夏の残響   作:柚葉

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メルブラがきた!!

「…えっ? ちょっと待って。今、空の色が不自然に紫がかってなかった? さっちん、今の見た!? 物理演算が明らかに『対戦格闘ゲーム』のそれに移行したエフェクト!」

 

新生活の引越し作業の真っ最中、段ボール箱を抱えたミーナが凍りついた。

知性は高い。

ゆえに、この空気の震えが「ただの日常」の終わりではなく、コンボ補正とゲージ管理が支配する『MELTY BLOOD(メルティブラッド)』という名の血の宴への強制エントリーだと直感した。

 

「ミーナさん、大変! 街のあちこちに、なんだか『再演』されたみたいな偽物の住民がいっぱい出てきてる!」

 

「…やっぱりぃぃ! 平和な後日談で終わらせてよ、運営(せかい)! 私、まだ新居の家具も揃えてないのよ!?」

 

---

 

 

夜の三咲町:路地裏

 

二人の前に現れたのは、かつて倒したはずの、しかしどこか様子がおかしい「影」——。

 

「——タタリ。あるいは、悪夢の具現。…まさか、私の演算(おもいで)の中に存在しなかった『第十二位』が、こうも鮮明な不純物として混じるとはな」

 

そこに立っていたのは、ワラキアの夜。

あるいは、この世界が生み出したバグの残滓。

 

「…出たわね、喋る演出過剰男! 私の『夏の残響』ライフを邪魔するなら、その誇大妄想ごと簒奪してやるわ!」

 

ミーナは、さつきを背後に庇いながら、指先に魔力を集束させる。

だが、今回の彼女は一味違う。

 

「いい、さっちん? 今回は『メルブラ』よ! つまり、【マジックサーキット】と【シールド】が使えるわ! どんな理不尽な超必殺技が来ても、私が全部『ラストアーク』でカウンターしてやるんだから!」

 

「…さあ、夜はまだ始まったばかりよ! 私たちの『隠居』を妨げる悪夢なんて、17分割どころか100分割にしてブルーハワイの海に沈めてやるわ!」

 

「ミーナさん、なんだかノリノリだね…。…うん、私もやるよ! 私たちの居場所、絶対守ろうね!」

 

知性は高いが、修羅場に慣れすぎて順応速度がバグっている第十二位。

「夏の残響」の伝説は、エピローグのふりをして、その実、最も激しい「連戦(アーケードモード)」へと突入していくのだった。

 

「行くわよ、さっちん! A連打コンボ開始ぃぃぃ!!」

 

 

 

「ふん、偽物(タタリ)だって分かればこっちのものよ。所詮は過去のデータの使い回し…パッチの当たってない旧Ver.に、最新OS(第十二位)の私が負けるはずないじゃない!」

 

三咲高校の校舎裏。

月光に照らされて現れたのは、眼鏡を外し、殺意の波動を全開にした「七夜志貴」の幻影。

本来なら絶望するような「死の体現」を前にして、ミーナは鼻で笑いながら、手慣れた手つきでブルーハワイ味のガムを噛み鳴らした。

 

「さっちん、下がってて。これは私の『黒歴史上書き』も兼ねた、単なるデバッグ作業だから!」

 

 

 

ROUND 1:夏の残響 vs 七夜志貴(タタリ)

 

 

 

七夜が地面を蹴り、不可視の速度で肉薄する。

並の死徒なら首が飛んでいる一瞬。

だが、ミーナの網膜には、格闘ゲーム特有の「フレーム単位」の演算結果が投影されていた。

 

「遅いわよ! その挙動、発生が12フレームもあるわ! 判定が出る前に潰す(ハメる)!」

 

ミーナは回避運動すら取らず、最短距離で右手を突き出した。

 

「簒奪・フレームハッキング!」

 

パキィィィィン! とガラスが割れるような音。

ミーナの「事象簒奪」が、七夜の『移動速度』というパラメータを一時的にハッキング。

超高速移動中だった七夜は、いきなり「スローモーション」の状態になり、無防備な姿を晒した。

 

「はい、無敵時間切れ! 喰らえ、琉球空手・改! 『事象崩落・正拳突き』!!」

 

ドォォォォォン!!

