夏の残響   作:柚葉

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夏の残響 そして弱さに定評のあるラスボス

「…えっ? ちょっと待って。今、なんて言ったのカラスさん(ネロの使い魔)? 私、何位?」

 

三咲町の片隅、ブルーハワイの香りを漂わせながら、ミーナは呆然と立ち尽くしていた。

ネロ・カオスが去り際、あるいは『リメイク版』の世界線における「教会」や「魔術協会」の情報網が、この一夜の戦いを爆速で査定した結果——

 

「死徒二十七祖 第十二位:ミーナ・アルナストラ」

 

「…じゅ、十二位ぃぃぃ!? 飛び級にも程があるでしょ! 私、さっきまで二十七位候補の末端にいたはずよ!?」

 

知性は高い。

ゆえに、この「ランクイン」がどれほどヤバいことかを一瞬で理解した。

 

「さっちん! 私、死徒界のブラックリストに載っちゃった! 昇進っていうか、これ指名手配の強化版じゃないの!?」

 

「お、おめでとう…なのかな? でもミーナさん、ヴローヴさんを退けたんだもん。それくらいの評価になっちゃうよ」

 

さつきが苦笑いしながらフォローする。

しかし、ミーナの脳内では最悪のシミュレーションがスパコン並みの速度で展開されていた。

 

「…サイアク。サイアクすぎる。中ボスだけリメイク版(おそらく)なんて、そんなの難易度調整ミスじゃない! 世界にクレーム入れたい…!」

 

ミーナは地面にのの字を書きながら、深いため息をついた。

知性は高い。

しかし、その知性をすべて「いかに戦わずに、いかに目立たず、いかに長生きするか」に全振りしてきた彼女にとって、この『十二位』という肩書きは、呪い以外の何物でもなかった。

 

「…決めたわ。さっちん、志貴くん。私、今日から『第十二位:不在』ってことにするから。誰かに聞かれたら、『ああ、あのブルーハワイの人は今、九九の練習で忙しいですよ』って言っておいて」

 

「いや、それは無理があると思うけど…」

 

志貴のツッコミも虚しく、ミーナはそそくさと廃墟の奥へと引っ込んでいった。

こうして、三咲町の夜に「最強(ランク的な意味で)で最弱(メンタル的な意味で)」な、新たな二十七祖が誕生してしまったのである。

 

中ボスがリメイク版なら、そのうちラスボスも…?

ミーナの胃の痛みと生存戦略は、これからも加速し続けるのであった。

 

「…『夏の残響(サマー・レゾナンス)』。…何よそれ、オシャレすぎて逆に腹が立つわね!」

 

ミーナは、教会の末端から流れてきた自身の二つ名を耳にして、廃墟の壁に頭を打ち付けた。

知性は高い。

ゆえに、この二つ名の由来が「ブルーハワイの芳香を撒き散らしながら、一夏の蜃気楼のようにリメイク版中ボスを霧散させた」という事実に基づいていることを察してしまい、羞恥心で死にそう(死んでる)になっていた。

 

「いい、さっちん? 『残響』なんて言えば聞こえはいいけど、要するに『あいつ、通った後にブルーハワイの匂いしか残らねえな』ってバカにされてるのよ! 私は二十七祖第十二位! もっとこう、『万象を喰らう虚無』とか『深淵の簒奪者』とか、そういう…中二病を拗らせたような格好いい名前が欲しかった!」

 

「でもミーナさん、それだと目立ちすぎて『生存戦略』に反するんじゃなかったの?」

 

さつきの至極真っ当な指摘が、ミーナの胸に突き刺さる。

 

「…それはそうだけど! でも『夏の残響』なんて、まるで『一発屋の夏ソング』みたいじゃない! 実際、九九は一発で忘れたし、シエルさんを見たら激辛で爆発するし、私の人生(死後)は出オチの連続よ!」

 

「…もういいわ。こうなったら、この二つ名を利用してやる。冬になってもブルーハワイの匂いをさせて、季節感の狂った不審者として誰も近寄らせないようにしてやるんだから!」

