体が、激戦の余波で小刻みに震えていた。
「ハァ、ハァ…。も、もう無理…。死ぬ…吸血種だけど、過労死する…。いいですか姫様、私は『簒奪』の特性上、常に高燃費で動かないといけないんです。そんなに全力で遊ばれたら、この町の霊脈ごと吸い尽くさないと持ちませんよ…」
「いいじゃない、派手で! 貴女、名前は?」
「ミーナ…ミーナ・アルナストラです。…もう、好きにして…」
完全に戦意を喪失(というか生存本能が『これ以上は損』と判断)したミーナを見て、アルクェイドはますます上機嫌になった。
真祖という孤独な存在にとって、自分と「物理的に遊べる」相手は極めて稀少なのだ。
「決めたわ! ミーナ、貴女私の仲間にしあげてあげる。ネロみたいな陰気な男と一緒にいるより、私や志貴と一緒にいた方が楽しいわよ!」
「ええっ!? いや、それは困り…あ」
背後の影――ネロ・カオスの気配が、スッと遠ざかっていくのをミーナは感じ取った。
(ネロさん!? 待って、見捨てないで! 『これ以上の深追いは非効率的だ。貴公の幸運を祈る』みたいな沈黙はやめて! 学者仲間の縁はどうしたんですかぁ!!)
さすが教授、逃げ足だけは一級品である。
どうやら「ミーナが真祖と志貴の側にいた方が、より面白い観測データが取れる」と踏んで、彼女を志貴サイドへの供物として差し出したらしい。
「…おはようございます」
ミーナは、死体のような顔(死体です)で食卓に座っていた。
その隣には、なぜか当然のような顔をして居座り、クロワッサンを頬張るアルクェイド・ブリュンスタッド。
「…志貴。この金髪の不審者と、その死白の娘の関係を説明してくれないかしら?」
秋葉の額に青筋が浮かんでいる。
「いや、それがさ。夜中に庭で二人が仲良く(?)踊ってたみたいで…。ミーナさんも、一人よりは友達がいた方がいいかなって」
志貴の超解釈。
もはや「女の子同士の友情」というパワーワードで全てが片付けられようとしていた。
「そうよ秋葉! ミーナの空手、すごいのよ。今度、屋敷の壁を使って実演してあげる!」
「絶対にやめてください!!」
ミーナは悲鳴を上げた。
知性は高い。ゆえに理解している。
ネロ・カオスという「まだ話が通じる学者」の側から、アルクェイドという「台風」と、遠野志貴という「歩く即死点」の真っ只中に引きずり込まれた自分の運命を。
(…これ、原作より生存難易度上がってませんか? 簒奪者の宴(私の固有結界)、もう『胃薬を簒奪する宴』に改名した方がいいかもしれない…)
こうして、二十七祖候補の残念な転生者は、教授サイドから「志貴の愉快な仲間たち」へと華麗な転落を遂げたのであった。
「いい、ミーナ? 私は昼間、あんまり自由に動けないから。志貴に何かあったら、貴女のその『空手』でパパっと解決しちゃいなさいよね!」
アルクェイドの無邪気な、しかし抗えない命令(物理的な肩叩き付き)により、ミーナは三咲高校へと放り込まれた。
「私も昼間はあんまり自由に動けないんだけどなぁ」
ミーナのつぶやきはなかったものとしてスルーされました。
知性は高い。
ゆえに、この状況における最善の生存戦略は「目立たず、騒がず、モブとして溶け込むこと」だと理解している。
だが、155cmの白髪赤目、死蝋色の肌を持つ美少女が、転校生として教室に現れて目立たないはずがなかった。
「…今日からお世話になります、ミーナ・アルナストラです。趣味は、ええと、精神統一(空手)です。…近寄らないでください、呪われますよ」
精一杯の威嚇のつもりだったが、その小柄な外見と、恐怖で震える声のせいで「守ってあげたい儚げな美少女」という最悪のパッシブスキルが発動してしまう。
「おい、見たかよ今の転校生! 超絶タイプなんだけど!」
真っ先に食いついてきたのは、志貴の友人――乾有彦だった。
休み時間になるや否や、乾はミーナの席へ猛ダッシュで詰め寄る。
「よぉ、ミーナちゃん! 俺、乾有彦。この学校の案内なら任せてくれよ。放課後とか暇? 良かったらお茶でも…」
(…嬉しくない。一ミリも嬉しくない。こちとら中身は三十路手前の会社員男なんだよ。しかも隣の席では、あの『直死の魔眼』が弁当を広げてるんだぞ! チャラ男に構ってる暇なんてないんだ!)