 

ミーナの拳が、偽物の志貴の腹部に直撃。

単なる物理衝撃ではない。

ミーナは拳を当てる瞬間に、相手の「存在確率」そのものを簒奪し、ダメージを10倍に跳ね上げたのだ。

 

「…あ。やりすぎた」

 

偽物の志貴は、ブルーハワイ色の火花を散らしながら、一言も発せずに霧散した。

 

「…ふぅ。やっぱり偽物は歯ごたえがないわね。殺意は高いけど、思考ルーチンが読みやすすぎるのよ」

 

「ミ、ミーナさん…。今の、格好良かったけど…なんか『格ゲー廃人』みたいな戦い方だったよ?」

 

「いいのよ、さっちん。勝てば官軍、バグれば無敵! これが私の『メルブラ』攻略法よ!」

 

ミーナはドヤ顔で髪をかき上げたが、その体からは、興奮のあまりブルーハワイの匂いが校舎全体に立ち込めるほど噴き出していた。

 

「さあ、次! 次の対戦相手(カモ)は誰!? 運営(ワラキア)さん、もっと強いデータ持っていらっしゃいな!」

 

知性は高い。

だが、格ゲーの世界観に入り込んだせいで、妙な全能感に包まれ始めた第十二位。

しかし、この直後――ステージのBGMが、一気に「絶望的でカレー臭い旋律」に切り替わるのを、彼女はまだ知らない。

 

 

 

「…フフン。来たわね、公式バランサー。でも残念だったわねシエルさん! 今の私は、これまでの私とは一味も二味も違うのよ!」

 

校庭に舞い降りたのは、法衣を翻し、第七聖典を構えた完全武装のシエル。

その威圧感はこれまでの比ではないはずだが、ミーナは不敵な笑みを浮かべ、あえて大きく深呼吸をした。

 

「…? ミーナさん、狂いましたか? 私の背後には、第七聖典による『転生批判』の概念が渦巻いているというのに…なぜそんなに落ち着いているのです?」

 

「ククク…。気づいちゃったのよ。連日のように貴女に追い回され、カレーの匂いを浴びせられ、強制的に九九を復唱させられ続けた結果…私の脳が、カレーという概念を『日常の一部』として完全にパッチ処理(克服)しちゃったことに!!」

 

そう、過剰な暴露療法。

ミーナの知性は高すぎた。

あまりにシエルと接触しすぎたせいで、彼女の「簒奪」能力が、無意識のうちに『カレーによるダメージの無効化(常駐型プロテクト)』を構築してしまっていたのだ!

 

「今の私にとって、カレーの匂いはアロマ! 激辛はただの刺激! 恐怖の象徴だった第七聖典も、今や『ちょっと重そうなアンティーク』にしか見えないわ!」

 

 

 

ROUND 2:夏の残響 vs 完全武装シエル

 

 

 

「…そうですか。ならば、その傲慢ごと叩き潰すまでです!」

 

シエルが黒鍵を掃射し、第七聖典のパイルバンカーが唸りを上げる。

しかし、ミーナは動じない。

 

「甘いわ! 【簒奪・スパイス・バリア】!!」

 

ミーナが展開した魔力障壁が、シエルの攻撃を弾き飛ばす。

その障壁からは、なぜかスパイスの芳醇な香りが漂っている。

 

「なっ…!? 私の攻撃が、カレーの概念で中和されている…!?」

 

「その通り! 私の簒奪能力が、貴女の魔力を勝手に『食欲』に変換してるのよ! 攻撃されればされるほど、お腹が空いて知性が研ぎ澄まされる…これぞ最強の永久機関よ!」

 

ミーナは空中ダッシュでシエルの懐に飛び込むと、懐から取り出した「特製ブルーハワイ・かき氷(魔力付与済み)」を、シエルの聖典に無理やり詰め込んだ。

 

「食らえ! 禁断のデザート・コンボ! 『熱帯夜のカレー・ブルーハワイ添え』!!」

 

「なっ、なんて冒涜的な…! カレーに…カレーにそんな不純物を…! ぐはぁっ!!」

 

精神的ダメージ1000%。

カレーを愛するシエルにとって、その神聖な概念をブルーハワイで汚されることは、どの魔術よりも致命的な一撃だった。

 

「…勝った。私、ついに宿敵(カレーの人)に完勝したわ…!」

 