 

「ミーナさん、それただの不審者だよ…」

 

志貴やさつきに呆れられながらも、ミーナは今日も元気に三咲町の影で生存への執念を燃やす。

知性は高いが、歩む道は常に「残念」のど真ん中。

『夏の残響』——その甘い香りが夜風に乗って漂う時、それは新たな(そして恐らく締まらない)トラブルの幕開けなのであった。

 

「…ねえ、さっちん。何かな、あの学校の屋上に漂う『私は今、最高に設定が盛られたラスボスです』って感じの嫌な気配は」

 

 

ある日、三咲高校の校舎裏。

 

 

ミーナは、ガクガクと震える膝を隠すように琉球空手の構え(腰が引けている)を取りながら、隣のさつきに囁いた。

知性は高い。ゆえに、ヴローヴを退けた後のこの静寂が「嵐の前の静けさ」…それも、旧作とリメイク版の概念が混ざり合った、特大のイレギュラーが来る前触れだと察していた。

 

「…志貴くんが、上に行っちゃった。あそこにいるの、多分…『ロア』だよね?」

 

さつきの瞳が赤く輝く。彼女もまた、第十二位の弟子(護衛)として、その本能が敵の異常性を捉えていた。

 

「そうよ、ミハイル・ロア・バルダムヨォン。転生無限者。知性は高いし性格は最悪、おまけにリメイク版仕様なら雷まで落としてくる、いわば私の『生存戦略』における天敵中の天敵よ…!」

 

ミーナは空を仰いだ。

本当は今すぐ、ブルーハワイの芳香を撒き散らしながら隣町まで全力疾走したい。

だが、自分を助けてくれた志貴が上で戦っている。

そして何より、隣にいるさつきが「行かなきゃ」という顔をしている。

 

「…サイアク。本当にサイアク! 私の平穏な『夏の残響』ライフが、わずか数日で終わっちゃうじゃない! さっちん、行くわよ! 志貴くんが十七分割される前に、あの蛇野郎の計算式をハッキングしてやるわ!」

 

「——ハハハ! 素晴らしい! 真祖の姫だけでは足りず、新たな『祖』まで私の宴に駆けつけるとは!」

 

そこには、雷光を背負ったロアがいた。

志貴は満身創痍でナイフを構えている。

 

「ロア! その、いかにも『俺、頭いいですよ』って感じの喋り方、同族嫌悪でイライラするのよ! 簒奪者の宴・全域接続!!」

 

ミーナが屋上の床を思い切り踏み抜く。

その瞬間、ロアが放とうとした雷の魔術式が、ミーナの「簒奪」によって次々と書き換えられていく。

 

「な…ッ!? 魔術の基盤ごとエネルギーを吸い上げるだと? 貴様、何者だ!」

 

「通りすがりの第十二位、『夏の残響』よ! さっちん、今! その雷の残骸(エネルギー)を拳に纏って、あいつの顔面に叩き込んで!」

 

「うんっ! やぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

さつきが、ミーナが簒奪して無害化した「雷」を吸い込み、そのまま必殺の突きを放つ。

志貴もまた、その光に紛れて「点」へとナイフを突き出した。

 

「おのれぇ…! 予定にない、こんな不確定要素に…私の転生が…ッ!」

 

ロアの体が、志貴の直死と、さつきの怪力、そしてミーナの「理不尽な魔力ハッキング」によって、光の中に霧散していく。

 

「…はぁ。…はぁ。終わった…? 私たち、今度こそラスボスまで倒しちゃった?」

 

屋上で大の字になるミーナ。

周囲には、戦闘の余波でブルーハワイとオゾンの匂いが混ざり合った、なんとも言えない奇妙な香りが漂っていた。

 

「ミーナさん、志貴くん、大丈夫…?」

 

「ああ。…ミーナさん、君、本当にすごいな。…でも、その、やっぱり『夏の残響』って二つ名、意外と合ってる気がするよ」

 

