三冠未遂   作:ひまんちゅ

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ハナ差

五月晴れのモンテカルロ。海沿いに建つ華麗な競馬場に集まった観衆は、Xのデビューを待ち望んでいた。ゲートイン直前、Xは深呼吸をして目を閉じる。

 

(恐れなんてない。走りたい。勝ちたい)

 

スターターの旗が振り下ろされた瞬間、14人のウマ娘が一斉に駆け出す。Xは中団にポジションを取り、脚をためる。向こう正面で動きが起きるも、冷静に位置取りを調整していく。

 

「最終コーナー! 残り400メートル!」

 

観客の声が波のように押し寄せ、Xはスパートをかけた。強靭な後肢が芝を蹴るたびに、ぐんぐん加速していく。

 

(あと100メートル! 行ける!)

 

前方には二人のリード。しかしXの末脚が炸裂し、一気に追い詰める。

 

「来た! 日本人のXだ! 差し切るか!?」

 

ゴール板が迫る。わずか一瞬の出来事。

 

「──1着はX! ハナ差勝利!!」

 

歓声が爆発し、Xは両手を掲げて喜びを表した。その姿を観客席から見守っていた指導者も、目に涙を浮かべていた。

 

---

 

帰国後、Xは凱旋会見で堂々と宣言した。

 

「次はオリンピック。東京で金メダルを狙います」

 

記者たちのフラッシュが焚かれ、指導者は控えめに拍手を贈った。

 

「あなたのおかげです」とXが言うと、「君の実力だよ」と返す。

 

二人の関係は師弟を超え、同志の域に達していた。そしてXが去った後、指導者は静かに呟く。

 

「次は私の番かな……」

 

かつて諦めた夢を、今度は指導者として叶えさせる。ハナ差で止まった人生は、確かに続いていた。

 

---

 

三年後、国内競技場。

 

指導者の元に集まった若き才能たち。その中には、Xに憧れて入部したウマ娘も多い。

 

「今日は大切な試合があります。私の弟子──Xが、再びハナ差を乗り越えてくるでしょう」

 

画面越しに流れる映像。Xはモンテカルロでの経験を武器に、日本で再起を果たし続けていた。指導者は誇らしげに、しかし寂しげに画面を見つめる。

 

「彼女は走り続ける。そして私は、次代を育てる」

 

カメラが切り替わり、指導者が若いウマ娘たちの指導に励む姿が映し出された。手元には一枚の写真。Xが勝利した日、彼女と握手を交わした瞬間のスナップだ。

 

「さあ、走ろう。ハナ差の向こう側へ──」

 

画面がフェードアウトするとともに、エンディングテーマが静かに流れ始める。まるで全てを包み込むように。

 

モンテカルロ凱旋後、Xはアジア地区の強化指定選手として各地を転戦した。しかし8月、重要な一戦の前日、左脚を捻挫。幸い軽傷で済んだものの、シーズン後半は休養を余儀なくされた。

 

病室のベッドで、Xは悔しそうに顔を歪める。

「悔しい……。でももっと悔しいのは、みんながあたしのこと“終わった”って言うこと」

 

指導者は無言でコーヒーを淹れる。実際、ネットでは“怪我癖”のレッテルが貼られ、批判的なコメントが溢れていた。

「気にしないで。そういう時期もある。君にはまだ時間がある」

 

「……またハナ差で負けるのかな」

「負けるかどうかは未来が決める。でも立ち上がれるかどうかは、今君が決めることだよ」

 

Xは小さく頷き、弱々しくも笑った。

 

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