校庭の中央で、勝利ポーズを決めるミーナ。

背後では、シエルが「カレーに…シロップを…混ぜるなんて…」と膝をついて絶望している。

 

「ミーナさん、すごかったけど…今の、完全に悪役の倒し方だよ? あと、学校中にすごい匂いが充満してるんだけど…」

 

さつきが鼻を押さえながら呆れているが、ミーナは満足げにガムを噛んだ。

 

「いいのよさっちん、これが『メルブラ』の洗礼よ! さあ、この調子でワラキアの夜(黒幕)まで一気に駆け抜けるわよ!」

 

知性は高い。

そして、ついに弱点(カレー)まで克服してしまった第十二位。

もはや彼女を止められる存在は、この三咲町の悪夢の中に残されているのだろうか?

 

 

 

「…何よその、出来損ないのブルーハワイは。見てるだけでこっちの夢がベタベタしそうだわ」

 

月明かりの下、氷のように冷たい空気を纏って現れたのは、白いドレスを翻す小さな少女――白レン。

その姿を見た瞬間、さつきが「あ…」と声を漏らし、ミーナは鏡を見たかのように硬直した。

 

「…ちょっと、さっちん。何あの美少女。なんか…私を極限まで美化して、性格をマイナス200度くらいまで冷却したら、あんな感じにならない?」

 

「…似てるね、ミーナさん。というか、シルエットだけなら姉妹って言われても信じちゃうかも…」

 

「失礼ね。私と一緒にしないで。私は真祖の影、夢の管理者。貴女みたいな、脳内が常に夏休みみたいな死徒とは格が違うのよ」

 

白レンは蔑むような視線で、ミーナの「夏の残響」という二つ名を切り捨てた。

 

 

 

ROUND 3:夏の残響 vs 白レン

 

「姉妹みたいだって言われて照れてる隙に、永遠の悪夢(ブルーハワイ・ナイトメア)に沈めてあげるわ」

 

白レンが指を鳴らすと、周囲の景色が吹雪の舞う幻想的な氷の世界へと変貌する。

だが、今のミーナは「リメイク版ヴローヴ」を越え、さらに「カレーの恐怖」すら克服した、格ゲーVer.の第十二位。

 

「姉妹…姉妹かぁ。いいわね。私、一人っ子だったから、こういう生意気な妹が欲しかったのよ!」

 

「誰が妹よ! 喰らいなさい、氷の檻を!」

 

白レンの放つ巨大な氷柱が次々とミーナを襲う。

しかし、ミーナはその攻撃を…「食べ始めた」。

 

「…えっ?」

 

「ふふふ、忘れたの? 私は『簒奪者』。今の私はカレーを克服し、冷気にも耐性がある。つまり、貴女が放つこの綺麗な氷は、私にとっては『無料(タダ)で提供されるかき氷の台座』に過ぎないのよ!!」

 

ミーナは白レンの氷壁をバリバリと砕き、懐から取り出したブルーハワイ・シロップをぶっかけた。

 

「お姉ちゃんの特権よ! 【簒奪奥義:ドリーム・シロップ・ハック】!!」

 

「な、なによこれ…私の夢が、私の高貴な雪原が…全部ブルーハワイ色に染まっていく!? 悪趣味よ! 悪趣味すぎるわよ、この女ぁ!!」

 

 

「…はぁ、お腹いっぱい。やっぱり白レンちゃんの氷は、質が良くて美味しいわね」

 

氷の世界が崩れ去り、現実の校庭に戻る。

そこには、悔し涙を浮かべて消えかける白レンが、プルプルと震えながらミーナを指差していた。

 

「…覚えてなさい! 次に会った時は、貴女の体中の水分を全部激辛カレーに変えてやるんだから!」

 

「あ、それもう克服したから効かないわよ。バイバイ、妹ちゃん!」

 

白レンが霧散した後、ミーナは満足げに腹を叩いた。

 

「…ねえ、ミーナさん。今の戦い、どっちが悪役か分からなかったよ。白レンちゃん、ちょっと可哀想だったし」

 

「いいのよ、さっちん。これが『愛の鞭』ってやつよ。さあ、いよいよBGMがクライマックスね…。この悪夢の主、ワラキアだかオシリスだか知らないけど、お姉さんが直々にコンプライアンス講習(物理)をしてあげるわ!」

 

