「ねえ、ミーナ。ちょっと真面目な相談なんだけど…貴女、どうやってその『理』を保っているの?」
ロアとの決戦から数日後。
三咲町の月夜を背景に、アルクェイド・ブリュンスタッドが真剣な面持ちでミーナに詰め寄っていた。
いつもは天真爛漫な彼女が、この時ばかりは「真祖の処刑人」としての深い憂いを瞳に宿している。
「は、はい!? 相談!? 12位の私に、最速最強の姫様が何の御用で…?(というか、至近距離だと美しすぎて知性が溶けそうなんですが)」
「私ね、吸血衝動を抑えるために、自分の力の大部分を使って自分を縛っているの。でも、貴女は違う。血を吸わないどころか、その欠落を外部のエネルギーで補填して、平然と笑ってる。…その『吸血しないシステム』、私にも応用できるかしら?」
アルクェイドの願いは切実だった。
もし吸血衝動の呪縛から解き放たれれば、彼女はもっと「自由」に志貴の傍にいられる。
ミーナは、その純粋な願いを前にして、知性をフル稼働させた。
「…えーっと、姫様。結論から言うと、理論上は可能です。でも、代償がえげつないですよ?」
「代償? どんなことでも耐えてみせるわ。教えて!」
ミーナはゴクリと唾を飲み込み、ホワイトボード(どこからか簒奪してきた)を設置して解説を始めた。
ミーナ式・吸血衝動「簒奪」変換理論
魂のOS書き換え: 吸血欲求という「本能」を、魔力消費という「タスク」に置換する。
外部エネルギーの定時摂取: 自身の魔力ではなく、周囲の霊脈(あるいはカラス等)から常に少しずつ「簒奪」し続け、常に満腹状態を偽装する。
概念のズレ(重要): 精神のどこかに、「私は人間である」あるいは「私は別の生き物である」という強烈な思い込みを設置する。
「…で、私の場合は、前世の『社畜精神』がこのバグとして機能してるんです。『勤務時間外の吸血はコンプライアンス違反』『血を吸うコスト(リスク)がベネフィットを上回る』っていう冷徹な損益計算ですね」
「…よくわからないけど、つまり何か別の『強い執着』で衝動を上書きすればいいのね?」
「そうです! でも、その副作用として…私の場合は、事象が変質して『ブルーハワイの匂い』になっちゃいました。姫様がこれをやると、真祖の格がガタ落ちして、別の何か…例えば、『常にイチゴシロップの匂いがする真祖』とか、『語尾が“にゃん”に固定される真祖』とかになっちゃうかもしれませんよ!?」
「…にゃん?」
アルクェイドが小首を傾げる。
その瞬間、あまりの破壊力に、ミーナの知性が一時的にショートした。
「そ、そうです! そんなの、志貴くんに見せられま――あ、あれ? 志貴くんならむしろ喜ぶ…?」
「そう? ならやってみるわ! ミーナ、特訓よ! 私を『吸血しないにゃんこ真祖』に作り替えなさい!」
「待って! 冗談です! 冗談ですよ姫様! 怒ったシエルさんに私が物理的に消されるぅぅぅ!!」
こうして、第12位「夏の残響」は、あろうことか真祖の姫の「教育係/魔改造担当」という、全死徒が震え上がるような恐ろしい役職を押し付けられてしまった。
知性は高い。ゆえに分かる。
この相談に乗れば乗るほど、自分の「平穏な隠居生活」が、全方位からのツッコミ待ちのカオスへと簒奪されていくことを。
「…できた。ついに、完成してしまったわ。世界で最も美しく、最も理不尽で、そして最も『残念』な真祖の姿が…!」
ミーナは、描き上げた「魔術回路の再構築プラン(別名:真祖もふもふ化計画)」を手に、感涙にむせんでいた。
知性は高い。ゆえに、アルクェイドの強大な吸血衝動を抑え込むには、彼女の「真祖としての格」を一時的に「愛玩動物的な可愛さ」という低レイヤーへ強制的にダウングレード(簒奪)させるのが最適解だと導き出したのだ。
「いい、姫様? これが『吸血衝動克服モード』よ! はい、意識して!」
「わかったわ、ミーナ! …にゃんッ!」
ドォォォォォン!!
アルクェイドが語尾を発した瞬間、彼女の背後に「猫耳」のような形の高密度な魔力エーテルが実体化した。
吸血衝動という呪いが、ミーナのハッキングによって「あざとい記号」へと変換・出力されたのだ!