「あ、あの、乾さん…。私、あまり日光に当たると灰になる体質(嘘ではない)なので、お誘いは…」
「灰!? なにそのミステリアスな設定! ますます興味湧いてきた!」
ダメだ、この男、話が通じない。
ネロ・カオスの方がまだ論理的な会話ができた。
知性が高すぎるゆえに、乾のような直感型カオス人間への対処法がわからず、ミーナが白目を剥きかけたその時。
「乾くん、困ってるじゃない。あんまり詰め寄っちゃダメだよ」
控えめだが芯の通った声。そこにいたのは、志貴の同級生――弓塚さつきだった。
「ごめんね、ミーナさん。彼、悪気はないんだけど…。私、弓塚さつき。もし良かったら、学校のこと、私が教えてあげようか?」
(…っ! さっちん! 聖母(さっちん)がここにいる!!)
うろ覚え知識のなかで、後に「悲劇の吸血鬼」となる彼女の運命を思い出し、ミーナの胸に熱いものが込み上げる。
自分と同じ「不本意に人外になるかもしれない」素質を持つ少女。
「弓塚さん…! はい、ぜひ! 私、あなたとなら仲良くなれる気がします! っていうか、私があなたを全力で守りますから! 物理(空手)的にも、栄養(簒奪)的にも!」
「えっ、ええ…? ありがとう、ミーナさん」
さつきは、突然の手のひら返しに困惑しつつも、ミーナの必死な表情に毒気を抜かれたように微笑んだ。
(やった…! この過酷な三咲町サバイバルで、初めて『守りたい存在』を見つけたぞ。乾のナンパは適当にいなして、さっちんが吸血鬼化するルートは私が簒奪の魔術で根こそぎ吸い取って回避してやる!)
その決意を固めるミーナの後方から、志貴の視線が突き刺さる。
「…ミーナさん、さっき乾を撃退しようとして、無意識に机の角を指先で握りつぶしてなかった…?」
「……気のせいです。琉球空手の幻覚です」
知性は高いが、嘘が致命的に下手。
ミーナの護衛生活は、友情とナンパと「いつバレるか」という恐怖の板挟みの中で、ますます混沌を極めていくのだった。
「…完璧。今の私は、ただの背景。石ころ。さっちんを見守る無害な守護霊…」
ミーナは校舎の陰から、弓塚さつきの放課後を全力でストーキング(護衛)していた。
知性は高い。
ゆえに、さつきの周囲に漂う「魔の気配」には敏感だった。
彼女が吸血種に変異するフラグは、何としてもこの「簒奪」の権能で吸い取ってやるつもりだったのだが――。
「…見つけましたよ。遠野くんにくっついている、白髪の不審者さん」
背筋に氷を突っ込まれたような寒気。
振り返れば、そこには眼鏡の奥に「物理的な殺意」を燃やしたシエルが立っていた。
「ひいいい!? カレー先輩…じゃなくて、シエルさん! なんでここに! 私はただ、放課後の健全な友情を観測しているだけで…!」
「嘘を仰い。貴女が放っている『簒奪』の魔力、教室一つ分を飲み込むほど膨れ上がっています。これ以上、この学校に異物を放置するわけにはいきません!」
「待って! 今は忙しいの! じゃないと、あっちでフラグが…!」
「問答無用です!」
シエルが放つ黒鍵の雨。
ミーナは半泣きになりながら、それを琉球空手の掌底と「簒奪」の渦で叩き落とす。
「やめて! 壊れる! 私の平穏なモブ生活が壊れるぅ!」
数分間。時間にして、わずか三分の「追いかけっこ」。
二十七祖候補の身体能力を以てすれば、シエルを巻くこと自体は不可能ではなかった。
しかし、その三分が致命的だった。
「…あ。…あ、ああ…」
路地裏へ駆け込んだミーナの目に飛び込んできたのは、首筋を押さえて座り込むさつきの姿と、影へ消えていく低級死徒の残滓。
「さ、さっちん…!? 嘘でしょ、そんな…私が一瞬目を離した隙に!?」
駆け寄って抱き起こすと、さつきの肌はすでに病的な白さを帯び始め、その傷口からは人間離れした「魔」の拍動が聞こえていた。
「…ミーナ、さん…? 私、なんだか…すごく、喉が渇いて…」
「サイアクだぁぁぁ!!」
ミーナの絶叫が夕暮れの路地裏に響き渡る。
前世の知識(うろ覚え)によれば、このままでは彼女は悲劇の結末を辿るか、あるいは「路地裏の吸血鬼」として志貴と敵対することになる。
「落ち着け私…考えろ、私は元・時計塔の魔術師で、ネロ・カオスの知人で、中身は効率重視の会社員だ! ここで彼女を放置するのは、将来的な私の生存コストに悪影響を及ぼす…!」
ミーナは震える指先を、さつきの首筋に当てた。
「…簒奪者の宴、限定起動。…さっちん、今すぐその『毒』を私が全部、簒奪(のみこ)んであげるから。死んじゃダメ、絶対…!」
知性は高いが、情には脆い。
本来なら自分が危うくなるような「毒の肩代わり」という非論理的な選択を、ミーナは全力の琉球空手の構えと共に決断するのだった。