知性は高い(※食欲に変換中)。

外見的な共通点(姉妹感)すら、相手への精神攻撃に利用する。

第十二位「夏の残響」のデバッグ作業は、ついにこの悪夢の「核心」へと到達する――。

 

 

「ハハハハハ! 見事だ、見事すぎるぞ『夏の残響』! どの演目(シナリオ)にも存在しなかった不純物、どの計算式にも代入されなかった虚数解! 貴様というイレギュラーが、私の『タタリ』という舞台をこれほどまでに蹂躙するとは!」

 

三咲町の中心で、赤い月を背景に狂い笑うのは、悪夢の具現者――ワラキアの夜。

しかし、その足元から、彼の構成要素である「噂」や「恐怖」が、凄まじい勢いでブルーハワイ色の電子ノイズへと書き換えられていく。

 

「…五月蝿いわね。アンタの喋りは長すぎるのよ、タタリ。知性が高い私には、アンタの構成式なんて、昨日のスーパーのレシートを読むより簡単なんだから」

 

ミーナは空中に浮遊する膨大な「悪夢のコード」を、指先一つでスワイプし、次々と消去していく。

彼女の背後には、もはや「残念」なオーラはない。

リミッターを解除し、アトラス院の錬金術師ですら到達し得ない精度で、世界そのものをハッキングする第十二位の真体がそこにあった。

 

「さっちん、見てて。これが…『定時退勤』の究極形よ」

 

 

 

FINAL ROUND:夏の残響 vs ワラキアの夜

 

 

 

「馬鹿な…!? 私は現象だ! 私はこの街に渦巻く恐怖そのものだ! 物理的な破壊など、私には通じ――」

 

「物理? 誰がそんな原始的なことするって言ったのよ。アンタの存在、今この瞬間をもって、『ただの夏の思い出(バグ)』としてアーカイブ化してあげるわ」

 

ミーナの両目が、冷徹な青い光を放つ。

 

「【簒奪権能:事象解体(デリート・デッド・エンド)】!!」

 

ワラキアを構成する「タタリ」の術式が、ミーナの知性によって一本の糸のように解きほぐされていく。

恐怖は安らぎへ、悪夢は静寂へ。

アトラス院の魔術師が一生をかけても解けない「夜」の数式を、彼女は「ブルーハワイが食べたい」という生存本能だけで、綺麗さっぱり計算し尽くしてしまった。

 

「な…アトラスの錬金術師でもない者が…この私を、概念レベルで解体…だと…!? 貴様…貴様は一体、何…な…」

 

「ただの、さっちんの同居人よ。バイバイ、お喋りな幽霊さん」

 

ワラキアの夜は、断末魔すら残さず、朝日が昇る前の霧のように消滅した。

後に残ったのは、静まり返った三咲町と、爽やかなブルーハワイの残り香だけ。

 

「…ふぅ。終わった終わった! あー、疲れた! さっちん、今の見た!? 私、最後すっごい格好いいこと言ったよね!? 『事象解体』とか言っちゃったよ、中二病全開だよ!!」

 

「…あはは。うん、最高に格好良かったよ、ミーナさん。…でも、これで本当におしまいだね」

 

朝日が昇り始め、メルティーブラッドの夜が明けていく。

ミーナの髪が、瞳の色が、いつもの「残念で親しみやすい」色に戻っていく。

 

「さあ、帰るわよ! 昨日の引越しの続きをしなきゃ! 家具が届くまでに掃除終わらせないと、配送のお兄さんに『この家、ブルーハワイの匂いしかしないな』って不審がられちゃうわ!」

 

 

知性は高い。格も足りている。

だが、彼女が選んだのは、世界の王になることでも、根源へ至ることでもなかった。

 

さつきと一緒に朝ごはんを食べ、シエルとカレーで言い争い、志貴やアルクに呆れられながら、三咲町の影で「不老不死のニート生活」を満喫すること。

 

「…ねえ、ミーナさん」

「なによ、さっちん」

「大好きだよ」

「…知ってるわよ。私も、簒奪したいほど大好きよ」

 

第十二位、夏の残響。

彼女のサバイバルは、この美しい日常を守り抜くために、これからも(残念な方向に)続いていく。






あとがき

メルブラはさっくりとゲーム的に終了となりました。
物理より概念とか現象とかに強い系の主人公なのでさもありなんです。
もうちょい続きますね。
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