「…すごい! ミーナ、体が軽いわ! 血を吸いたい気持ちが、全部『志貴に甘えたい気持ち』に変換されてるのがわかるわよ!」
「大成功です! これなら血を吸わなくても、霊脈のエネルギーを『可愛さ』というフィルターを通して効率よく摂取できます! …あ、でも副作用で、姫様の周囲半径10メートルは常に『イチゴかき氷の匂い』になりますけど」
「いいわよ、ブルーハワイよりは甘酸っぱくて乙女チックじゃない!」
その日の午後・遠野邸
「…し、志貴。…お、おかえりにゃん」
玄関で、顔を真っ赤にしたアルクェイドが、猫耳魔力をぴこぴこさせながら志貴を迎えた。
その後ろでは、プロデューサー面をしたミーナと、心配そうに見守るさつきが控えている。
「………」
志貴は手に持っていたカバンを落とした。
直死の魔眼を全開にするまでもなく、目の前の真祖が「何らかの致命的な概念変質」を遂げていることが一目でわかったからだ。
「…アルクェイド? 君、何があったんだ。あと、なんだかすごく…縁日の屋台みたいな匂いがするけど」
「志貴くん、落ち着いて聞いて。これ、私とミーナさんの共同研究の成果なの! 姫様、もう血を吸わなくていいんだよ!」
さつきが嬉しそうに報告するが、志貴の表情は複雑だった。
嬉しい。
確かに嬉しい。
だが、目の前で「にゃん」と言いながら自分の袖を引っ張る最強の真祖は、どこか…こう…見てはいけないものを見ているような背徳感がある。
「…ミーナさん。これ、元に戻るんだろうね?」
「志貴くん、失礼ね! これが最新の『夏の残響(サマー・レゾナンス)』プロデュース、【真祖・イチゴ味にゃんこモード】よ! 彼女の吸血欲求をすべて『あざとさ』に変換した、21世紀の吸血種革命なんだから!」
そこへ、廊下の奥から「般若の面」のような形相をしたシエルが現れた。
「――ミーナ・アルナストラ。貴女、ついにやってはいけないラインを越えましたね。世界平和のために、今すぐその残念な知性ごと、貴女をカレーの具材にして差し上げます」
「ひっ!? シエルさん、落ち着いて! 暴力反対! ほら、姫様もこんなに可愛いんだから、処刑対象から外しましょうよぉぉぉ!!」
「可愛いは正義ですが、このカオスは悪です!!」
知性は高いが、常に「やりすぎる」。
第12位の座に就き、真祖を猫耳化させ、代行者に追い回される。
ミーナのサバイバル生活は、もはや生存戦略という名の、終わりなきコントへと昇華されていた。
「さっちーん! 助けて! イチゴとブルーハワイが混ざって、現場がカオスな匂いになってるよぉぉぉ!!」
三咲町の夏は、まだ終わる気配を見せない。
三咲町のどこか、日の当たらない古びた書斎。
そこに置かれた一羽のカラスの瞳を通して、混沌の王ネロ・カオスは「それ」を目撃していた。
第十二位に収まった後輩が、あろうことか最強の真祖を「イチゴ味の猫耳っ娘」へと改造し、埋葬機関の代行者とドタバタ劇を繰り広げている地獄絵図を。
「………」
ネロは、手にした魔導書をそっと閉じた。
その表情は、怒りでも驚きでもなく、ただただ深い、深海よりも深い「呆れ」に満ちていた。
「…ミーナよ。貴公に、私の『混沌』の一端を託し、あわよくば過酷な世界を生き抜く知性を見せろと言ったのは、私だ。…だが」
ネロは、こめかみを押さえた。
彼のような高位の吸血種にとって、知性とは世界の理を暴き、深淵へ至るための道具。
しかし、目の前のモニター(カラス)に映るミーナは、その知性をすべて「真祖のあざとさ変換」と「カレーからの逃走」に費やしている。
「…知性は高い。確かに、あの真祖の吸血衝動を概念置換する手際は、私ですら思いつかぬほどに鮮やかだ。だが…何故だ。何故、出力された結果がこれほどまでに残念なのだ」
カラスの視界の端では、ミーナが「にゃん!」と叫ぶアルクェイドの後ろで「いける! これで私はシエルさんに殺されずに済むわ!」と、浅はかな勝利宣言をしてシエルの黒鍵に追い回されている。
「…よそう。これ以上観測を続ければ、私の『混沌』にまで『ブルーハワイの芳香』という名の致命的なバグが混入しかねん」
ネロは静かに立ち上がり、影の中に消えていった。
その背中には、「あいつに後を任せるのではなかった」という後悔と、「まあ、あいつなら放っておいても残念な形で生き残るだろう」という、妙な信頼感、あるいは諦めが漂っていた。
夜風に乗って、イチゴとブルーハワイの甘い匂いが漂う。
最強の真祖がにゃんにゃんと志貴に甘え、新米死徒のさつきが苦笑しながら二人を世話し、そして第十二位「夏の残響」がガスマスクを被って逃げ惑う。
この世界線において、最も不真面目で、最も必死で、そして最も「生」にしがみついた一人の元・社畜の物語。
「…あうー! ネロおじさーん! やっぱり助けてー! シエルさんのカレー光線が、私の生存本能を貫通してくるよぉぉぉ!!」
彼女の叫びは、今夜も月下の町に空虚に響き渡る。
だが、その「残念」な声こそが、この歪んだ夜における唯一の、そして最強の平和の象徴なのかもしれなかった。