志貴が苦笑いしながら、ミーナの横に座り込む。

 

「志貴くんまでそんなこと言うなんて! …まあいいわ。生き残ったんだから、私の勝ちよ」

 

知性は高い(自称)。

実績は、リメイク版中ボス撃破、そしてラスボス・ロアの討伐協力。

こうして、ミーナ・アルナストラは、本人の望みとは裏腹に、三咲町の歴史に「最も頼りになる(けど残念な)伝説の祖」として、その名を刻んでしまうのだった。

 

「…さっちん、明日から本格的に隠居しようね。もう戦いたくないよぉ…」

 

「あはは、そうだね。まずは、美味しいアイスでも食べに行こ?」

 

夏の残響は、夜風に乗ってどこまでも広がっていく。

彼女のサバイバルは、きっとこれからも(残念に)続いていくのだろう。

 

「えっ、ミーナさん…今、なんとおっしゃいました?」

 

ロア討伐後の後片付けと、現場に残された凄まじいブルーハワイの異臭騒ぎの鎮静化の最中。

ミーナは、ガスマスクを首にかけ、シエルから「適度な距離(カレーの匂いが届かない安全圏)」を保ちながら、事も無げに言った。

 

「ですから、私、転生してから一度も血なんて吸ってませんよ? 燃費は最悪ですけど、そこらへんの浮遊魔力とか大地の霊脈とか、あとはネロさんの使い魔(カラス)の魔力をちょっとずつ簒奪(シェア)して食い繋いでますから。エコな死徒なんです、私」

 

その瞬間。

シエルの時が止まった。

手に持っていた第七聖典の杭が、アスファルトにカラン、と虚しい音を立てて転がる。

 

「…一滴も、ですか? 渇きに狂うことも、吸血衝動に負けることもなく…?」

 

「ええ。だって、さっちんを見てくださいよ。あんなに可愛いくて頑張り屋な女の子の血を吸うなんて、そんなの倫理的にも経営学的にも非効率の極みじゃないですか。私は元・会社員ですよ? コンプライアンスは大事にします」

 

ミーナは、知性が高いゆえの「当然の帰結」として胸を張った。

だが、シエルにとってそれは「当然」ではなかった。

死徒とは、その存在自体が「欠落」であり、それを埋めるための吸血は生存のための絶対条件。

それを「気合(と魔術ハッキング)」で踏み倒している存在など、彼女の長い代行者人生でも聞いたことがない。

 

「……。…ありえません。そんなこと、真祖の姫ならいざ知らず、人間の転生体にできるはずが…」

 

「あ、でも代わりにブルーハワイの匂いになっちゃいましたけどね! あはは!」

 

「…えってなるのは、そこじゃありません。貴女…それ、もはや死徒というよりは、新しい種族(ナニカ)ですよ。…埋葬機関の教科書を、一から書き換える必要があります」

 

シエルが、かつてないほど「真面目な顔」でミーナを見つめた。

それは殺意ではなく、新種の珍獣、あるいは未知の聖遺物を発見した学者の目。

 

(…ヤバい。今のシエルさんの目、ネロさんが私を実験台にする時の目と同じだ!)

 

「ひ、ひえぇ…! シエルさん、そんなに見ないで! 私はただの『夏の残響』、通りすがりの低燃費死徒です! 採血とか解剖とか、絶対お断りですからね!!」

 

「…逃がしませんよ、第十二位。貴女のその『吸血しないシステム』、教会の研究対象として非常に興味深いです」

 

「さっちーん! 助けてー! カレーの人が怖い顔して追いかけてくるぅぅぅ!!」

 

知性は高いが、口が滑りすぎるのも彼女の「残念」な特性。

ロアを倒して平和が訪れるかと思いきや、今度は「吸血しない死徒」という生態的矛盾のせいで、ミーナのサバイバルは「教会からの逃亡編」へと突入しそうな気配を見せるのだった。






あとがき

いったんここまでになります。
数日中に続きが投稿できるかと思います。
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